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神が笑った世界  作者: 城宮水紅
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第十七話 安息

「くしゅっ」

「シド、大丈夫ですか?」

 俺のくしゃみに、フィーリアが心配そうにする。

 湖に落ちて濡れた上に、夜の山は肌寒い。冷たい風が通り抜ける度、ぞわっと寒気がする。

「神の遣い様にお召し物を」

 そう言ったのは、指導者の老婆だ。その言葉を合図に、村人たちが動き始めた。

 俺は促されるまま湯に浸かり、新しく用意された民族衣装を着させられた。

「神の遣い様、宴の準備ができております。ささ、こちらへ」

 村人たちの態度は一変していた。

 宴のためと外に連れ出され、俺のために用意された座敷座らせられた。次々に料理が運ばれてくる。

「シド」

 フィーリアがまた飾りたてられて現れた。

 どうやら、神の遣いである俺の同伴者だから、彼女も同じように崇められているようだ。俺が生贄扱いのとき、既に丁寧に扱われていたが。

 俺の隣に座り、一緒に食事を始めた。

「オロスとも会話できたのですか?」

 フィーリアが、俺にだけ聞こえるよう、小さな声で尋ねてきた。頷いて肯定した。

 事の顛末を教えてあげた。村人は皆、舞に夢中になっていて、俺たちの会話に気をとられる者はいない。

「そうだったんですね。丸く収まって良かったです」

 全て聞くと、フィーリアは優しく笑った。

 丸く収まったというには無理矢理だったし、俺は神の遣いだと思われてる。神の遣い様なんて呼ばれるのは変な気分だ。

「そういえば、エルピスは見た?」

 オロスと共に村人の説得に向かったあたりから、緑頭を見ていない。フィーリアなら何か知っているかもと思い、聞いてみる。

「エルピスさん?いたんですか?」

 フィーリアは時々抜けているところがある。生贄として一緒にいたところを見ているはずなんだけど。まあ、たいした問題じゃないだろう。巨体の生き物相手に一人で勝てそうな奴なのだから、どうせ無事だろうし。

「神の遣い様、お酒もどうぞ」

 老婆が酒の入ったコップを差し出している。

 今なら遠慮しても聞いてもらえるだろうと思ったが、彼女の親切心を無下にできず、結局いただいてしまった。

 この体が酒に強いのか、ここの酒が弱いのかはわからないが、酔う気配がない。でも、いつ限界が来るかわからないから一杯でやめておく。

 さすがに睡眠薬も入っていない。

「どんどんお食べください」

 村人たちはそう言って料理を勧めてくる。そうはいっても、俺はもうお腹いっぱいだ。

 神の遣いと崇められるのは疲れるなと思った。

 でも、この雰囲気は悪くない。飲めや歌えやの大騒ぎで、今が夜なんてことは忘れてしまった。焚き火がゴウゴウと燃えているのを見ていると、なぜか元気が湧き上がってくるのだ。

 一晩中騒いで、朝を迎える頃には疲れてしまったようで、ほとんどの人がその場で寝てしまった。フィーリアも例外ではなく、俺の隣で静かに寝息をたてている。

「馬鹿みたい」

 ミズキが俺たちを見て言った。何について怒っているのかはわからないが、俺のほうを見ていたような気がする。

 ミズキはさっさと、どこかに向かって言ってしまったので、その後ろをついていく。眠っている女の子を置いていくのは気が引けたが、村人が彼女に何かするとは思えなかったので、自分の上着をそっとかけて離れる。

 ミズキは木の間をかなりのスピードですり抜けていく。かなりなれた動きだ。よく行く場所なのだろうか。

 不意にミズキが立ち止まる。湖だ。生贄にされそうになった時とは少し違う場所だ。見たことのない小さな花が揺れている。湖の周りは濃霧が広がっていて、一瞬でも目を離すとミズキを見失いそうだ。

