ドラッグ中毒の僕は今日もドラッグを打つ
子供のころ砂場が好きだった。綺麗な砂の城を作って、壊して、また造って。その繰り返しが溜まらず好きで何時間でも続けることができた。母が心配になって迎えに来たこともある。帰り路、途中の肉屋でコロッケを食べたことも覚えている。かりっとした外側にほかほかのじゃがいも、今思い出しても涎が垂れるくらいおいしかった。そんな幼いころのことを思い出して、ふとどこで間違えてしまったんだろうと思うときがある。
プラスティックの箱からスプーンと茶色い粉の入った小さいジップロックを出し、粉を水と混ぜてからスプーンで煮る。煮え切った液体を注射器で吸い取り、紐できつく縛った上腕二頭筋のすぐ下の関節に打ち込む。
血を伝ってヘロインが身体中を巡り途端に現世から飛んで行く。
街の真ん中にある小さなクラブのトイレの便器の上。隣の個室からは男女の猛獣のような声がし、ホールから聞こえてくる怒号のような音楽が頭を揺らす。
一体どこで間違えたんだろう。僕は最近この質問をよく自分に訊くようになった。
「ひどい顔ね」
僕の顔を見て言ったのバイトの先輩である人だった。「きちんと寝てるの。いきなり倒れたりされても面倒見れないからね」
うざったらしい彼女の物言いも彼女なりの思いやりなのだろうと、僕はできるだけ愛想よく答えた。
「大丈夫ですよ、今この場で死んだとして保険金に先輩の名前も入れてありますから」
「あら、うれしいかぎりね、それっていくら?50円ちょっと?」
「僕の命はそれっぽっちですか」僕は苦笑いを浮かべる。こんな皮肉の応酬もいつも通りだ。
軽いジャズピアノが低音で客入りの少ない書店を満たす。
大学を中退し僕はだらだらとバイトと遊びに明け暮れていた。本屋で働き始めたのに深い意味はなかった。住んでいるアパートからも近く自給が良かっただけで、特別本が好きとかそういうわけでもない。仕事内容も毎週入荷される本の店だしや減った分の数入れだけで、あまり難しくないというのも利点の一つだった。あとは稼いだ金をほとんど全部酒や薬に注ぎこみ日々を過ごしていた。このままいったら無残な死に方しかないだろうと自分でも不安になることはあるが、そんな不安も注射をすれば全部すっ飛んでしまう。
腕に増えてしまった黒い点々を隠すための長袖をいじくっていると先輩からの声がした。
「そういえば、今日新しく本が入ってきたから出しといてくれる」
「今日ですか?普通金曜日なのに」
「入荷が少し遅れてね、昨日の夜シュリンクが終わったのよ。なんでも東野圭吾の新刊だから早く出してくれって店長に言われててね」
言われて僕は面倒くさいが仕方なく倉庫に積まれた箱の中から昨日入荷されたものを探し、新刊台に持っていった。
新刊の単行本は自由に出すことができ、バイトの遊び心に任せらていたので、僕は毎回工夫して本のアレンジしている。
さっそく作業にとりかかろうとしたところ、いきなり後ろから声を掛けられた。
「あの、すみません」
口ぶりから客だとわかったので僕は笑顔で振り向いた。
「はい、いかがなさいました…」
客の正体を見て僕は唖然とした。「あ…」
「おお、やっぱりお前か。覚えてるか、ほら高校で一緒だった」
「あ、ああ、覚えてるよ。久しぶり」
高校のとき同じクラスだった奴。仲がよかったわけでも、何度も会話を交わした仲でもなかったが、なんとなく視界の中にいたやつの一人だった。
「うあ、本当久しぶりだなぁ。お前ここで働いてんのか」
「ま、まあ」
僕は咄嗟に頭を掻き、視線を彼の目から外した。
「へぇ」彼はまじまじと僕のエプロン姿を上下に見た。やめてほしい。
「えっと、それで今日は何でここに」僕は無理矢理話を逸らした。
「いや、お前の姿が見えたから声をな。いやでもせっかくだからちょっとさがしてる本あるんだ。ビットコインに関する本とかある?」
「ああ、それだったら」
僕は彼を経済関係の置いてあるセクションに連れていった。
「おお、ありがとう。いや今働いてるところ投資関係の場所でさ、ビットコインの勉強でもしろって先輩に叱られてな」
「へ、へぇ」
「ありがとうな、俺もここらへんに住んでるからまた来るよ」
「あ、ありがとうございます」
僕は同窓生に頭を下げ、新刊台に戻った。
東野圭吾の新刊を積み終わったころ先輩が僕のところにやってきた。
「相変わらず、すごいわね」彼女は僕が積んだ単行本を見て言った。
細長い単行本を活かしてスパイラル状に積んだ光景は僕も内心満足していた。
「いつも思うけど、あんたこっちの才能あるんじゃない」
「本を積む才能ですか」
「何でも活かし方の問題でしょ」
「こんなの才能の内に入りませんよ」
先輩が横で、そうかなぁ、と呟くのが聞こえ僕は心の中で嬉しさが込み上げるのに必死だった。
日が終わるにつれ、店内の電気を消していると先輩は店のEMAILを処理しながら言った。
「そういえば私来週から店舗変わるから」
「え」
「何でも、西のほうでマネージャーが一人必要になったみたいでね。私にどうかって声が掛かったなの。ほら、もう6年も働いているわけだし」
「それで、受けると…」
「まあ断る理由もないしね。私もいい加減一歩前に進みたいし」
彼女はそう言うと微笑んで僕に向いた。「いつまでもくすぶってるわけにいかないじゃん」
その日、僕はアパートに戻り、プラスティックの箱を出して、一晩で二回注射を打った。