エピソード1‐7 物語はかくしてはじまる
ヴァルファ家では家事全般をミーアが担っていた。
父親は男性にありがちな家事をやらせてはいけない人間だった為、幼い頃から彼女しかやる者がいなかったせいだ。
築15年、ほぼ建て直しの改築から10年のヴァルファ家をどたばたと走り回る音が響く。
本来、ミーアは鶏が鳴くよりも早く起きて朝の支度に取りかかっているはずだった。
家事の一切を担うということはそれだけ時間を割かれるということだ。
しかしその日は鶏に起こされるまで悪夢にうなされてしまっていた。
寝起きもばっちりとはいかず、覚醒まで意識はぐずっていた。
すなわち。
「くっそ、寝坊だよおもっきしぃっ!」
あっちへどたばた、こっちへどたばた。
忙しなく走り回り、朝のうちにやっておかなければならないことを片付けていく。
前日に溜まった衣類を文明の利器、洗濯機に入れ、回す。
その間に学院へ向かう準備を済ませ、それから父親がいつ起きてきてもいいよう朝刊を回収、コーヒーを淹れる。
多少ちらかった部屋を片付け、時間を見て洗濯物を回収。屋上に干す。この時注意深く雲行きを観察して、雨が降りそうなら屋内に干すようにしなければならない。
戻ったら朝食の準備に取りかかるわけだが、平時であればこの時点で父親がのそのそと起きてくるので少し温度が下がって飲みやすくなったコーヒーを父に出す。すると父は眉間に皺を寄せてコーヒーを啜りながら朝刊を広げる――はずなのだが。
「珍しいな。寝坊か?」
父はすでに着席し、淹れていたコーヒーも自分で持ってきて飲んでいた。朝刊も半分以上目を通し終えたらしい。
「あーもう。寝坊だよ! 悪い!?」
粗っぽい口調で返すと首を引っ込めて口をもごもごさせながらコーヒーを啜り始めた。
あまりのミーアの剣幕に、完全に萎縮してしまっていた。
父の情けないところは見飽きていたが、八つ当たりしてしまった罪悪感がちくりと胸を指した。
「ごめん。すぐゴハンにするね」
使い古しのエプロンを着け、台所に立つ。
父は打って変わって穏やかな表情だった。
多少のアクシデントはあったものの、これがヴァルファ家の日常的な朝だった。