 ミズキは花の中でしゃがみ、何か作業を始める。

「ミズキ…さん」

 気安く呼ぶなと言われたのを思い出し、情け程度に「さん」をつける。

 俺がついてきていたことは気づいていたようで、驚く様子はない。

「なに」

 ミズキの語調はやっぱり強くて、ズシッと胸を刺されたような感覚になる。

「なんで何回も助けようとしてくれたのかなって」

 生贄にされてしまわないように、村に入らないよう忠告してくれたし、逃げろとも言ってくれた。その言葉を信じなかった俺も間抜けな話だが。

「別に。うんざりしてただけ。山の神とか、生贄とか。村の仕来りなんて馬鹿みたいだと思ってた」

 ミズキが、おれに背を向けたまま言う。

「あたし、あんたも馬鹿だなって思ったよ」

「ミズキさんの言うとおりにしなかったからね」

 笑ってみるが情けない声になる。

「違う」

 ミズキが立ち上がる。くるっと回って俺を見る。

「よく自分を殺そうとした人たちと笑えるね」

 ミズキが泣きそうな顔をする。

「ここの人たちは、生贄を欲しながら自分たちは死のうとしない。外部の人間を殺すんだ」

 ミズキは、ゆっくり湖の方を向く。俺もそれに倣って湖を見る。離れた場所で、オロスと思われる大きな影が水浴びをしている。

「旅で疲れた人間をもてなして、男は牢に閉じ込める。女はどうするか知ってる?村の一員にして子供を産ませるんだ。だから、小さな村のくせに子孫は絶えない」

 ミズキの横顔に日の光が当たる。湖の霧は消え始め、オレンジ色に染まっていく。

「あたしも外から来た。六年前に」

 今でもまだ十三歳くらいの女の子だ。当時は七歳か。そんな子に子供を産ませたりしないだろう。

「なんで逃げ出さなかったんだ?」

「あたしは、人身売買をする男と一緒だった。子供をさらって召使いとして売るんだ。あたしは、親を殺されて連れ去られた」

 俺は、言葉を失った。人身売買なんて単語が、この少女から出てくるとは思わなかった。

「その時、あたしの他にも子供はいたよ。でも、みんな弱って死んじゃった」

 ミズキの声が儚く湖に消えていく。かけてあげる言葉が見つからない。

「それで、この村に来た。男は生贄にされて殺された。まあ、あたしは、そいつを恨んでたから、男がどうなろうが何とも思わなかった。あたしは、そのまま村で育てられた。召使いのようにこき使われることもなかったし、それなりに愛情をもって育ててもらった」

 そうだ。彼女には帰る場所がない。育ててくれた人たちを簡単には、裏切れない。憎むこともない。村から逃げ出す必要なんてない。

「でも」

 ミズキが何か言おうとするが、その先の言葉は声にならない。

 家族が人殺しをするのは見捨てておけない。ミズキは優しいから、人が死ぬのを見ていられなかったのかもしれない。

「なんで話しちゃったのかな」

 そう呟くと、じっと俺の顔を見る。

「ああ、あんた、似てるんだ。病気で死んだ兄さんに」

 ミズキが寂しそうに顔を歪ませる。

 この小さな体に、一体どれだけの悲しみを背負って来たのだろうか。こんな思いをする子を二度と生み出さないために、世の中を変えなきゃ駄目だ。

 ミズキがずいっと花束を押し付けてくる。くれるのだろうか。

「これが眠り草?」

 ミズキが頷く。

 花の部分ではなく、葉から睡眠薬となるエキスを取り出せるのだそうだ。

「シド」

 いつの間にか背後に立っていたフィーリアが俺を呼ぶ。

「出発しましょう」

 俺たちにも時間は限られている。一ヶ所に長居はできない。

 どうやって説得したのか、村人たちが旅の支度を手伝ってくれた。彼らのことだ。俺たちが村を出ることは嫌がると思った。

 すっかり乾いたいつもの服に袖を通し、大切な剣を腰につける。

 村人全員で俺たちの出発を見送ってくれる。ミズキもいて、最後に、

「兄さんは弱っちかった」

と、言った。

 俺に似ているというミズキのお兄さん。きっと彼女なりの「気をつけて」だ。

 なんだか可愛らしく思えて、ミズキの頭を撫でる。

「ありがとう」

 照れているのか、困っているのか、わからないが、ミズキがうつむいて顔を見せてくれない。

「お気をつけて」

 ペンプトスの人々の見送りを受け、村を出た。

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