第十ニ話 真相
団長に促され、再開する。
「端的に話します。最初にも言ったとおり、ここに魔族など存在していません。脅していたのは、この商人と領主、プセフティスです。ことの始まりは十年前。この村の特産品の布の価値が上がり、領主は独り占めしたいと考えました」
プセフティスは否定し、騒ぎ立てるが、騎士に猿ぐつわをつけられ、話せなくなる。アーとかウーという声はするが。
「そこで、まず、この村の税を上げました。住民に不満を募らせるためです。プセフティスの治める領地の中で遠く離れたこの地は、五年、使節の目を掻い潜るくらい容易かったでしょう。そして、充分に領主や国への信頼を失わせたところで、魔族のフリをして村を襲いました」
襲われた時でさえ、魔族の姿を見なかったのは、人間の仕業だったからだ。
「その時、この商人たちが、魔族に襲われたと言って現れます。村の人々は、自分たちも魔族に襲われたのだと理解します」
うまく人目を避けたのだろう。だから、なんとか魔族のせいにできた。
「そして、商人は言います。奴らに脅された。貢物をしなければまた襲われる。それを聞いた人々は、必死に働きました。が、それが意外に苦じゃなかったんです。というのも、重い税を経験していたため、魔族の要求は軽く感じたのです。気づけば、税の取り立てもなくなっていました」
商人と領主を除いて、皆、ウンウンと頷いている。すっかり聞き入っていて、邪魔をしようとする人物はいない。
「役人は逃げたと聞いていますが、それならば、次の役人が来てもおかしくないでしょう。存在する村や町は納税の義務があるのだから」
考える時間を少し取り、「答えは簡単です」と続ける。
「この村は存在していないことになっていたのです。領主自ら国に報告したのでしょう。魔族に襲われ壊滅した、と。隣接するデウテロンと同様に土地は荒れ、再起不能だ、と」
フィーリアが、ばっと紙を見せる。俺の言ったことが書かれた国王への報告書だ。証拠として、フィーリアに館から拝借して来てもらったのだ。
「一度地図から消してしまえばもう自由です。この村の利益を百パーセント手に入れたのです」
自分たちの村がないことにされていたと知って、さすがに驚いたようだが、村の人たちは、納得して話を聞いてくれているようだ。まあ、クレヴォやプセフティスの様子を見たら信じぜざるを得ないだろうが。
「この村で味をしめた領主は、他の村にも手を出し始めました。勝手に増税をしたのです。税のうち手に入る税の割合は変わらないので、単純に母数を増やしたんです。それを誤魔化すのには、住民を使いました。国の視察が入るとき、人を動かし、妥当な人口がいることをアピールしました」
税の取る量は、人口によって定められている。不当な増税を禁止する目的の制度だったが、逆にそれを利用したのだ。
「こうして、そこの領主と商人たちは、領地の人々の苦労で得た甘い汁を吸っていたわけです」
俺が話し終えたとわかると、人々はざわざわと話し始めた。後半、ここの人たちに関係のないことだったが、最後まで静かに聞いてもらえてありがたい。
「お疲れ様でした」
フィーリアとアナが近づく。フィーリアは魔法を解いていて、クレヴォたちは体を動かせえうようになっている。とはいっても、言葉通り自由の身というわけにはいかない。トリトスの人々に囲まれて逃げられそうにない。
「二人ともありがとうございました」
協力者に感謝を伝えると、フィーリアは笑顔で「当然のことをしただけです」と言い、アナは「助かりました。ありがとうございました」とお礼を言った。
この二人の協力がなければうまくことは運べなかっただろう。感謝してもしきれない。それに、自分自身、人使いが荒かったのは認めているし、申し訳ないと思っている。
「アナさんは残りますか?」
団長に詳しい事情説明を求められているのだ。具体的に誰とは言われていないので、アナは選択できるはずだ。
「そうですね。最後まで見届けたいので」
