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エマの覚悟

10話 野営


「レキ市を出て初めての野営だ。ヒルデは酔いでダウンしているし、エルザも疲れているようだ。エマも御者としてよく働いてくれた。今日の夜番は俺がやるからお前らは速めに休んでくれ」

カズはそう言うと三人を幌馬車へと押し込んでいた。

「で、ですがご主人様にすべてお任せするのは奴隷として問題が……」

「では主として命令する。貴様らは明日も十全の状態で仕事をしてもらう。そのためにも今日は速く休め」

自分が夜番をするというエマを宥めて馬車に放り込むと魔獣の毛皮で作った毛布を掛けていた。

臭い消しのポプリを用いてもまだ獣臭さが残っているが、この暖かさには代えられない。

そうして夜の帳が落ちていく。

時刻は12時を回ったころだろうか。

暖を取るための焚火の明かりで手に持ったナイフの手入れをしていたカズは背後から近づいてくる気配を察していた。

だがその姿に警戒の様子はない。

その気配の正体を察していたからだ。

「どうした?小腹でも空いて寝られないか?」

カズは笑顔でエマを迎えていた。

エマとエルザは奴隷商の下から買われた際のミニスカート状のワンピースではなく、ヒルデとおそろいの服装に身を包んでいた。

あのままでは夜に風邪を引いてしまうと支給したのだ。

エマ自身は高価なものを受け取れないと拒否していたのだが、カズが奴隷の健康管理責任は自分にあると言い、最終的に命令として受け取らせたのだ。

「いえ、そうではなく……」

エマは何かを言い出そうとしているのだが、恥ずかしい事でもあるのか少しもじもじしているようだ。

少し伏せた顔を見ると焚火の赤を反射している以外に頬に朱が差している事が見て取れた。

だが何かを決心したかのように一度頷くとカズの目の前に片膝をつき敬意を示していた。

「昨日の件に関しまして改めてお礼を申し上げたく思いまして」

エマは改まってから口を開きだした。

奴隷商から彼女達を購入後、街のならず者に絡まれた件に関する事であった。

だが礼の言葉は何度も受け取っている。

更にもっと言えばあの時からまれたおかげで金と幾つか貴重な情報も得ることができた。

「エルザの件か?旅には仲間が多い方が役割分担ができて楽だし、楽しい面も多々ある。それに仕事というのはメンタルが大きく関係してくる。雇用者として被雇用者のメンタルを維持し高揚させるのが義務みたいなものだ」

