エピソード1‐8 物語はかくしてはじまる
都立学院エヴェロヒカ。
東西南北にそれぞれある入口、入ってすぐ目の前にある大きな扉。そこは学院の長である、かの英雄・グリウッド・ダズマン学院長の執務室であった。
都市の運営にも大きく関わり、多大な影響力を持つダズマンだが、学院に入ってすぐのところに執務室を構えているのは無用心というべきか、彼らしいというべきか。
広すぎていまだに持て余し気味の執務室を、慌てふためきながらダズマンが掛けている大机の前まで走り寄る来訪者があった。
歯を磨きながら書類の山を整理していたダズマンが、汗だくの来訪者を見やる。
「どうした? コービー・グッスタフのライブでも決まったか?」
某は世界中を周ってライブを開く、戦うアイドルだ。
自分の身一つで都市間を遠征し、獣に襲われようがなんだろうが切り抜け、最高のパフォーマンスを人々に届けるということで世界中に熱狂的なファンを持つ。
かくいうダズマンも、六年前に一度エヴェロヒカに某が来訪した際には外聞などなんのそのと言わんばかりに権力を用いて直筆サインを手渡ししてもらい、愛あるブーイングを浴びた過去がある。彼も熱狂的なファンの一人だ。
「いえ、それどころじゃありませんよダズマン様!」
「学院では学院長とお呼びなさいと言っておるだろう」
コービーの来訪と比較してそれどころじゃないなどと言い放った七三眼鏡の職員にダズマンは非難を含めて嗜めた。七分の正当な注意に三分の私情を交えて。
「も、申し訳ございません、学院長。取り乱してしまいました、お見苦しいところを」
「かまわんよ。それで、何があったんだ」
三度目に渡る奥歯の洗浄に取りかかりながら尋ね返す。
入念に、表から裏まで、歯間さえ逃すまいと磨き上げる。
七三眼鏡の職員、ディールは汗でずり落ちかけている眼鏡を上げ、額にハンカチを当てながら震える声で報告した。
「“彼”が――帰ってきます……!」
その報告は、ダズマンのなかで天を割り地を裂いた。
口腔内に溜めた洗浄泡を驚きのあまり飲み下し、手元で繰っていた書類を手元狂わせ床にばらまき、勢い余って前に出た脚が机の角にぶつかって激痛が走った。
それらをして尚ダズマンの頭は、ディールよりもたらされた情報で占有されていた。
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