アナをはじめ、多くの人を苦しめた彼らの行く末を見届けたいと思うのは自然な流れだ。
商人は村の人が恨みばらしをすると言っていたし、騎士団もいるからどうにかなるだろう。プセフティスは、領主の権限を剥奪され、牢に入れられるのは免れられないだろう。
「行きましょうか」
フィーリアが促すので、ステージを降りる階段に向かう。
解放された喜びを分かち合う人々を見て、嬉しくなっていると、視界に気になる影が映る。思わず足を止める。
「シド?」
人と人の間に、あの目立つ緑色の頭が見えた気がするが、
「気のせいか」
独り言を呟いて、フィーリアと共に階段を降りた。
「見事だった」
団長がゆっくり拍手をしている。
「ちょっとでしゃばりすぎたかなと思ったんですけど」
「何を恥ずかしがっているんですか」
フィーリアが意地悪く指摘するものだから、顔が熱くなっていく。顔を手で隠す。やめてくれと心の叫びをあげる。そんな俺にフィーリアが、
「かっこよかったですよ」
と、さり気なく言った。
ばっと顔をあげる。勢いがあったため、驚いたようだ。空いた両手でフィーリアの手を包み込む。
「もう一度言ってくれ」
そう迫ると、今度はフィーリアのほうが照れたようで、顔を赤く染めながら視線を反らす。せっかくならどんな顔で言ってたのか見たかった。惜しいことをした。
「そろそろいいかな」
団長がニコニコ笑っている。はっとして、フィーリアの手を放す。
「領主邸に戻ろうか」
団長の指示に従い、馬に乗り込む。馬の数が足りないので二人乗りになる。普通客を乗せるときは前に乗せるのだが、俺は男の中で小柄な方とはいえ邪魔だろうと、後ろに乗せてもらうようお願いした。男同士で二人乗りとはロマンが足りない。でも、まあ、フィーリアが楽しそうに馬に揺られているのが見られただけで充分だ。
「兵の数、減りましたね」
前に座る兵士に話しかける。
「団長の命令で、半数は王都に戻りました。魔族のいない土地に長くとどまっていても意味ありませんから。残った兵の一部は、村々の現状調査と復興活動にあたっています」
予想より、丁寧に教えてくれた。秘密事項ではないからか。
「新しい領主は?」
「すでに手配されています。数日中に王都から派遣されると思います。おそらく、悪事を働いた仲介役人の入れ替えも同時に行われるかと」
こういう事態の収集はお手の物のようだ。さすがというべきだろう。
「問題は今後の対策ですね。まだ抜け道があったってことですから」
「そうですね。スィドロフォス殿がいらっしゃらなかったら、問題発覚自体、もっと遅かったかもしれません」
「いつまで隠し通せるか。視察日まで把握されてたんじゃ、なあ」
「王都内の役人もグルですからね」
「犯人はもう見つかってるんですか?」
「そこまではわかりませんが、もしまだでも時間の問題でしょう。足は出てますから」
王都の知識人と魔法使いにとっては、犯人探しは容易いものだろう。犯人がいるとわかった状態である必要はあるが。だから、この兵士は、足は出てるから大丈夫だと言ったのだ。
王都の様子や周辺の近況など、情報をもらっているうちに、領主の館につく。中に入ったのは初めてだが、やけにキラキラしている。あちこちに金細工やら宝石細工が散りばめらているのだ。
この建物は私有財産ではない。国から領主のために用意するものだ。それをこんなふうに飾り立てるとは、勇気があるというか、馬鹿というか。
「手の空いている者は、領主邸の片付けを」
団長の指示に、周りの兵士が大きく返事をする。
次の領主のためだろう。プセフティスの私物を取っ払うのだ。金目の物は、この領地の復興資金に当てるらしい。この土地から分取った金だ。それが正しい使い方だろう。
俺たち二人は、団長と少数の騎士団員に連れられ、ソファが二つ並ぶ部屋に入る。商談や正式な手続きをするための部屋だと思われる。
団長がどかっとソファに座る。自然な流れで、俺とフィーリアが団長の目の前に腰掛ける。すると、団長が口を開いた。
「では、聞かせてもらおうか。一部始終とやらを」