方針
4話 方針
「ではご主人様。これからどうしましょう?」
「そうだな。取り敢えず俺と君の服をどうにかしないと……。この世界でヒト型の服装はどういう物が一般的なんだ?とりあえず俺の手持ちで似ている者を出して、ローブで隠して近くの街で買うとかになるのか。その場合はどうやって金銭を手に入れるかという点が問題か……。まあそれも俺の手持ちの中で何かを売ればよいとして……」
ヒルデからの問いかけにカズは服装問題を挙げていた。
傍から見ればぶかぶかで背中側が血まみれTシャツを着て長袖シャツをスカート状に巻きつけた少女と上半身裸の青年だ。
はっきり言って異質である。
しかも二人の体は入れ墨や呪印が刻まれており、異質さをさらに倍額ドンという状態である。
「ご主人様のお義姉さまを召喚しようとした者共に尋問するのではなくてですか?」
ヒルデからの問いかけは当然だろう。
何を目的として召喚の儀式を行ったのか。
その問題を解決しないと第二第三の召喚の儀式が行われる可能性がある。
その場合召喚対象となるのはカズの義姉の可能性が高い。
だがカズは首を振った。
「義姉さんの件に関しては大丈夫なはずだ。既に『呪印』は発動している。故に再び義姉さんが召喚の対象になったとしても、姉さんに紡がれるべき縁は俺の体内に取り込まれた義姉さんの血液に向かう筈だ」
カズの答えから『縁』という聞きなれない単語が出てきた。
ヒルデは何のことかとも思ったが、取り敢えずカズが問題ないと言うので後回しにすることにした。
「可能であれば今は通りすがりの旅人が竜の襲撃を目撃。落ち着いた様なので様子を見に来たという体で近づきたいところだ。だが俺とヒルデの騒動から近隣に詰めていた兵士たちが緊急配備されている可能性が高いか。となると下手に近づくのは危険だな」
「矢張り召喚者に縛られる可能性を考えてですか?」
ヒルデからの問いかけにカズはこくりと頷いた。
召喚の儀式は目的を持って行われると聞いた。
つまり倒れていた彼女と周囲の神官と思しき者達は自分達の力では解決できない問題に直面していたのだ。
その状況でのこのこと『召喚された者ですが』などと近づいて行ったら拘束からの問題解決を押し付けられる可能性が高い。
自分の目的はあくまで元の世界への帰還である。
しかしカズの帰還条件に問題解決は含まれていない。
となれば下手にその問題に対して首を突っ込むと面倒事に巻き込まれる危険性が高まる。
もしそうなったとしてもカズとヒルデであれば簡単に拘束を外すことができるだろう。
だがそんなことをすれば国もしくはそれと同等の組織を敵に回すことになる。
カズはヒルデから得た情報を基にこのパターンに陥ることを恐れた。
国を敵に回すのはいい。
だがそうなった場合、下手すると国民全体を敵に回すことになる。
余所者である自分が衣食住を賄うにはこの世界の住民と取引を行わねばならない。
しかし国民全体を敵に回せばその取引すら行えなくなる危険性がある。
また情報収集にも図書館などの情報源への立ち入りが難しくなってしまう。
故に国を敵に回したくない。
「了解しました。ご主人様の意向に従います。この地域における基本的な服装のイメージを送りますのでお受け取りください」
カズからの説明を受けたヒルデは情報共有を用いて服装のイメージを教えていた。
「なるほど、俺の世界の中世ヨーロッパに近いのか。正にファンタジーという感じだな」
一輝はそうぼやくと手を目の前に突き出した。
その光景をヒルデは興味深そうに見ている。
ただ突き出しているのではないからだ。
肘より先が黒い球体の中に飲み込まれているのだ。
黒い球体の直径は明らかに肘より先の長さよりも短い。
