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神が笑った世界  作者: 城宮水紅
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第十六話 生贄

「出ろ」

 次に牢にやってきたのは、屈強な男たちだった。鉄格子の扉が開き、男たちに両脇を抱えられて階段を上らされる。

 ずっと無地の壁を見つめて考えていたが、画期的な解決策は思いつかなかった。力さえあれば、今が逃げ出すチャンスだろうが、残念ながら俺は非力だ。武器だって持っていない。

 外は暗く、俺が眠らされたのが今日なのか、昨日なのか時間的感覚がない。あの酒でどれだけ眠らされたのかわからないため、一日経ったのかもわからないのだ。

 男たちに囲まれながら歩いてい。気がつくと、村の人が皆列をなして一緒に歩いている。しばらくすると湖が見えてきた。ここが生贄の儀式を行う場所だろう。

「座れ」

 湖のほとりにやってくると、湖に背を向けるように座らせられる。隣にエルピスが座る。

 男は、俺たちから離れる前に、腕に縄を巻いていった。逃げないようにするためだろう。

「面を」

 後ろからやってきた例の老婆が言う。村を取りまとめる役割にあるのは間違いなさそうだ。

 その近くには、フィーリアもいる。女の人たちに囲まれて身動きが取れないようだ。見た感じ、民族衣装に着替えさせられているが、酷い目にはあってなさそうだ。

 一人の男がエルピスに近づく。

「この面は、神から授かった由緒正しき物だ。そなたらの信じるものと同じ存在ではないかもしれないが、同様に神と呼ばれる者だ。その高貴な方の物にむやみに触れれば、天罰がくだろうぞ」

 北方民族は、神の存在を信じていない。獣たちを崇めているのだと聞く。その獣とともに生きるためのお面だ。神からもらったはずがない。

 面を取られたくないがためのはったりだろう。口は達者なようだし、この様子なら心配ないだろう。

 心配なのは、顔面蒼白なフィーリアだ。生贄にされる危険がないどころか、巫女のように飾り祀られている彼女の方が、生贄のように見える。

 その時、湖を囲む木々がうごめいた。

『汚すな』

『近づくな』

『やめろ』

 魔族の声も聞こえてくる。

「早く贄を!」

 老婆が叫ぶ。

 短剣を持った男二人がこちらに向かってきた。

 刺されると思った瞬間、ぐいっと服が引っ張られ、湖に頭から落ちた。引っ張ったのは、縄を解いたエルピスだ。ナイフを隠し持っていたようだ。

 湖には、これまでの生贄たちだろう。人間の骨が沈んでいた。

 突然のことで息を吸う間もなかったし、手は縛られたままだ。頭はパニックになり、全く泳げない。一生懸命、足をばたつかせるがいっこうに体は浮かない。無駄に力を入れると沈んでしまうことはわかっていたが、死の恐怖が落ち着くことを許してくれなかった。水を飲みすぎて、息もままならない。

 ゴボゴボと泡が浮かんでいくのを見送ったところで意識がとぎれる。


「ごほっ…ごほっ…」

 気がつくと、陸に上がっていた。縄も切られ、腕は自由だ。近くにエルピスの姿がない。

 体を起こし、周りを見渡す。ナイフを持ったエルピスが、魔族と戦っていた。エルピスの方が圧倒しているようで、同時に複数体を相手しているのに、傷を負っているのは、魔族の方だ。

「やめろ!」

 声を上げると、ピタリと動きが止まる。エルピスどころか、魔族の方も動きを止める。

 ゆっくりと歩み寄り、

「何があった?どうして村を襲う?」

と、語りかける。

「何をしている!」

 エルピスが叫ぶが無視をする。

『人間、我らと言葉を交わすつもりか』

 低い声が響く。

 大きな体で、四本の足に太い尻尾がある。体を揺らす度、鱗が湖の光を反射してキラキラと輝く。顔の周りの白い毛が風でなびいている。

 オロスという魔族だ。

「襲う理由があるのか?」

『奴らは湖を汚す。奴らは、血で湖を汚す』

 奴らというのは村の人のことだろう。

 オロスは、山に住み、季節ごとに住処とする湖を変える。刺激を与えなければ大人しい性格だが、その鱗は高値で取引されるので、人間に襲われることは少なくない。他の魔族に比べ、邪力が弱いことも理由の一つだろう。その上、綺麗な湖にしか生息できないため、数は減る一方。

