プロローグ。
じゃっかん耳が痛い。そんなに叫ばなくても。
「あなたが勇者様なんですか?」
女の子がおそるおそるといった感じで聞いてくる。
「俺は、スィドロフォス・パロン・ピステヴォ。勇者だ。」
精一杯の笑顔を作る。
女の子は、本当ですか?と問うようにフィロスの方を見る。
「本当だ。こいつが俺たちの勇者だ。」
フィロスがしっかりと答えているが、やっぱりまだ信じられないみたいだ。
「そう…ですか。私は、スリロス・シングラフェアスです。」
スリロス、スリロス、スリロス。よし、覚えた。
「あ、こいつは、フィロス。」
「よろしく。」
俺がフィロスを紹介すると、フィロスが続けて挨拶をする。
「よろしくお願いします。」
礼儀正しい子だなー。可愛いしー。
「これ、君のだよね?」
襲いかかってきた男が逃げていった時に拾った物を見せる。
「そうです!ありがとうございます。」
スリロスは受け取った袋の中身を確認する。中身は無事らしい。安堵の息をもらす。よっぽど大切な物だったんだな。
「あの、先程は助けていただき、ありがとうございました!」
「全然。普通のことをしただけだから。」
こういうやりとりもなれたもんだな。頻繁にやってるからなぁ。このガッシリとした体付きがまた安心感あるんだよなー。いいよなー。
「スィドロフォスさんも。」
「俺!?」
「はい。最初に私を助けてくださったのは、あなたですよ。」
いや、飛び出していっただけで、何もできなかったし。本当の意味で感謝されることが無いっていうか。ほんとに…
「う、うす。」
あー。言おうと思ってた言葉と違うー!う、うす。って何だよ!?これ、あれだよね、俺が感謝されなれてないから。
「お礼がしたいので、一緒に来てくださいませんか?」
お礼か、こういうのって、断るのも悪いよなってのが俺の考え。フィロスもきっとそうだ。なんて言ったって俺の一番の友達だからな。
「わかった。」
こいつってば、いちいち返事が短いよな。これってもしかして照れてるとか?
んー、わからんな。知らない人がいる時は無表情だもんなー。昔から変わんないなー。
「なんだ?俺の顔に何かついてるか?」
あ、フィロスの顔をじーっと見すぎた。
「なんでもない。」
スリロスについて、騒ぎを起こした広場から十分ぐらい歩いた場所は、聖堂だ。
「あれ?フィーリアとエルがなんでここに?」
フィーリア、エルがこちらに気づく。フィーリアは優しく笑顔で手を振る。エルは…不機嫌そうな顔をしてそっぽを向く。可愛くないやつ。
「なんでって、おまえ、話聞いてなかったのか。この町の聖堂で待ち合わせって言って別行動したんだろ。」
フィロスがあきれたように言う。そうだっけ?
「どうせ、話も聞かずにすぐ走って行っちゃったんでしょ。」
エルがそっぽを向いたまま言う。それを聞いて、フィーリアが笑う。
「だから、私についてきたんですね。」
へ?どゆこと?お礼がどうとか話してたから…え?違うの?
スリロスの言葉を聞いて、フィロスが頷く。
「私、ここの巫女をしております、スリロス・シングラフェアスと申します。」
スカートをつまんで、丁寧にお辞儀をする。きれいだ。
「フィーリア・エテレインです。よろしくお願いします。」
フィーリアの声、好きだな。きれいなソプラノ。きらきらーってしてて。妖精みたい。
「エルピス・シュンパテイア。」
俺の方を一瞬見てから、名前を名乗る。何か言いたいのか?エルよ。でも、声かけたらまた睨まれるよな。
「どうぞ中へ。」
スリロスが聖堂の重そうな扉を開け、俺たちを招き入れてくれる。
ここも広いな。この町入ってきた時も思ったけど、何もかもが立派っていうか。天井たっけー。外から見たとき、こんなに高かったっけ。ステンドグラスっていうんだっけ?めっちゃキラキラしてるし。いかにも聖堂って感じ。
「フィロスさんとスィドロフォスさんに助けていただいたお礼もしたいので、今夜はぜひこちらでお泊まりください。部屋もたくさんありますので。」
スリロスのありがたいお言葉をちゃんと聞け、エル。こっち睨まなくてもわかってるって。いつも同じこと言われてるからな。
「また勝手に行動したんだよね。」
静かな怒りが怖いです、エルさん。
いや、ま、ね、しょっちゅう同じことで怒られてるけどさ、その怒られるってことは嫌なわけで。しかも、部屋の中で一対一。フィーリアの助け舟も期待できない。
「聞いてる?」