だが手は球体の反対側から出てこない。
そしてある程度空間をまさぐるとヒルデから送られてきたイメージに近い服を取り出した。
「ほら、俺の服からコイツに着替えてくれ。下着は俺の世界の物しかないが、まあ外から見える者でもないし大丈夫か。着心地に関しては我慢してくれないか?それともし着付等が解らなければ言ってくれ」
カズはそう言いながらヒルデへと服と頭から足もとまですっぽりと隠せるようなローブを渡していた。
幸いにもヒルデの知る衣服と構造がほぼ同じであったらしく、ヒルデは一人で着替えることができた。
「あとその口調を何とかしてくれないか。誰かからそんな風に話されるのは慣れていないんだ。できれば契約前の気軽な口調に直してくれると嬉しい」
「了解よ。ご主人様の意向に従うのが僕の務め。ご主人様の指示通りにするわ」
カズはご主人様という呼び方も訂正して欲しかったのだが、ヒルデの表情からしてその事も理解したうえで態とやっているのであろうと察していた。
そして召喚場所に向かっている途中であることに気付いた。
周辺の気配がざわついているのだ。
カズはヒルデに物陰に隠れているように指示を出すと再び黒い球体に手を入れて中から艶消し処理された双眼鏡を出していた。
そして岩陰から召喚儀式の行われた塔の周辺を観察してみると、完全武装した兵士が塔の周辺を固めていた。
兵士の持つ装備は短弓、弩、両刃の剣、馬上槍、メイス、斧、ハルバードなどと種類が豊富のようだ。
防具もフルプレートメイルを装備している者、チェーンメイルの者、革製のつなぎを着ている者などバリエーションが豊富であり統一感が感じられなかった。
鎧に着けられたマントに自家の紋章を彩った刺繍を入れている者もいるようだ。
彼らの装備は細かい傷は見えるが磨き抜かれており、使い込まれた物特有の厳かさを醸し出していた。
(見た感じだと武器防具の統一感もない。だがあの装備の豪華さと清潔さだ。盗賊といったならず者の雰囲気は感じられない。装備はバラバラなれど徹底されたマニュアルをなぞるかのような動き。どこかの正規兵といった雰囲気だな。さらに一人の馬上兵に複数の徒兵士が付従っているようだ。騎士と従士の関係という感じか……。これは兵装や軍備の観点から未だに騎士階級の様な物が戦場の主役であると考えていいだろうな。ならば治世は封建体制と考えて行動するべきか?となると文明的な点から何か問題があっても誤魔化しようはいくらでもあるな)
カズが情報を集めながら観察していると、塔の中から運び出されてきた担架が馬車に運び込まれ順次どこかへ運び出されていた。
さらに周辺警戒の哨戒を行っているのか角笛の様な物を携帯した兵士がスリーマンセルを作って全方位警戒体制をしながら進んでいる。
このまま岩陰に隠れていれば自分達が見つかるのも時間の問題だろう。
「そりゃ召喚が国の機密に関わっているのなら国の管理のもと行っているってことだもんな。あの杯の中身や魔方陣の痕跡を調査したかったがもう無理か」
カズはぼやくと状況をヒルデに説明していた。
「ちなみに今いる場所から最寄りの街までどれくらいかかる」
「そうね、竜の姿に戻れればそれこそどこまで行くにも自由自在だったわ。でも誰かさんに切られた部分の再生が非常に遅いのよね」
ヒルデは非難がましく自身の背中をカズの方に向けていた。
本気で攻める気はないのか顔は笑ってはいるが、カズとしては正直いたたまれない気持であった。
「手足の傷は回復したのに、背中の傷の血は止めたけど修復はできなかったわ。一体どういう原理なのかしら。あと誇り高き竜に対して『蜥蜴は~』って発言の真意も聞きたいわね」
だがカズに詰め寄る姿を見ると相応に怒っているのだろう。
