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神が笑った世界  作者: 城宮水紅
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第八話 不穏

 トリトスにやってきた俺たちは、村人たちの痛い視線を集めていた。

 最初に見つけた出会った村人に声をかけてみたが無視された。その後出会った村人たちは、鋭い視線を向けながら、近づくと逃げるように離れたり、話しかけるなオーラを出してきた。

 道で見かけた子どもたちは、手に持った赤い大きな実を投げてきた。「出でてけ」と言いながら。それがぶつからなかったのは、フィーリアが咄嗟に魔法を使ったからだ。地面に落ちた実は、グシャっと、赤い汁を出して潰れていた。その子供の親だろうか、数人の大人たちが子供を連れて家に入っていったが、謝罪の一言もなかった。そうなって当然とでも言われているようだった。

「やけに嫌われているような」

 独り言のように呟くと、フィーリアが洞窟の時のように俺に近づいた。自然な流れで、俺の袖口を掴む。

 歓迎されることはあっても、こうして嫌われることはなかった。特に、大魔法使いとして名を馳せる彼女は、こんな扱いは初めてで戸惑うだろう。

 肩身を狭くしているフィーリアを連れて、テオス教の聖堂を目指す。村に入る時から、テオス教のシンボルが見えたのだ。だから、この村には宿泊できる聖堂がある。

「今日も野宿せずにすみそうだね」

「そうです、ね」

 フィーリアの声は震え、返事はぎこちない。

 聖堂でも同じ目に合うかもしれないと思っているのだろうか。その心配はもっともだ。もっと考えて話をふるんだったと後悔する。

 でも、次の村、町までは距離がある。この村の様子を考えるなら、聖堂を訪ねる他ない。最悪の場合、野宿だ。

「すみません」

 聖堂の扉を開け、呼びかける。ぱっと見、巫女の姿が見当たらない。祈りを捧げるホールを抜け、宿泊施設に続く廊下に入る。

「あ、すみません」

 そこでやっと一人、女性を見つける。服装からしてここの聖女だろう。床掃除をする、その人に声をかける。

「…っ!」

 俺たちを見るなり、女性は声にならない悲鳴をあげる。

 フィーリアが服を引っ張る。彼女の予想通りの展開だ。

 女性がツカツカと足音を鳴らしながら近づいてくる。その迫力に圧倒されて動けずにいる俺の手首を掴むと、何も言わず、ドアを開ける。そこは物置のようで、畳まれた布団が積み上げられている。

「きゃっ」

 女性に物置に押し込まれ、フィーリアが小さく悲鳴をあげる。

 バタン。

 俺とフィーリアが入ると、ドアが勢いよく閉まる。

 閉じ込められた。

 突然のことに、…いや、もっと警戒しておくべきだったのだ。フィーリアはそうしていた。女性相手なら、俺が守れたはずだ。情けなく捕まるなんて。

「フィーリア、ちょっとどいて」

 ドアを押し開けるつもりで、フィーリアにドアから離れてもらう。ドアに近づき、ドアノブに触れる。予想通り、向こう側から押さえつけられているのだろう。回らない。女性が怪我する可能性もある。しかし、閉じ込めたのはあっちだ。多少の覚悟はしてるだろう。息を整え、ドアを見つめる。

「ん?」

 ドアに何か字が書かれている。なんだかそれが気になって、フィーリアに杖を借りる。借りたのは魔法のためじゃない。杖についている石だ。その青い石は、暗がりで少しだけ光る。その光を頼りに読もうと思ったのだ。

『事情は後で説明します。布団の上の屋根裏へ。布団には汚れをつけないで』

 魔法で書かれていたのか、読み終えると、消えてしまった。声に出していないが、魔法を使えばわかるのだろうか。

 フィーリアに指示をし、靴を脱いで布団に上る。そこそこ高く積まれていて、崩れそうで心配になる。フィーリアに手を貸して上らせる。二人で布団の上に立ち、天井を探る。布団が高いせいで、俺は頭をぶつけそうで、立膝でないときつい。さっきまで立っていたが、腰を曲げた姿勢は辛いのだ

