第十九話 記憶
俺たちは、魔族との最終決戦に参加していた。
勇者である俺は、仲間たちと共に、魔王城に乗り込み、魔王を討つという使命を受けていた。
最初は、様々な国の協同軍隊と共に魔族の軍団と戦った。
─大丈夫か!?
倒れそうになる兵士を支えながら、剣を振り、一体、二体と魔族を殺していく。
─勇者様、ありがとうございます。
百、二百と命を削り、徐々に魔王城へと近づいていった。
魔王との決戦のために体力は温存しておこうと思ったが、味方の兵士たちが倒れていくのが見ていられなかった。広範囲魔法を使い、一気に敵軍を減らす。二、三発放ったところで、魔王城へのふもとが見えてきた。
城下町へと入り、上から降ってくる刺客を倒しながら進む。
その途中で、相棒のマクリアと合流し、背中を預けながら戦い、リピとも合流した。
散々、彼には合っていないと言った短剣を持ち、必死に戦っていた。最後まで押し切って短剣を使いたがったが、その状態で戦争に参加させるべきだったか、まだ迷っていた。でも、その不安をリピ本人に気づかれまいと心に誓う。
─イロ!
不気味な黒紫色の城の前で、リリィとも合流した。泣きそうなのを我慢して、目に涙をためていた。それでも、ここまで一人でたどり着いたのは、たいしたものだと思った。
仲間たちと頷き合い、覚悟を決めて重い扉を押した。
魔王は上にいるのだろうと予想し、全員で階段を駆け上がった。途中、何体か魔族が待ち構えていたが、素早く倒し、先を急いだ。
ものすごい存在感を感じ、それが魔王であるとすぐにわかった。マクリアがその魔王がいる部屋の扉を開けた。
すると、ドッと一気に禍々しい空気が迫ってきた。感じたことのない邪力の強さだった。
そのオーラに中心にいたのが魔王だ。椅子からゆっくりと立ち上がり、俺たちに向かって言った。
─我が命を取りに来たのか?
薄暗い部屋には、他にもう一人人型の魔族がいた。彼女は、本当にごく普通の人間に見える。
怖気づくかと思ったが、仲間たちは覚悟を決めていた。彼らは強かった。
魔王を殺せるのは俺だけだ。
リリィとリピに女の方は任せ、マクリアと共に魔王に挑んだ。
魔王は邪力を使い、俺たちの攻撃を防ぎ、また、攻撃をしかけてきた。
殺す方法は魔王の心臓を一突きするしかない。だが、剣だけではどうにも近づけない。
魔法の攻撃を避けられるよう、ある程度距離を取りながら、俺も魔法を使った。
─やった!
リピの声だ。女の方は片付いたようだ。二人とも、出会った頃に比べて格段に強くなった。
全員で魔王に襲いかかる。
わくわくした。このままいけば、魔王を倒せる。高揚感が俺たちを包んだ。
魔王がスッとまっすぐ立ち、俺たちに反応をしなくなった。これはチャンスだと思い、それを疑うこともなく飛びかかった。
魔王は口を小さく動かしていた。
─だめだ!避けろ!
俺は咄嗟に叫んだ。同時に、跳び上がり、後ろに下がった。
その瞬間、魔王の邪力で黒い蔦のようなものが生え、それが襲ってきた。
俺は、すんでのところで剣で受け流し、なんとかダメージは最小限に抑えられた。すごい力だった。多少、掠ったが、動くのには支障がない程度だ。
─リリィ!
一番近くにいたリリィが倒れているのを確認する。後衛で魔法を使ってたはずだ。だが、今は、赤い血を流してうつ伏せに倒れている。
─リピ!
部屋の壁際に吹き飛ばされ、横たわっている。頭から血が出ている。
ぴゅっと頬に何かが飛んできた。手で擦って見てみると、赤色の液体だった。恐る恐る魔王の方を見ると、マクリアが黒い物体に串刺しにされていた。
─マクリア!
黒色の蔦がぶんっとマクリアを投げ飛ばした。
俺は、走ってマクリアを受け止めた。
─大丈夫か!?
聞くまでもなかった。大丈夫なわけがなかった。でも、叫ばずにはいられなかった。
─がはっ!
