異世界終末旅行
革袋を逆さにすると、わずかに残った水滴が滑り落ちてきた。
それで唇を湿らせると乾きが遠のいた気がして少しだけ元気が戻った。
とにかく、太陽が沈む前にこの砂漠を抜けなければならない。
私は再び口元を布で覆い、吹きつける砂粒に目を細めながら歩き続けた。
汗をかかないように一定のペースを保ったまま、灰色の砂を踏みしめながら進む。
砂の表面を風がさらう音と、自分の吐く荒い息遣いだけが嫌でも耳に残った。
そうして幾つ目かの砂丘を越えた時、視界が開けて石造りの街並みが現れた。ようやくたどり着いたようだ。逸る気持ちを抑え込んで、私はゆっくりと砂丘を下り、街の入口へと向かった。
街にはやはり誰もいなかった。
水を求めて民家を片端から探し歩いたものの、どの家の水瓶も割れるか干上がるかしており埃が溜まっているばかり。くじけそうになったが、数軒目に訪れた大きな邸宅の庭先には枯れかけの井戸があった。底に薄くきらめく水面を見つけた時は泣きそうになるくらいに嬉しかった。
苔の匂いのする水で喉を潤し、革袋にもしっかりと中身を詰めた私は、次に食糧を探すことにした。
これだけ大きな家なのだから備蓄もきっとあるに違いない。
施錠された正面の扉を多少強めに蹴りつけると、簡単に外れて内側に倒れてしまった。
もうもうと埃が舞い上がる中、私は邸宅へと踏み入った。
廊下には花入れが飾られ、玄関のマットレスも他の家に比べると毛羽立ってはいるが質がいい。
どうやら少しばかり身分の高い人の住居だったようだ。
私は使えそうなものを回収しながら部屋を周り、あちこちを探索する。
厨房と思しき部屋にはなにもなく、床には砕けたカップの欠片や倒れた椅子がそのままになっていた。
戸棚の中には乾燥しきって黒くなったリンゴ、芽の伸びきった芋、岩のように硬い干し肉と、散らばった麦粒がすこしばかり。満足できる内容ではないが、いまの私には十分な収穫だ。
ナップザックに食糧を詰め、邸宅の階段を昇って二階へ移動した私は書斎を見つけた。
この家の主人は読書家だったらしく、大きな本棚に黄色く変色した本がぎっしりと並べられている。
その中の数冊を抜き出してパラパラとページをめくったが、相変わらず文字が読めないので内容は理解できない。私は本を投げ出して、そのまま書斎の床に大の字になった。
この世界には私以外の人間がいない。
昔はたくさんの人間が暮らしていたらしいが、それが分かるのは端々に残る暮らしの痕跡からだ。
なにかが起きたのだ。とてつもない何かが。
そして人間も、獣も、みんないなくなった。
そんな世界に、私は転移させられてきた。
理由はわからない。
いや、諦めるのは早い。もしかするとどこかにまだ残っているかもしれない。
きっと私を召喚した誰かが、どこかで私を待っているのだ。
そう考えていないとおかしくなりそうだった。
だって恐ろしすぎるでしょう。
誰ひとりいない世界に呼ばれて、死ぬまでひとりでさ迷い続ける運命だなんて。
まるで何かの罰みたいだ。
いつの間にか太陽はほとんど沈みかけ、私が蹴破った一階の扉から夜の寒さが這い上がってきていた。
私は書斎の扉を閉め、床に敷かれていた埃まみれのクッションマットを引き剥がして体に巻きつける。
これで今晩は凌げるはずだ。
私は部屋の隅で座り込み、暗闇のなかで静かに輪郭を失っていく。
孤独で狂うのが先か、それとも自ら命を絶つのが先か。
そんなことが脳裏を通り過ぎたか、考え込む前に私は眠りの世界へと入っていった。
明日こそ誰かに逢えるといいな。
転移先に誰もいなかったら、を安易に形にしようとして失敗しました。