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魔獣狩

7話 魔獣狩


「すまない、こちらのレキ市鍛冶組合に刀剣に加工する用の隕鉄と砂鉄を注文したいんだが……」

北町の鍛冶ギルドの受付にて青年と女性が奴隷の呪印を額に刻まれた少女相手に話しかけていた。

聞きなれない言葉に困惑した女性は少し待っていてほしいと二人に告げると慌てて奥へと走って行った。

する遠くから親方と呼ばれる年経た小柄ながらも屈強な男が現れた。

その男の眼は片目に眼帯をしており、隻眼の鋭い眼光でカズとヒルデを値踏みしているかのようであった。

「隕鉄に砂鉄?なんだそりゃ」

「えーとそうだな、隕鉄は隕石……空から降ってきた石に含まれる鉄だ。それで砂鉄ってのは鉄鉱石が砂っぽくなった奴というか、あれだ、鉄にくっつくこの石にひついてくる砂だ」

カズは磁石をポケットから取り出していた。

親方は磁石を受け取ると手に付けた金属を引き寄せる力に気付いた。

「ああ、あの空鉄と粒鉄か。空鉄なんざ高価すぎてここでは扱っちゃいないよ。粒鉄は鉄鉱石の様に鉄を含んでいるみたいなんだが、扱いが難しくてな。鉱石を使う方が簡単だからほとんど出回ってないぜ。噂じゃあ海の向こうの最果ての国で片刃のカタナってのを作っているらしいが」

流石に異世界でも隕鉄は高級品であった。

砂鉄に関しては市場原理の基本とも言える。

需要が無いからで回らないという事だ。

カズの落胆した表情に対して親方はニヤリとしながら続けた。

「どんな目的で使うかしらんがある所にはあるぞ」

親方は奥の棚から麻袋を持ってくると二人の前にドンと置いた。

見た感じだと20kg程度の量だろうか。

それ程の量を片手で軽く扱う親方。

鍛冶師として鍛えられた体がだてではないという事が感じられる。

「昔火炉で精錬する方法を研究するために仕入れたブツだ。正直捨て値同然で仕入れて来た者だからな。一部のサンプルを残して譲るってのは構わない。そこでだ。仲買のあんたに頼みたいんだが、依頼主にこいつを譲る代わりにどう使うのかを見せて欲しいと伝えてもらえないか?返事はいくらでも待つ所存だ」