 この村では、山の神の怒りを鎮めるため、生贄を捧げている。その方法は、生贄の胸を短剣で一突きし、湖に落とす。血で汚すというのは、おそらく生贄のことだ。

「いつもはどうしているんだ?この湖は血で汚れるんだろう?」

『そうだ。汚れた後は湖に近づけない。別の湖に行く。だが、ここは素晴らしい湖だ。簡単に譲りたくはない。だから、汚れる前に止める』

 そうか。これで辻褄が合う。

 山の神はオロスで、村を襲うから、神の怒りだと思っていた。生贄を捧げれば村を襲わなくなるのは、オロスたちが別の湖に移動せざるを得ないからだ。そのせいで、村の人々は生贄が必要だと思っていた。これは、逆なのだ。血を湖に流すから、オロスは村を襲う。悪循環が続いていた。

 無駄な争いは嫌うオロスが、湖が汚れてしまった後は諦め、村を襲わないため、この悪循環は生まれたのだ。温厚な性格は時に己を苦しめる。

『なぜ奴らは殺した人間を湖に捨てる?』

 生贄を捧げ物とするのは、人間の勝手な行為だ。山の神が貢物に苦しめられているとは、なんという皮肉か。

「おい、何がどうしたんだ」

 エルピスの存在を忘れていた。大人しく待っていたようだ。おかげで、彼らを刺激せずにすんだのだが。

「じゃあ、どうしようかな」

 悪循環の正体がわかったところで、村人たちに聞いてもらえるか、信じてもらえるかわからない。

 とりあえず、オロスとエルピスに事の成り行きを説明した。

『我らが襲わなければ、もう生贄とやらは終わるのだろうか』

「いや、どうだろう。ここの人たちは、生贄の価値を強く感じている。襲わなくなったら、むしろ、生贄のおかげだと思うかもしれない」

『そうか』

 オロスの声は聞こえないので、エルピスは置いてけぼりだ。ムスッとして黙っている。通訳に入ったほうが良いのだろうか。

「問題は、生贄が必要ないとどう信じてもらうかだ」

「そんなに神を信じる民族なら、神が言ったことにすれば良い」

 エルピスがイライラとした声で言う。

「それはそうだけど」

「あんたは、この魔族と口が聞けるんだろ。だったら、こいつら連れて村の奴らに説明してこい。山の神の使いだとかなんとか言っとけば信じるだろ」

 エルピスが一気に言ってしまうと、ふいっとそっぽを向いてしまった。面で表情は見えない。

『我らの声は奴らには届かぬ。人間、頼んでも良いだろうか』

 オロスがまっすぐ俺を見て言う。

「もちろんだよ」

 俺は、オロスたちを引き連れ、村の中心に向かった。

 俺たちが逃げたことで、村はもう終わりだと嘆き、代わりの生贄を捧げようだとか騒いでいた。

 彼らを襲っていたオロスには、俺と話をしたオロスが襲わないよう止めていた。もしかしたら、このオロスがボスなのかもしれない。

「シド!」

 フィーリアが俺に気づくと、笑顔になる。心配してくれていたのだろう。無事だとわかると、ほっとした顔になった。

「ひぃっ!」

 フィーリアと共にいた老婆が、俺を、いや、俺の後ろを見て悲鳴を上げた。他の者も恐怖におののいている。

「山の神の言葉を代弁する」

 一度、大きく息を吸い、村人たちを見つめる。

「もう村は襲わない。生贄を捧げる必要はない。ただ、あの湖を美しく保ってくれれば良い。湖を汚さなければ、人を襲わないと約束しよう」

 俺が一通り言い終えると、オロスたちが同時に咆哮を上げた。山に響き、木々が揺れ、動物たちが呼応する。

 迫力がすごかった。これが、山の神だと呼ばれる要因かもしれない。

 村人が次々に膝をつき、祈りのポーズを始めた。オロスは、それを満足そうに見、

『人間、ありがとう』

と、言って森の中に消えていった。

 かくして、俺は生贄とならずにすんだのだ。

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