第10話
セイバー達がファイターと戦う少し前。アンダーワールドを特に目的もなく歩き回る、少女がいた。
彼女の体は無機質なものに見えて、それもそのはず彼女は人間ではなくロボットであった。名前は、ハルミと呼ばれていた。
ハルミはしばらく歩いて、そしてゆっくりとした動作で辺りを見渡す。ここがどこか、彼女にはわからない。それでもなんとなく彼女はここにきていた。
そうすると、目の前に一人のマスクをつけた少女が現れた。その少女を見たとき、ハルミは突然体を駆け巡る思いに驚きながら、その少女をみる。
「……マスター」
ハルミがそういうと、マスターと呼ばれた少女は小さく笑ってこちらをみる。ハルミはその時、相手の顔は笑ってはいるが瞳の奥にある、闇のような部分を見えてしまい、萎縮してしまう。
「貴様は確か、ランサーか。なにをしている?こんな、なにもないところで」
「なにも、ない……」
ハルミは改めて辺りを見渡す。確かにこの場は驚くほどなにもない場所で、むしろハルミ達がいてはいけない場所のように思えてしまった。
「私には目的はございません。マスター……ココナ様を守ることが私は出来なかった」
「ほう。で、私を殺すのか?復讐、復報、そして……憎しみか?」
「私にはわからない……ですが、今私の体を支配してる感情は……きっと、怒りです。ココナ様を守れなかった私に対する怒り。そして、あなたに対する……怒り……ですから、私は……」
そう言ってハルミはスッとスマホを取り出して、アプリのボタンをタップする。するとスマホが光り出して、ハルミの体を包むと同時に、無機質な機械音が響く。
《魔法少女システム『ランサー』起動します》
その光がはれた時、少女の体は騎士の鎧に包まれており、片手には大きな槍を握りしめていた。
「……ランサーか。やる気、というわけで捉えていいのか?」
「……はい。私はあなたを殺します。それで、私の気持ちは収まります」
「はっ……いいだろう。貴様に敗北を味あわせてやる」
マスターはそう言い一気に駆け出す。そして、ランサーの顔を狙い拳を突き出していくが、ランサーはそれを間一髪で避ける。
そしてマスターの手を掴み背負い投げの形にして地面たたきつける。しかしマスターは勢いを利用して体を捻り、ランサーの頭を足で掴みグイッと回しながら、彼女の手から逃れる。
そして、マスターは地面に降りて深くしゃがみ、ランサーの腹に重い一撃を食らわせる。ランサーは思わず後ろに引いてしまい、そのままマスターの蹴りが横顔に直撃する。
「ーーーグッ!」
ランサーは転がりながらもすぐに槍を杖にして立ち上がり、マスターに向けて大きく振り下ろす。しかし、その攻撃はマスターに当たることなく、何かに弾き返される。ランサーは危険を察知し弾き返されるエネルギーに乗り、後ろに大きく飛んだ。
「その防御壁……まさか……」
「そう、そのまさかだ。私は今、ガードナーの力を使っている……しかし惜しいな。あと一歩こちらが早ければ貴様を殺せたというのに……」
そういうマスターの目の前には目視しづらいが、当目なシールドが包み込むように佇んでいた。もしあのまま追撃をしようとしたら、あのシールドに潰されていただろう。
ランサーは槍を構えて一歩後ろに下がる。それを見たマスターはベルトの宝石に手を当てる。すると、少し光った後そこから弓と矢を取り出す。
そして、構える動作をほとんどせずに、こちらに矢を飛ばす。ランサーはそれを槍で弾くが、それよりも多く矢が雨霰と飛んでくる
弾ききれなくなったランサーは隙をみて横に大きく飛ぶ。その時足に矢が何本か刺さるが、それの痛みを堪えつつ、マスターの方を睨み見る。
「どうした?抵抗しないのか?」
「貴女は今ここで私が倒します。これは私がココナ様がくれた最後の命令……だと思います」
そう言ってランサーは槍を構えると、マスターはそれを見て、小さく笑った。その笑みは悪戯っ子のような可愛らしさと、悪魔のような恐ろしさを合わせていて、ランサーは思わず槍を少し下げてしまう。
するとマスターは何かをこちらに投げてきた。それは、ランサーの目の前に落ちて、どこか異質な空気を放っていた。
「これは……?」
ランサーは警戒しつつそれを見る。それは、何かの腕のように見えて、ランサーは思わずゴクリとありもしない生唾を飲み込む。
「見てわからないか?貴様の愛するマスターの『腕』だ」
「……は?いや、え?……は?」
ランサーはそう言ってその落ちているココナの腕というものに視線を向ける。確かに大きさは幼女の腕ぐらいに見えなくもない。しかし、そこから見えているのは血管や骨ではなく。
