7/16
エピソード1‐6 物語はかくしてはじまる
話は戻るが、都立学院エヴェロヒカでは若き獅子達が日々牙を磨いでいる。
彼ら彼女らの中には去る『厄災』において親兄弟を亡くした者も少なくない。
ミーア・ヴァルファもその一人だ。
やさしい母だった。
彼女の記憶にあるのはそれだけ。
共に積み重ねた時間は限りなく短い。彼女に自我が芽生えてから2、3年くらいのものだ。
それはとても残酷なことで、しかしこの世界ではごくありふれたことでもあった。
永遠に失われた母親のぬくもり。今もよく夢に見る幸福の残滓と、あの日の悲劇。
心がズタズタに切り裂かれながらも、父と共に立ち上がり、生きてきた。
彼女が都立学院へと進むのはもはや運命とも言えた。
彼女に心にあるのは一つの信念にも似た想い。
『繰り返してはならない。理不尽に晒される悲しみを』。
鏡に映る、自身の濡れた顔を見つめ、心で唱える。
忘れることなど出来もしないが、決して忘れぬようにと毎日欠かさず行う、日課のようなもの。
気持ちを引き締め、ミーアの一日は始まった。