怒りの四つ角が見えそうな表情。近くに寄られたので、少し背中を反りながら、黙って頷く。
「何度も何度も言ってるんだから、そろそろわかってもらいたいんだけど。」
体を起こしながら、ぶつぶつと言う。可愛らしいお顔がだいなしですね。
一人一部屋使わしてくれるなんて、親切だよな。広いってのもあるんだろうけど。机椅子にベッド。すごいな。やっぱこの町、金持ちなのか?ベッドはどこの聖堂にもあるけど、机や椅子をわざわざ置いているところは少ない。
「やっぱり聞いてないよね?」
あ、聞いてなかった。
「聞いてます、聞いてます。今度から気をつけます。どうも。すいませんでしたー。」
エルの方を向いたまま、手探りで後ろのドアノブを回す。
「まだ話は終わって…。」
途中まで言いかけてたけど、諦めたみたいだ。俺が部屋から出てドアを閉め切る直前に見えたエルの表情は、いろいろな感情が混ざって、そして、悲しそうに見えた。
「何してるんだ?」
後ろから声がかかりびっくりする。
「なんだ、フィロスか。」
「なんだってなんだ。」
なんでもないと言って、自分の部屋へ戻ろうと歩き出したところで、フィロスが俺の肩を掴んで引き止める。
「何?」
フィロスは何か言いたそうに口をパクパクさせ、そして、それを思いとどまるように首を振って、肩から手をはなした。
「この町、すごいよな。広いし、大きいし。」
「どっちも似たような意味に聞こえるけど。」
うつむいた顔をあげ、俺に反応する。いつものフィロスだ。
「そういえば、電気、無いのな。こんなに大きな町だし、ろうそくで夜を過ごすってわけでもないだろ。」
街灯も見当たらなかったし、これって変だよな。
なかなか返事が返ってこないから、不思議に思って、フィロスの顔を見ると、心底あきれたと言わんばかりの表情だ。
これって、またやっちゃった感じ?
「その話も町に入るときに言った。」
やっぱりか。俺、人の話聞くの苦手やわー。
「ヒント。巫女さんが持ってた物。」
巫女さんって、フィロスは聖女のことみーんなそうやって呼ぶから誰か区別がつかなくなるんだよ。ここの聖女は一人っぽいし、今回は大丈夫だけど。
そういえば、スリロスが持ってた袋の中身、思ったより重かったよな。袋を開けたときにチラって見えたのは、ステンドグラスの反射みたいな光だったし。魔法石って感じではなかったはず。
「ここにいらしたんですね。」
噂の聖女さんじゃないっすか。
「もうすぐ夕食の用意ができます。」
やったー。ご飯だ、ご飯。
「フィロスさん、よろしければ、仲間の皆さんにもお伝えできますか?用意ができ次第、呼びに行きます。」
「わかった。」
やっぱり返事が短い!それがフィロスの良いところとも言えるんだろうけど。話通じてるし、困ることはないし。
「スィドロフォスさんは、少しよろしいですか?」
フィロスについて去ろうとすると、スリロスが引き止める。俺を引き止めるのは最近のはやりなのか?
「夕食の前に、傷の手当てをしましょう。」
スリロスは、俺を医務室に連れて行った。
医務室もかなり広い。ベッドがいくつもあって、何かあった時は、頼りになりそうだ。
「ここにお座りください。」
木の椅子に俺を座らせると、道具を取りに行く。
外もだいぶ暗くなってきたな。開けられた窓からの風が気持ちいい。
「この町、気に入っていただけましたか?」
薬を持ってきたスリロスが俺に笑いかける。
「そうだな。きれいな町だ。」
嬉しそうに頷いて、自分用に用意した椅子に座る。長い髪を耳にかける。夕日に照らされて、とても美しい。彼女自身から光が溢れているようだ。
「さっそく手当てしますね。」
そう言うと、腕にできた擦り傷に薬を塗る。
いてっ。触られると痛い。思いっきり吹っ飛ばされたもんな、あいつに。
痛みでビクッとなった俺を見て、くすっと笑う。
薬ってスースーする。これが傷を治される感覚かーって実感できて、嫌いじゃない。
「どんな町に行ったんですか?」
「え?」
唐突だったから、思わず聞き返してしまった。
「今までに行った町です。どんな町に行きましたか?どんな冒険をしたんですか?」
興味津々といった感じで質問を繰り返す。
それなりにあちこちに行ったけど、その話をしたことはなかったな。その相手がいなかったっていうのが大きいのだろうが。
「聞きたい?」
スリロスに問いかけると、顔を明るくさせながら、はいっ、と力強く返事をする。
そうか。では、話そうか。俺の、いや、俺たちの大冒険の物語を。