始まり
[お父さん]
絶対帰って来るから。そしたら、いい絵の具買ってきてあげるから。
なんで帰って来ないの?絵の具なんていいから、早く。
もう五年だよ。もうキャンバス、乾いちゃったよ。
▽▽▽●
「赤城さん!赤城さん!」
見知った声が木霊する。何時もは明るい色を振りまく少女は私を心配してくれているのか涙を流す。
少し倒れた程度、普段はすぐに起き上がれる。だが、今はそれすら叶わない。
もう、この体にもcodaを迎える時期が来たのかもしれない。
父は蒸発、母はもう居ない。だからこそまだ生きようと思っていた。
絵という生き甲斐を持ち、音楽という夢を持ち、今日まで生きてきた。
指揮棒は握られた。心拍音を伝える器具は激しいテンポを刻み、一定のリズムを忘れている。
胸に苦しみがこみ上げる。夢は叶えたい。生き甲斐を伝えたい。
ラストのad libを飾る遺言を彼女に伝える。
「家に…余白ばかりの絵があるだろう?……あの絵、君が仕上げてくれないか?……君の絵を見たいだ………………ぐっ」
「ならいつも通りに笑ってください。いつも通りに、ですよ?最期のなんかじゃないですからねッ……勝手に終わろうとしないでください!」
私の夢は、受け継がれるべきだ。まだ、まだ、若き力を爆発させ、最期の一小節を奏でる。
「……押入れ…………下にフルートと……ぐっ……ギターが……君が信頼する………誰かに……がぁッ」
「赤城さん?……何言ってるんですか?楽器は私に触らせないんじゃ……」
白い服に赤い血が広がる。最後に……伝える事だけでも……。
「君の事………………信じてる……よ?……」
「赤城さん?……へんじ……赤城さん!あ
▽▽▽●
誰かの記憶を受け持つと、心労が絶えないな。何度も臨終時の夢を見させられる。
別に問題がある訳ではない。しかし、まるでそれが使命であるかのように何度も何度も頭の中でflashbackするのだ。
未だに光を見ない俺の目は、先程からのビデオを再びリピートするようにも思えた。
見飽きた悲劇を鑑賞すべく、つまらないことで涙を流さぬように心を締め付ける。
そう、ことが起きたのは十時間程前、いやもっと前かもしれないが、とにかく時間を感じられない様な所での事だ。
そこは白かった。
▽▽▽
不純物の無い、しかし機械ほどの優しさもない、そんな美しい声で俺の意識は覚醒する。
「やあ、名も無きストレッサーの一人よ。君に遂行なるゲームへの参加権をプレゼントしよう。喜びたまえ」
その女は、声と同じ様に喜びでもなく悲しみでもない、それでもって線香花火の様な消え入りそうな笑顔で満ちていた。
異常にsickなそれは、芸術品のような堂々とした佇まいで、それが当然であるかの様に存在していた。
俺は、苛立っていた。
「誰だ。なんの話だ」
酷く欠けた言葉で叫ぶ。無惨なものだ…。
彼女、と思われるそれは石像の様な口を開く。
「私は、君たちの世界で神と呼ばれるものだ。だが、そんな事はどうでもいい。君にとって重要なのはこれからの話さ」
「未来はそれほど興味ないな。それよりも、今ある事を知りたい。此処は何処だ。俺はどうなった」
自分で神と名乗った女は指を軽く弾いた。
俺はかつて緋戯乗人、アカギノリヒトと呼ばれていた。
誰もが蔑この名を生まれ持った俺は、人生の最中行き場を失った。
そんな時、俺はmotorbikeと出会った。
初めは拾っただけ。だが、俺の走りはgearを上げていった。
月が差す夜道をただ走る。指で数えられる仲間と共に。
俺は、速いだけだった。だから、負けられなかった。
他の奴らはtechnicalなtrickを武器に闘っていた。
俺は、誰にも負けないことで速さを証明していた。
俺は、追いつけないspeedを提示する為に…
「盛大に事故って死んだよ♪」
頭に焼きつく様に叩きつけられた記憶。いや、まるで外付けの記録のようなそれは、俺が死にゆくまでの僅かな時間を脳に彫り込んだ。
「わざわざ死体記録見せてやってんだからさっさと受け入れろよ」
慈悲の失われたその声に、挑発を込め応える。
「この程度じゃ俺は狼狽えない。次のspeedを追うだけさ...」
「ならば話が速いなw此処は神の間とでも言っておこう。
そして君には今からプレゼントを渡そう。喜びたまえ」
先程と同じ様に指を弾く女。しかし、俺の思考は焼き切れる様に何かを受信しようとしていた。先程のあっさりとした回想とは対照的に、大量のsentimentalが殴り込まれる。
まるで、人一人の生きた道を語るかの様な。
「それは赤城鹿本の記憶、そして経験値。
彼の願いは最高の芸術を作る事。
君は異世界に転生して、面白おかしくこの願いを達成してほしい。
君には出来るだけそれに適した環境を上げよう」
heavyな思考routeで女の口から出た言葉を噛み砕く。
理解できた事もあるが、理解しがたいこともある。
「何故その男にそれを言わない。
俺である必要があるのか」
女は、やはりcickな顔でそれを吐きつける。
「そんなの、つまんないだろう。
君にやらせた方が面白味がある。
適当に選んだらいい奴が出たからね。
多少のサポートはするよ。
ただしつまらないと判断したら消去しとくから」
女は一拍おき、俺に囁いた。体に蛆が走る様な衝撃を感じながら、俺は言葉を理解する。
「やるかい?べつに断ってもいいんだよ?
もう一回輪廻の輪に突っ込むだけだし。
どうよ」
俺は少し困惑した。強制だと思っていただけに、しょうもない救済があり拍子抜けだ。
しかし、いつからだって答えはそれほど多くない。
「べつに赤城という男に興味は無い。その夢にもな」
「ならば…」
「その話、rideさせてもらう」
女は、少し笑顔に苦味を混ぜ、また元に戻す。そして、また囁く様に聞いた。
「何故だい?どうでも良いんじゃないのかい?」
俺は決まりきった答を弾き飛ばす。
「人の命の賭けどころはそれぞれ。それを邪魔する事は出来ない。
だが、assistする事は出来る。
まあ、俺も暇つぶしさ…」
少し優しい顔をして、それでまた病的なFaceに戻った女。
つまらなさそうに手を挙げると、こちらに問いかけてきた。
「もういいかい、飽きてきたから君の初期ステータスは適当に決めるよ」
何を言っているか噛み砕けない横文字に、思考する暇なく謎の光に包まれる。
あ、と声を出した神は三文芝居を演じる。
「向こうの子供に憑依させるから、体格差で暫く体を動かせないかもね。感覚が違うと大分違うよwドンマイwドンマイw」
つまらない煽りに耳を背けながら、光は俺を未知へと運んだ