親方の言葉にカズとヒルデは思わず互いに見詰め合っていた。

確かに自分達が隕鉄と砂鉄が欲しいとは言ったが自分達が利用するとは伝えていなかった。

互いの外見から外部の鍛冶師から依頼されて隕鉄と砂鉄を探しに来た仲介人と勘違いされているようだ。

だがこれは好都合とも言える。

移動中にヒルデと打とうと考えていたのだ。

仮に刀を市場に流したとしても自分が作ったとばれることはない。

「すまない。依頼主からは可及的速やかに集めてくるように言われている。あと組合での守秘義務があり外部の人間の受け入れは断固として断るようにとの指示も受けている」

カズの言葉に親方は深くため息を吐いていた。

親方も組合を預かる身であり、カズの騙った内容も真であると考えたのだ。

もし自分が逆の立場であったなら同じ条件を出していたと納得したのだ。

この世界には著作権というものはまだ存在しない。

故に己の技術や知識に値千金の価値が着き、それを守るために徒弟に対して『技術は見て盗め』という方針を取っていたという面もある。

「わかった。ならコイツの保管費も含めた値段を請求したいのだが良いか?」

親方からの提案にカズは当然の要求だと値段交渉に入っていた。

ヒルデは二人の会話に興味が失せたのか壁に掛けられている刀を鑑賞していた。

デザイン重視なのか刀身に複雑な文様を刻み込まれた剣が複数飾られている。

「この金象嵌、折角金を使っているのに魔術的意味もないし。悪趣味なだけね」

「こんなデザインの方が貴族様が買ってくださるんですよ。お屋敷に飾る際に周囲の装飾品に負けない様に華美にしてほしいとの注文もあるほどです。これはその見本ですね」

受付に居た奴隷は客の連れが退屈をしない様にと壁に掛けてある見本品に対する解説をしていた。

「あら、この剣は……炎の魔剣のレプリカかしら」

ヒルデの視線の先には何やら紋様が刻まれた刀身を持つ剣がかけられていた。

銀象嵌と金象嵌を組み合わせて呪印を形成しているようだ。

だが肝心の魔力の波を感じない。

「ここの親方は失われた魔剣の技術をと研究しているのです。その一環で先ほどの粒鉄も仕入れてきたのですよ」

受付嬢も説明に手慣れている様子だ。

大手の組合だけあって貴族が直接注文に来たり領主の紹介で工房見学に来る貴族への対応をしているんだとか。

「わかった。では研究用の粒鉄を除くとして、これと同じのを二袋までなら出せる。重量の1/5の銅貨でどうだ」

親方はヒルデの相手をしていた知識奴隷を呼ぶと金額の計算を行わせている。

だがカズはその動きを手で止めていた。

「額を決めるのはまだだ。取り敢えずもう一つの方も持ってきてくれ。質が悪ければ最悪購入はできない」

「年の割にしっかりしてやがるな。まあ俺の所じゃそんな心配しなくとも客をだますようなことはしない。この業界じゃ信用第一だからな」

親方は奥の方に居た弟子に粒鉄の麻袋を持って来るように指示を出していた。

確かに鍛冶師の信用問題は大きい。

もっと言えば自分の武器を使って生き残る者が多ければ彼らを中心に口コミが広がりゲン担ぎの者も含めて顧客は集まる。

故に親方は顧客に対して嘘はつかないことを信条としていた。

「フム、中々上質の様だな。嵩増しの不純物も無いようだ」

カズは新たに出された袋から紙に粒鉄を出し、紙越しに磁石を当てていた。

「これならそうだな、銅貨を重量の1/20でどうだ?」

銅貨の重量が約10グラム、約40kgだから200枚、銀貨2枚となる。

「おいおい、いきなり半額か」

「この量ですと親方の希望では銅貨800と少し。端数を負けたとして銀貨8枚となります。お客様の要望では銀貨2枚となり保存費用を賄いきれません」

知識奴隷というだけあって暗算で親方を補佐している。

「小僧も安く買いたいのは解る。だがこっちも商売だ。赤字にすることはできん。だからそうだな。1/6でどうだ?」

「だが売れなければ今後も保管費用が必要になるんだぞ。年間の保管費用がいくらかかるのか知らんが、まあ無視できる額ではないだろ?ならばここで売らねば何時売れる?先ほどの話であればこいつの活用法はまだわかっていないんだろ?だから1/15にしないか?端数は切り上げで即金で払う」