敢えてカズは気楽に流すように言った。

雇用者である自分は福利厚生等でもって奴隷達の働きに応じると宣言したのだ。

そしてエルザの追加購入はその先払いであると言外に匂わせたのだ。

「いえ、そればかりではありません。袋小路に追い込まれた時の件でもまだお礼をしきれておりません」

ヒルデの言葉は途切れることは無かった。

ここで少しでも途切れたら誤魔化される。

共に行動した時間はたった1日だ。

だがその間に何度も礼を言い何か報いたいと考え伝えようとしてきた。

その度にはぐらかされたのだ。

この機を逃したらもう次は無い。

エマはこの短い間の観察でそのように考えていたのだ。

「その事なら昼も言っただろう」


「あの、本当によかったのでしょうか?」

エマは己の腕に着けられた腕輪とカズの顔を何度も見返していた。

「気にすることはない。あれをやったのは俺だ。あとしっかりと前を見て安全運転で教習をしてくれ」

レキ市を出るまではエマが手綱を握っていたのだが、外に出てからはカズが手綱を握り練習をしていた。

エマの知識奴隷としての仕事だ。

ヒルデは馬車の中で揺れにやられたのかエルザの看病を受けている。

おそらく視覚情報と三半規管からくる情報のズレにより生じる混乱に由来する症状だ。

端的に言えば乗り物酔いだ。

空を自由に飛び回る竜の三半規管と言えども初めて乗る乗り物による未知の揺れには対応できなかったのだろう。

「あの……」

「くどいぞ。エマが気にすることはない。主人が勝手にやったことだし、俺の狙い通りでもあった」

エマの言葉を断ち切るようにカズはニヤリと笑いながら言葉を発していた。

エマを購入した日、東街のならず者に絡まれたカズ一行は己の能力を用い彼らから身ぐるみをはいでいた。

しかもそれに留まらず彼らの面子を潰すのと引き換えに親分筋から様々な物をむしり取って来たのだ。

手法は簡単だ。

絡んできた6人を奴隷にし、彼らの持つスクロールを回収しそれを親分筋にちらつかせたのだ。

そもそも奴隷契約や奴隷譲渡のスクロールは誰でも簡単に作れるものではない。

何故カズが所持しているのか。

エマは疑問を抱いたが頭がその答えを見つける前に目の前の状況がどんどん変化して行く。

カズは奴隷譲渡のスクロールを彼らの前にちらつかせ、いくらで買い取るかと交渉してきたのだ。

勿論彼らとスクロールを買い取らないのであれば彼らの出所を大々的に喧伝したうえで大手の奴隷商に持ち込むと脅しもかけていた。

その結果、彼らの組織の幹部事務所の情報を得たのだ。

そこからの行動はカズの単独行動であったためヒルデは知る由も無かった。

だがヒルデに

「初日の金貨の借りは返してもらってきたさ。これで鱗を切り売りしなくてもしばらくは遊んで暮らすこともできるぞ」

と笑いかけているのを聞いただけだ。

そして戦利品からエマとエルザへの忠義と勇気の褒美としてある品を渡したのであった。


「昼のお話は覚えております。しかし通常であればあのような状況でしたら私やエルザを置いて逃げることが正解だったはずです。それをせず、問題の原因となった私達姉妹を罰することも無く、あまつさえ私にこの腕輪を下賜してくださった御主人様にせめてものお礼をしたいのです」

エマは己の腕に取り付けられたアクセサリーを掲げた。

そこには一輝とヒルデが着けている腕輪と似たデザインの腕輪がはめられていた。

ただ二人の者と異なる点は中に収納できる金額の上限設定にある。

エマの持つ者は銀貨までしか入らない代物だ。

その機能制限故に金貨1枚半程度となっている。

エマはカズが口を開こうとするのを防ぐかのようにさらに言葉を重ねてくる。

「私はご主人様の御厚意に甘えるだけの奴隷になりたくないのです」

エマはそう言うと帯に手をかけ服を脱いでいた。

カズはその光景を目に入れない様に目を背けていた。

「ヒルデ様のような美しい体とは言えません。しかし私にはご主人様へのお礼として差し出せるものが他にはありません。どうか受け取って……」

だがカズはエマに最後まで言わせることは無かった。

エマの体をカズが纏っていたローブでくるみ体を隠すと共に言葉を発した。

「その言葉だけで十分だ。俺はお前たちをそういう目的で買ったわけではない。いつか大事な相手ができた時に取っておけよ」

しかしエマは離れないとでも言うかのようにさらにくっついてきた。

エマの顔は美しく、美人というよりも大人になりかけの美少女というべき顔立ちだ。

やや小柄だが年齢の割にスタイルも良い事が見て取れる。

その様な相手に好意を抱かれて嬉しくないわけがない。

だが相手は自分の所有物となっている者だ。

さらにある種のつり橋効果的な部分から好意を勘違いしているとでも言える状態でもある。

カズはその様な状況の女の子に手を出せる男ではなかった。

「エマ、その気持ちだけで十分だ。エルザからも同じだけの気持ちをもらっている。俺としては二人からこれ以上受け取るのは気が引ける」

カズは宥める様に頭を撫でながら語るが一向に離れる気配はない。

「もっと言えばあの状況は俺にとって好都合でもあった。あいつらの子飼いの掏り師が俺の財布を掏って行ったことがあってな。その仕返しの機会を窺っていたって面もあった」

エマは関係ないとばかりにさら強く抱き着いてくる。

そんな彼女の行動に困り果てたかのようにしながらも言葉を繋げる。

「君はまだ若い。これから俺達と旅をして、もっといろんな経験をして、それでも俺に対して好意を抱いてくれるのならその時この気持ちを受け取るよ。それまでは御者と家庭教師の仕事を礼としてあらわしてくれないかな?」

カズはエマを落ち着かせるように、優しく抱きしめ頭を撫でながらゆっくりと言い聞かせるように語った。

その言葉を聞き安心したのか、一期に緊張感が抜けたのかエマはその場に座り込んでしまった。

覚悟を決めたと言ってもやはり緊張していたようだ。

その緊張が抜けきった反動か、カズの腕の中から寝息が聞こえてきた。

夜中という時間帯、緊張状態からの解放といった要因が重なり寝入ってしまったようだ。

カズは苦笑しながらエマを抱きかかえると下に落ちていた服を回収し、馬車へと運んだ。

「あら、女に恥をかかせるなんて色男は違うわね」

エマを馬車内の毛布に入れたところでカズは何者かに力強く引き寄せられていた。

抵抗しようと思えばできたのだが、抵抗した場合はその反動で寝ている者を起してしまう危険性がある。

故に力に従った結果、そこには眠っていたはずのヒルデの瞳が月夜の光を反射して輝いていた。

「何の事だ?」

「あら、エマの好意を無碍に振ったことよ。あそこで受け入れていれば私も加わったのに。それとも今からここでする?きっとエルザも喜んで参加するわよ?」

エマはニヤリと笑うと己の帯へと手をかけていた。

だがカズは首を横に振るばかりだ。

「あら釣れないわね。それにしてもさっきのエマへの言葉。まるでこんな状況に慣れているみたいじゃない」

「同じような状況になった奴を知っているだけさ。そいつが言った言葉を真似しただけだよ」

ヒルデのからかうかのような声にカズは苦笑しながら答えていた。

「それよりもう夜は遅い。早く寝ないと明日の馬車移動でまた地獄を見るぞ」

軽口を言いヒルデの頭を軽くポンポンと撫でてから馬車を出ていた。

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