 ちょいちょいとフィーリアが二の腕あたりの服を引っ張るので、彼女の示す場所を上に押し上げてみる。すると、カコッと軽い音をたてて、板がずれる。

「っしょ」

 声を出さないように体を持ち上げ、屋根裏に入る。フィーリアから杖を受け取り、彼女も引っ張り上げる。

「エルコメ・アネモス」

 布団に人が乗った形跡がないほうが良いのだろうと、フィーリアが風の魔法で布団を元に戻す。足跡も雪崩のできかけも消える。最期に、天井用の板を戻し、形跡をなくす。

「いるか!」

「痛っ」

 突如、聞こえてきた大声に驚いて、フィーリアが天井に頭をぶつける。さほど大きな声ではなかったが、物音も気をつけた方が良いだろう。

『このまま真っ直ぐ。奥の板。はしご降りて』

 床に四つん這いでいるところに文字が浮かび上がって来た。端的な内容だったが言いたいことはわかった。大人しく指示に従う。先程の男の声で、あの女性が俺たちを匿ってくれているのだとわかった。おそらく、彼女は味方だ。

 静かに這いつくばって、奥へと進む。そこも、カコッと板が外れ、人一人通れる穴ができる。そこには、木のはしごがかけられており、下に降りられそうだ。

 小声で、フィーリアに先に降りるよう言う。女性のこと完全に信じたわけではないが、ドアの向こうから聞こえる足音と声から察するに、もう時間は残されていないし、よっぽど罠は仕掛けられていない。

 フィーリアがある程度降りたのを確認すると、自分もはしごに降り始め、板をはめる。

「おい、またここに人を入れていないだろうな!?」

「奴らにバレたら襲われるぞ」

 大きな男の声が複数聞こえた後、バンっと音が響く。ドアを勢いよく開けた音だろう。少し焦りながらはしごを降りる。一番下についた頃には、地上の音がほぼ聞こえなくなった。

 フィーリアの無事を確かめた後は、ただ静かに嵐が去るのを待った。上からドタバタと激しい足音と、時々何か叫ぶような男の声も聞こえてくる。何を言っているかまではわからないが。

 しばらくすると、音が止まった。それでも俺たちは黙って上を見つめていた。

「大丈夫ですか?」

 俺たちが降りてきたはしごで、上で会った聖女さんらしい女性が降りてきた。

 力強く、低めの声。困難の中生き抜く強さを感じる女性だ。

「急にすみませんでした」

「いえ、助けていただいたみたいで」

 フィーリアがペコリと頭を下げるのにならって一緒にお礼を伝える。

「お二方が指示に従ってくださったおかげです。あそこで、彼らに姿を見られていたら厄介でした」

 女性は、アナ・クフィスィというらしい。地下室の明かりをつける。ここは電気が通っているようだ。スイッチでぱっと部屋が明るくなる。

「私はこのトリトスで、シスターをしています」

 シスターというのは聖女を指していると思われる。地方ごとで言い方が違うようだ。

「ここの人たちは俺たちのような者を嫌っているみたいですね」

 そう言うと、アナは、悲しそうな顔をして小さく頷いた。

「この村を襲う魔族がいるんです」

「魔族が?」

 魔族が村を襲うという話は珍しいものじゃない。でも、違和感がある。それにしては、村の畑や家は壊された様子はなかったのだ。本当にそんな魔族がここにいるのか疑わしい。根拠はそれだけじゃない。自分たちの力で討伐できないような魔族がいるなら、勇者候補の旅人を頼るはずだ。魔王討伐という目的を目指しながら、出会った人を手助けする。だから、国の人たちは、旅人を支援する。そうやって世界は回っている。

 俺の疑問を察したのか、アナがコクっと頷いた。

「知能の高い魔族なのか、私たちに献上品を求めるのです。要望の物を提出しなければ、村を襲うと脅されています」

 アナの横顔が光に照らされて、陰ができている。部屋が薄暗いせいで、不気味な雰囲気だ。

「また、彼らは、旅人の存在を知った時も襲うと脅しています。だから、皆、よそ者を嫌うのです」

 これで、俺たちに向けられていた視線の意味がわかる。自分たちの身の安全のためだ。

「バレなければきっと大丈夫です。あなた方を追い出すようなことはしません。食事と寝床は提供します」

 アナが肩に下げたカバンから、紙に包まれたパンや子供たちの持っていた赤い実を取り出した。温かい肉も出てくる。

「地下室で申し訳ないのですが、ここのベッドをお使いください。私は、滅多にここにいられませんが、何かあればお呼びください」

 アナは、それだけ言うと、はしごを上っていった。厄介者に親切な彼女の高感度が上がる。

 フィーリアと二人で、静かな地下室で食事を取り、ベッドの上でくつろいだ。トイレも風呂もあり、不便はなさそうだ。

 あの女性一人でこんな地下室を作れるわけがない。もともとあったのか、誰か手助けをしたのか。魔族に脅されたのがいつからなのかわからないが、事前にこの部屋を用意するのは難しそうだ。

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