そこから伸びているのは機械の塊のようなものであった。
「これが……これじゃ、まるで……」
「あぁ、こいつはただの機械だったよ。というか、少しは疑わなかったのか?」
「……っ」
確かに。言われたら、おかしい点は多くあった。そもそもが、なんであんな小さな子がハルミを作ることができたのだろう?当たり前のように受け入れ過ぎていた。それは、作ることができる技術を与えられたから。誰に誰を?ココナの母がココナに。
「目をよく隠していたのは……恐らくは目は完全な人の形にするのは無理だったのだろう」
「……それがどうしましたか……?確かに少しは動揺しましたがーーー」
「動揺?それはおかしな話だな……貴様、ロボットではないのか?そしたら、動揺するというのはおかしな話だと思うが」
「えっ……?」
「それに、貴様。自分では気づいてないかもしれんが、痛みをこらえてるだろ?ロボットが痛みを感じるか?」
「…………じゃあ……」
ランサーが完全に槍を下に下ろした。それを見たマスターは残念そうに息を吐いてベルトに手を当てる。するとまた、光りだし、彼女の手には大きな銃が握られていた。
それをランサーの方に向けて、マスターは無慈悲に引き金を引く。大きな射撃音が響き、ランサーの体を何度も貫く。そして、ランサーは前に倒れてしまう。
何もなかったあたり一面は赤く染められていき、その中央には動かない少女がポン。と、置かれているかのように、倒れていた。
◇◇◇◇◇
マスターは目の前に倒れてるランサーを見下ろして小さくため息をついた。それと同時に、彼女のベルトが一つ輝く。それと、目の前のランサーを見比べるようにマスターはしばらくそこにたっていた。
どれぐらい時間かかったかわからない。数秒か、それとも数分たっただろうか。マスターはゆっくりとそこから立ち去ろうとする。
その時、後ろから音が聞こえた。マスターは聞き間違えかと思い、ゆっくり後ろを向く。そこには、一つの影が、起き上がっていた。
「……まだ、くるか貴様」
「…………」
目の前に立っているランサーに向かってマスターは声をかける。ランサーは何も答えずに、ただただマスターの方を見ていた。いや、その虚ろな目は、マスターの方を一切見てなくて、その後ろを見ているように見えた。
「……貴様、まさか……もう、死んでいるな」
「…………」
「だが、ロボットとしての使命が貴様を動かしてるのか……は、はは。面白い……面白いぞ貴様!!」
マスターはそう言い、ベルトに手を当てる。またそこが光り、マスターの手には大きな銃を持ち、それをランサーの方に構える。
「人としてはもう死に、ロボットとしてはまだ生きる……悲しき運命だな……親近感が少しわくがそれとこれとは話は別か」
「…………」
「答えない。尚更、悲しいな……まぁいい。さっさと死ね」
そう言ってマスターは構えた銃をランサーに向かって何度も撃ち放つ。その弾丸はすべて、ランサーの体にぶつかり、大きく爆発して、ランサーは大きく吹き飛ぶ。
ガシャンと、大きう音がしてランサーの腕が吹き飛ぶ。それが地面に落ちる前に、マスターはそれを撃ち落とす。
そしてバラバラになって地面に落ちて行くそれを見ながら、マスターは少し悲しそうな顔をする。そして、ランサーの方を向こうと顔を上げる。
「ーーーっ!?」
マスターの顔の前に巨大な槍の先端が突然現れる。マスターはそれを片手で守ろうと手を出して、それを貫かれる。その痛みに口を歪ませてながらもマスターはランサーの顔に拳を打ち込む。
ガンッと、確実にクリーンヒットした音が聞こえて、マスターは思わず顔を歪ませる。が、その歪みは喜びから、一瞬で驚きに変わった。
ランサーの足は止まらない。潰されたような顔になりながらも、ランサーはマスターの顔を殴りぬける。ぐしゃりと痛みで顔をさらに歪ませて、マスターは地面に何度も体を打ち付けるほど飛ばされる。
「かはっ……貴様……!!」
マスターは声を荒げて体を起き上がらせる。すると、もう目の前にランサーが飛んで来ており、槍の突きを何度も繰り返す。
そのあまりにも早い攻撃に、マスターは避けるだけで精一杯であり、彼女の攻撃による小さなダメージが少しずつ。コップの中に蛇口の水滴を少しずつ入れるように、蓄積されて行く。
ガンッ
「ながっ……!!」
そして等々、マスターの胸をランサーの槍が貫いた。マスターは片膝をつき、口から血を吐く。それを見たランサーは槍を一気に引き抜き、そして、マスターの顔めがけて槍を突き出した。
ゴン!!
