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エピソード1‐1 物語はかくしてはじまる
不意に、これは夢の中の出来事だと理解できた。
幼い少女が母親の腕に抱かれている。
少女は泣き喚き、その大きな瞳から大粒の雫が止め処なく溢れる。母親はその涙を拭おうとはしない。
固く、固く、精一杯の力で娘を抱き締めているであろうその腕は、もはや彼女の意思により鉄牢のようであった。
娘を閉じ込める為のものではない。娘を守る為のものだ。
空を裂くのは悲鳴、或いは怒号。
悲劇だった。物語に見た悲劇そのものが目の前に広がっていた。
周囲はぼやけて何が起きているのか定かではない。ただ、きっと目の前の光景と似たようなものだろうということは想像に難くない。
少女の周りだけがいやにはっきりと映し出されていた。
血溜まりが徐々に広がっていく。それは少女が感じているであろう母の命の温もりが滲み出ているかのようだった。
母親は動かない。
少女の泣き声はいや増すばかり。
悲哀を誘う状況なのに、涙は出ない。
とうに涸れ果ててしまったとでも言うのか。
涙は出ない、それでも胸は痛む。張り裂けんばかりに悲鳴をあげる心は、少女がまだその苦しみを忘れていない証左だった。