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神が笑った世界  作者: 城宮水紅
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第十三話 期待

「どこから話しましょうか」

 一部始終と言われたって、何から話せば良いのかわからない。困っている俺に、団長が助け舟を出す。

「そうだな。君たちの行動は、トリトスで始まったらしいじゃないか」

「はい。トリトスを訪れた時、そこの聖女が助けを求めて来たんです」

 そう言うと、いきなり団長が眉間にしわを寄せる。

「聖女?君はいつの時代の人間だ?」

「え?」

 今の正式名称は巫女らしい。地域的な差ではなく、時代的な違いだったのか。聖女なんて言い方は古臭いどころじゃない。通じないことも多いようだ。職業として巫女という名が広まっているのに、聖女と呼ぶことは滅多にない。

「まあ良い。それで?」

「商人たちの横暴さを知りました。一般の村人には優しい人物として認識させていたようですが。そこで、彼らの行動を見張ってみたんです。そうしたら、どうやら領主と手を組んでいるということがわかりました」

 そこからは順番に事実確認と証拠集めだ。

 税金の取り立てがなくなったこと。新たな役人の派遣がないこと。国にトリトスの滅亡の報告があったこと。

「その途中で、別の事件が起こっていることも知りました。トリトス以外では不当な増税が起きていたという話です。事情を聞いてみると、国の視察が入るときだけ、村人を移動させ、人口を多く見せていたらしいんです」

「なるほど。君が奴らの悪事を見抜いた経緯はわかった。では、魔族の正体は?」

 騎士団を呼び出すことにまでなった魔族騒動についてだ。

「同じことをしてやったんです」

「ほう」

 団長が興味深々という声を出す。

「どれほどの役人が悪事に加担してたのかはわかりませんが、どちらにせよ、魔族に襲われたら、領主に報告するのは変わりません。だから、見せたんです。魔族がいるように」

 フィーリアが魔法石を取り出す。フィーリアお手製の幻影を見せる魔法石だ。俺のイメージを使ってるから、イリアス時代に出会った魔族たちが映って見えたはずだ。

「見せてもらえるか?」

 フィーリアが団長に石を渡す。

「よくある映像投影用の魔法石と同じですよ。それをもっと広範囲かつ、立体的に見せるものです。その中に記録されているのは、実際の映像ではなく、えっと、録画ではなく、俺の記憶です」

 団長が見てみたいと言うので、使用許可を出す。とっておいても使いどころはないだろうし。

 団長が石を握りしめ、もう片方の手を上に付きあげる。すると、そこを中心に魔族が人を襲う映像が流れ始める。

「こんなにも魔族を見たことがあるのか」

 あちこちで戦った魔族を集めているのでリアリティに欠けるが、正真正銘、実際に存在するものたちだ。今もいればの話だが。

 ここにあるのは映像だけで、触ったって通り抜けてしまう。もう少し手を加えれば実態も与えられるが、本当に村を襲いたいわけじゃない。

「これは…」

「フィーリアが作りました」

 手で隣の彼女を指しながら言う。フィーリアがペコリを頭を下げる。

「これを村の人に渡して使うようお願いしたんです」

 試みは上手くいき、役人と元領主はまんまと騙されたのだ。

「どうやって作った?」

 団長は魔法石に興味があるようで説明を求める。俺はフィーリアに話すよう促すが、「私の考案したものではないので」と言って話そうとしない。

「まず投影魔法石を作ります。広範囲に映すため、少し工夫はいりますが、まあ、基本は変わりません。あとは録画の際、感覚共有を使って、俺の脳内のイメージとつなげるだけです」

 魔法の呪文や魔法陣の書き方など、細かい内容まで求められ、丁寧に説明をする。特に、魔法石の効果範囲拡大方法については、かなり真剣な様子で聞いていた。

「魔法学会が聞いたら何て言うか」

 一通り説明を終えると、団長が深く息を吐いた。

「魔力があればなあ…」

「まったくです」

 俺に魔法の才能がないために自分ではできないと知り、残念がる。俺も、うんうんと頷いて団長に同調する。

「それだけの知識をどこで?」

「あー、勉強したっていうか、知る機会があったっていうか」

 俺の誤魔化し方に団長が怪訝そうな顔をするが、深く追求してくる様子はない。安堵の息を吐く。前世の記憶だなんて言ったって、フィーリアじゃないんだから信じてもらえないだろう。