大きな音がした。そして、ランサーの槍はマスターを貫いてなくて、ただ、上空に打ち上げられていた。ランサーがその槍を取りに行く槍も早く、マスターはランサーを強く殴る。
その時のダメージは、先ほど殴られた時より大きく、ランサーは大きく吹き飛ばされる。衝撃で吹き飛ばされて行く自分の片足をランサーは目で追っていた。
「……奇跡だな。このタイミングで、どうやらファイターが死んだらしい……くく。まだ私には運命が味方していたのだな」
「……あ、ああ……」
マスターは口をぬぐいながら、ランサーの方に歩く。ランサーはそれでも立ち上がるが、片足がないためすぐに倒れてしまう。
「ここで終わりだ……さぁ、死ね」
「……め……ん……い……」
ランサーが最後にそうつぶやき手を伸ばす。しかし、その声は何を言ったのか、誰にもわからず、そして、それに対して興味がないマスターは、何一つ顔色を変えずに、ランサーの顔を踏み潰した。
ぐしゃりと音がして、何かをつかむように伸ばしていた手をゆっくり下におろしていき、やがてランサーは動かなくなった。
広がる赤い池を見ながら、マスターはそこから立ち去る。その時、何処かから、物音が聞こえたが、マスターは聞こえていないふりをしながら、どこかに去っていった。
残されたランサーの体は、だんだんと光を失っていく。そして、彼女の体の近くに彼女の足が落ちて来た。それはしばらく悩むように地面の上でフラフラと立ち続け、やがて寄り添うように倒れる。
そして、ランサーの足から一筋の赤い液がぽとりと落ちた。その血が何を意味したのか。それはわからなかったが、ハルミの顔が少し優しくなったように見えたのは、気のせいなのだろうか。
◇◇◇◇◇
あの時、ランサーとマスターの戦いを見ていた少女が一人いた。彼女は、逃げるようにマスターが走った方向とは逆の方に、走り続けていた。
しばらく走り、そして、どこかの民家の壁にもたれかかってそこでようやく落ち着いたように息を吐く。彼女の体はガタガタと震えていた。
(私は……あんな奴に勝てるのか……?」
彼女は、ブレイカー。魔法少女の一人。そして、マスターの恐ろしさを見た人間であった。
遠くからたまたま見つけた二人の戦い。漁夫の利を狙おうとしたブレイカーは、影でこっそり戦いを見ていた。そして、わかってしまった。
自分では、マスターには敵わない。勝てるはずがないということを。少なくとも、ランサーには勝てないと彼女はわかった。それに勝ったマスターに到底……
ピリリリリ
その時突然彼女のスマホが鳴り響く。ブレイカーは、落ち着こうとしながら、そのスマホを取り出して、届いたメールを確認する。内容は言わずもがな。
そして、それを見て改めて彼女は実感してしまう。この戦いに参加する限り、マスターとの戦いは避けられないのだと。
彼女にも願いはある。それを叶えるために参加したこの戦いで、彼女は負けるわけにはいかなかった。
「……待っていてくれ。和人。私が絶対に……」
ブレイカーはそう言って立ち上がる。戦うのは怖いが、まだ先だ。今はまず、あの二人の相手をしなければならない。さもなければ……
「私は……勝つ。勝たねば……ならないんだ……」
ブレイカーはそう言ってアンダーワールドから出ていった。彼女がいた地面には、震えたせいで無意識に入れたであろう深い傷のようなものがあった。
【メールが届きました】
「マスターとランサーが戦い、マスターが勝ち、ランサーが死にました!!負けたものは自分が何者かよくわかってないです。勝ったあなたは、きっと素晴らしい人ですよ!!」
第10話『私の気持ちは収まります』
じゃがりこ美味しいです