「その、あの時はすまなかった。頭に血が上っていてな。あと空に逃げられると厄介だと思ったからつい翼と本体の『縁』を一緒に切ってしまったのが原因だと思う」
「また『縁』?『呪印』の説明にも出てきた言葉ね。一体どういう意味なの?」
「まあ俺の世界の俺が住んでいた国にある概念だ。俺の眼はちょいと特殊なんだが、まあそこらへんはぼちぼち説明するよ。それより一番近い町まで歩いてどれくらいかかりそうなんだ?」
カズは自分から情報を出してヒルデの興味を他の方向へとシフトさせることに成功していた。
「まあそこらへんは後で聞かせてもらうからね」
ヒルデもカズが話題を変えようとしている事に感づいていたが、これ以上話していても仕方がないとして敢えて方向転換に乗っていた。
「私の知る限りでは荒原を越えて数日歩けば都市に着くんじゃないかしら?でもご主人様の足ならもっと早いかも」
カズは少し考え込むとヒルデからの提案が来た。
「あの兵士たちに保護してもらう?私ならヒトとして誤魔化せばいいし、もしばれそうになってもご主人様に暗示の魔法を使ってもらえば……」
ヒルデからの提案はたしかに魅力的だ。
上手く言いくるめて彼らの保護を受ければ近隣の街までは簡単に行くことができるだろう。
だがどうやって言いくるめるかが問題だ。
自称行商人として誤魔化すか?
先ほどの竜が暴れまわる姿を目撃、馬車が逃げ出してしまい途方に暮れて歩いていたとでも言うか?
ヒルデに関しては相方とでも言えばいいのだろうか?
だがここには大きな問題がある。
「いや、俺には暗示の魔法は使えない。ヒルデこそ使えないか?」
そう、カズが使える魔法は大きく分けて二つ。
その中に暗示の魔法は含まれていないのだ。
「もし私に使えたら自分が誤魔化すって言うわよ」
ヒルデの言葉は尤もであった。
コンビを組む際に互いの欠点を補い合えるのが理想だろう。
だが自分達の場合は互いの欠点を補える面が一つ減ってしまったようだ。
「となると見つかる前に一度街道まで出てから街に向かうって感じだな。最悪俺の道具を出してもいいんだが、この世界との親和性が低い道具ばかりだからな」
流石にバイクや車といった近代工業製品を出すわけにはいかないだろう。
はっきり言って違和感しかない。
それにカズの体を巡る魔力だって有限だ。
空気中の魔力を取り込んで回復してはいるが変換効率も良いとは言えない。
ヒルデは即回復していたが、彼女の場合は種族が種族だ。
自然から生まれた天竜故に自然界のマナを己の魔力に変換しやすい。
そういう意味では自然自体が天竜と言っても良い存在なのだ。
正に人外というか規格外の回復速度と比較しても仕方がない事なのだが、ここでは置いておく。
そしてカズの持つ手札の中にその性質を利用した回復手段が幾つか存在する。
だがその方法自体が見た目的にも内容的にもカズの倫理が許さないものであり、今回の中では行わないと誓っていた。
「じゃあ歩くか。取り敢えずヒルデの言ういちばん近い街まで行こうか」
「私は魔力さえあれば死ぬことはないけどご主人様は食餌とか大丈夫?」
ヒルデから出た問いはある意味当然の言葉であった。
生物は喰わなければ死ぬ。
だがカズは平気だと言わんばかりにサムズアップポーズを取って黒い球体を呼び出していた。
「保存食と水はたっぷりとある。やろうと思えばいつでもどこでもサバイバル可能だ」
「便利な魔法を持っている事ね」
その言葉にヒルデは呆れたのか半目で見つめた後、ふと笑いかけてから立ち上がった。
「じゃあ行きましょうか。ライン街道までは歩いて半日。早く出ないと彼らに見つかるのでしょう」
ヒルデの言葉にカズも立ち上がって答えた。
「それじゃあ道案内をよろしくな。ヒルデ」