マクリアが口から血を吐き出す。腹部には、大きな穴が空いていた。魔法を使っても、復元できない損傷度だった。せめて、この場に魔王さえいなければ。
三人を連れて逃げようかとも思った。今なら間に合うかもしれない。俺の力があれば四人同時の瞬間移動も容易い。
─イロアス。
マクリアが声を絞り出す。
─かっ……て…く……。
最後までは声にならなかった。それでも、その言葉を聞いてしまったら、逃げるわけにはいかなかった。後悔する暇もない。
─ああ。
まだ俺を認識できるマクリアに見せてやらなければならない。この俺が、魔王を倒す瞬間を。
心に大きな穴が空いたような気分だった。冷たい風が突き抜けていく。
たった一人、魔王に立ち向かう恐怖は、計り知れないものだった。孤独ほど恐ろしいものはないのだ。
大きく息を吐き、魔王に向かって走っていった。剣で、生きているかのようにウネウネと動く黒い蔦をさばきながら、呪文を唱える。
─エルコメ・ピュール。
業火が蔦を焼き払う。
跳んで、邪力の攻撃を避ける。背後の壁に赤く白い光の玉がぶつかり、煙が出る。
鋼のような硬さを持つ蔦を剣で受け流す。
キンッと鋭い音をたて、火花が散る。
─エルコメ・クリュスタッロス。
着地と同時に、氷で蔦を固める。
残った蔦が一気に俺に向かって伸びてくる。
─エルコメ・アネモス。
ぶわっと風が起こり、蔦がはねのけられていく。風も刃になる。蔦が切れ、ボタボタと落ちてくる。
─エルコメ・ポース。
部屋中が一気に明るくなる。目くらましだ。
基本魔法だって、極めれば強い力になるんだ。
魔王がたじろいだ。その一瞬を見逃さない。
─スタマティクステイ・キニシ。
魔王の動きを止め、
─コープスト・モノ・コーロス。シデンスト・ジ・コーロス。
魔王の目の前に瞬間移動する。
─うおおおおおおお!!!
雄叫びを上げながら剣を突出す。
狙うは心臓ただ一つ。願うは勝利ただ一つ。
しかし、どれほど思いは強くても、三人が繋いだ勝利の剣は、魔王の心臓に届かなかった。
魔王が遠ざかっていく。
蔦の数を数えておくべきだった。最後の一つが、魔王の背中に隠れていた。その蔦は、まっすぐ俺の体を貫いた。
─ぐはっ!
カランカラン。
剣が床に落ちた。
ぐんっと蔦がしなり、俺を地面に叩きつけた。
─うっ。
体中のあちこちが痛い。特に胸が熱い。焼けているみたいだ。息もできない。
仲間たちの体が見える。魔王の姿も見える。まだ俺の魔法は効いていて、奴の体は動かない。
剣が遠い。腕をうんと伸ばすが、届かない。今がチャンスなのに。
俺の意思とは逆に、どんどん体は動かなくなっていく。
マクリア。リピ。リリィ。
もう一度仲間の名前を呼びたいのに、声が出ない。
走馬灯のように頭の中を記憶が駆け巡っていく。
一番最初に仲間となった、相棒のマクリア。いつだって、大きな剣と体で俺を支えてくれた。
男のくせに小さなリピ。頼りない体に小さな武器。弱っちいくせに頑固者。
優しいリリィ。怖がりで、泣きそうなのに、最後まで一緒に戦ってくれた、強い女の子。
願いが叶うなら、もう一度、彼らと出会い、仲間となって旅をしたい。「勝ってくれ」と言った仲間と共に戦いたい。
この四人で、魔王を倒したい。
薄れゆく意識の中で、魔王が動き始めたのを見た。魔法の効果が切れたのだ。
体を動かす気力もなければ、動きを封じ込める魔法を保つことすらできない。
情けないな。あんなに自分は強いと思っていたのに。過信しすぎたか。
そうだ。過信だった。傲慢だった。
仲間がほしかった俺は、彼らを守って戦いきれると信じていた。彼ら自身の力を信じることはなかった。
弱くたって、自分がいれば大丈夫だと思っていた。仲間の優しさは、俺を狂わせた。
なにが仲間だ。信じてなかったくせに。守りきれなかったくせに。
力がなかったら、こんな俺にはならなかったかな。
ああ、もう何も感じない。