「そうだな…賢者という可能性は残っているな」

「あの伝説の?」

 団長の言葉にフィーリアが目を輝かせる。

 運命印には勇者以外にも存在する。もともと運命印というのは、その人の持つ才能を指し示すものだ。

 勇者の運命印というのは、魔王を倒せる能力を表す。魔法や剣術で攻撃はできるが、魔王の心臓に触れられるのは勇者の運命印を持つ者だけ。

 賢者とは、その名の通り、絶対的知識量を持つ者のことだ。大昔、存在したらしいが、最近はいないという。もし賢者がいるのであれば、国が他所に行くことを拒むだろう。知識とは、時に国の富となり得る。

 運命印を複数与えられることはない。俺に賢者の運命印が与えられるなんてことがあれば、勇者の運命印は別の人物のものだ。そうなれば魔王討伐の道は、俺の目の前から消えてしまう。賢者というのも良い才能だが、俺は正直嬉しくない。

 運命印は才能を示すものだが、才能の力はその人の人生すら左右する。それが運命印という名の由来だろう。

「王都に来るのを楽しみにしてるよ」

 団長がニコッと笑う。

 彼は、俺が賢者であることを望んでいるのだろう。ここ数千年姿を見せない大物だ。それを自らの国の手中に収まるのなら、その価値は計り知れない。

「我々は王都に戻る。数名の兵士は残すが、すぐに次の領主となる者が来るし大丈夫だろう」

 そう言って、団長は兵を連れてゲートを通って王都に向かった。

 明日、旅に戻ると伝えたら、領主の館に泊まって行くと良いと言ってくれて、客室を貸してもらった。ゆっくりと湯に浸かり、ふかふかのベッドに横になれるのはとてもありがたかった。

 フィーリアを誘い、アナ宛に手紙を書いた。ここに残る騎士団員に渡してもらえるよう頼んだのだ。明日、早朝に次の村へ向けて旅立つ予定で、もう一度トリトスを訪ねる時間はない。だから、手紙で感謝と激励を伝えることにした。

「シド」

 手紙を書き終え、手紙を預けに部屋を出ていこうとする俺をフィーリアが呼び止める。

「本気で魔王を倒すつもりですか?」

「…どういう意味?」

 俺が怒ったと勘違いしたのか、フィーリアがうつむいて手を強く握る。

「魔王と戦うまで、きっと辛いことがたくさんあります。シドに強い気持ちがあることも知っています。でも、どうしても逃げ出したくなることもあるかもしれません。その時……。」

 言葉がつまり、フィーリアは黙る。

「本気だよ。逃げ出したりしない」

 決して弱い気持ちではない。フィーリアにそのことをわかってもらわければいけないと思った。だから、強くはっきり言う。

「そうじゃなくて」

 でも、フィーリアは悲しそうな顔を俺に向ける。そして、意を決したように息を吸って言った。

「その時は、諦められますか?」

 まっすぐな瞳は、不安そうに揺れている。

 これは、覚悟だ。覚悟を問われているのだ。いや、違う。

─何もかも捨てて逃げるという選択もあることを忘れないでください。

 頭の中で誰かの声がする。

 たぶん諦められないと思う。魔王を倒す。死してなお揺るがなかった決意だ。

 でも、思い出せない誰かが言うように、その時が来たとき逃げるのも一つの選択肢。それも大きな覚悟だ。

 そして、目の前で心配そうに俺見る魔法使いは、ちゃんと逃げる道を選んでほしいと願っている。

「わからない」

 確信はなかった。簡単に答えて良いものでもない。これが、今の俺の精一杯の返答だ。

「今はそれで良いです」

 フィーリアはそれだけ言うと自室に戻っていった。

─選択を迫られた時にはもう手遅れかもしれない。そのことも頭に入れておけ。

 また誰かの声が聞こえてくる。いつ、どこで聞いたかもわからない声が、俺の中にある。何なんだ。

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