「確かに購入時は捨て値だが今は小僧の雇主という明確な顧客がいるんだ。ならばある程度の値を上げるのが証人というものだ。1/8だ。これ以上は負ける気もない」

三人の舌戦は激しく、ヒルデは壁の剣を見ながら聞いていた。

しばらくすると二人は

「「成立だ」」

と大きな声を出していた。

「では1/10でいいな。現物はどうする?すぐにでも宿泊先に持って行くか?」

「いや、まだこの街に滞在するからな。後日受け取りに来るという形でいいか?保管費用は追加で出す」

カズはそう言うと銀貨3枚をカウンターに置いた。

「わかった。それじゃあコイツに名前を書いてくれ」

渡された2枚の書類を見ると契約書の様だ。

外部の商人と契約を交わす際に用いる書類のようであり、街から持ち出す際の税金に関しても書かれていた。

特に問題は無かったのでカズは漢字で署名をした。

「何だか角ばってて複雑なデザインのサインだな」

受付の奴隷は手慣れた様子でその契約書の下半分を切り取り袋に貼ると上半分を棚にしまっていた。

「こいつがお前さんの控えだ。また取りに来た時に確認のために見せてくれ」

契約書の控えを受け取ると書面を再度確認した。

文面に変化はなく自分のサインの筆跡も変化していない。

魔力の残滓もない。

安心して良いだろう。

鍛冶屋組合から出た二人はそのまま荷馬車を雇い、衛兵から手ごろな魔獣の生息情報を聞いてから北門から外へ出ていた。

荷馬車の御者から街の外は対応外と断られたのだが、銀貨2枚を追加で払う事で丸め込んでいた。

恐るべし賄賂という所だろうか。

臨時収入という目の前に下げられた餌に喜んで食いついてきた。

しばらく進むとウサギ型の獣が数匹見えてきた。

だがカズの知るウサギとサイズが違う。

大型犬ほどのサイズがあり、他にもいくつか目立つ特徴がある。

大きく鋭い前歯、頭部の側面ではなく前面に付いた眼球、額にそびえたつ捻じれた一本角。

眼球の位置から肉食獣と判断できる。

個々からは見えないが足にも鋭い爪を備えていると考えるべきだろうか。

ヒルデはその姿を確認すると掌に炎を纏わせた。

おそらくそのまま焼いて焼肉にするつもりなのだろう。

だがカズはそれを手で制していた。

「肉はヒルデにやる。だがあの角と毛皮は市場にあった物と似ている。それなりの額になりそうだから今は抑えてくれ」

馬車を止め護衛としてヒルデを残すとそのウサギの元へと走り寄った。

その動きに対してウサギたちも獲物が来たと一列縦隊の陣形を取り走ってくる。

その足には光る凶悪な詰めがあり、跳ねた時に見える後ろ足の裏にはスパイク状の突起も見えた。

「おいおい、どうにも可愛いうさぎさんが凶悪に……」

だがカズの場は最後まで言う事が出来なかった。

後ろからウサギが飛び掛って来たからだ。

一列縦隊になりカズの注目を集める囮となっていたのだ。

だがカズはそのウサギの気配を察すると横に避け、すれ違い様に左手でウサギの首の後ろを掴んでいた。

更に右手で黒い球体から紅い刃紋を揺らめかせている刀を掴みだし出し、前方から飛び込んできたウサギを斬り伏せた。

更にそのウサギの下方から突っ込んできたウサギに対して左手に掴んだウサギを投げつけた。

進行方向に置くように投げられた味方を避けようとするが時すでに遅い。

最後の手段に曲がろうとしたためか互いの隊側面が激しくぶつかり倒れていた。

直ぐに起きようとしたのだがいつの間にか後ろ肢と胴体を紅い刃紋の刀によって地面に縫い付けられていた。

動こうとするが急激に生気を失い倒れてしまった。

上方から飛び掛ってきたウサギはカズの上を通り過ぎ馬車の方へと向かっていた。

だがその選択は誤っていたとしか言いようがない。

馬車ではなくそのまま走り去るべきだったのだ。

御者も慌ててパニックになりかけた馬をなだめて指示を出そうとしている。

このままでは馬もしくは御者が被害にあう。

そう考えていた時、ヒルデが馬車から飛び降り

ヒルデはそのウサギに対して強烈な風を放っていた。

その風は風の塊となり突進してくるウサギに対して固い壁となっていた。

その壁に対して正面から突っ込む形になったウサギはぴくぴくと痙攣していた。

「ハ、ハハ。お、お嬢ちゃんはすごいんだな」

「そういう事はいいから馬を落ち着かせておきなさい」

御者はあまりの事態に思考が追い付いていないのかぎこちない笑顔になっていた。

ヒルデは御者が落ち着きを取り戻す前にウサギに近づくと足を縛りつけていた。

「一応これで生け捕りにはできたわね。これでどれくらいの価格になるのかしら」

「さあな。だが少し傷のあった毛皮だけでも買い取り価格が銀貨2枚だったからな。取り敢えずこれで銀貨6枚以上の黒字確定だ」

近場でこれだけ稼げるのだ。

これなら魔物狩りだけで一稼ぎできそうなものだ。

だがウサギの動き、先日のウルフハウンドの動きを考えると危険度がかなり高い。

それこそ多少腕に覚えのある兵士や傭兵一人ではそうそう相手にできないだろう。

しかし安全に狩るために多人数で挑むとすると一人あたりの取り分が減る。

この損益分岐の問題があるのだろう。

そういう意味ではこの二人にとって魔物狩りは転職とも言える者であった。

この世界で最恐とも言われる天竜とその天竜に打ち勝った男だ。

「さて、おっさん。すまなかったな。一旦帰ろう」

御者は帰って来た二人の抱えているウサギを見て悲鳴を上げていた。

「お、お客さん。そいつは死んでいるんで?」

「一応な」

カズはそう言うと刀で四匹の首元を貫いていた。

その様子にヒイと悲鳴を上げるが絶命していると安心したのか後部に載せて帰ることを了承してくれた。


「ほぼ完品のハンターラビじゃないか!?」

南門付近の市場の商人達は北門の衛兵と同じリアクションをしていた。

「まだ生きているからモツだって新鮮なままだ。どうする?解体してばら買いするかそれともまとめてお買い上げか」

カズの言葉に商人たちは固まって話し合っている。

「ちなみに解体前なら少し安くなるが」

カズの言葉に商人たちの意見はまとまった。

「私が代表して買い取ります。4羽まとめて買取でよろしいでしょうか?」

「いや1匹は俺達の食料にしたいから3羽だ」

「それでは1匹当たり金貨1枚、合計3枚ででいかがでしょうか」

「いやそりゃねーだろ。無傷の完品が3羽だ。素材も取り放題ときたもんだ。この条件なら1羽あたりに金貨4枚の計12枚は固いんじゃないか?」

値段交渉が始まるが、互いに一歩も引いていない。

後ろで値段交渉がどのあたりに落ち着くのか賭けが始っていた。

(個人主義の天竜には無い熱気ね。これもご主人様の僕になってわかったこと。矢張りこの世界は面白い事に溢れているわ)

後ろで見ていたヒルデはそんなことを考えながら眺めていた。

「おい喜べ。肉とモツ以外の毛皮もつけるという条件で金貨5枚半になったぞ」

ヒルデはその額に驚き後ろの商人を見た。

彼らの表情は満足気であり一方的な取引にはなっていないようだ。

ヒルデはカズと共に商人達に礼を言うと歩き出した。

「じゃあ今夜は御主人様の御寵愛に期待していいのね」

「勿論さ。この肉を取れたのもヒルデの力があってこそだしな。この肉はヒルデが喰ってくれ」

「本心で行っているのなら問題だし、解って行っているのならそれはそれで問題ね」

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