春色ミルクパズル
誕生日のプレゼントは、純白地獄だった。
「これ……何?」
私の目の前に置かれたのは、小さい箱。白いケースには「純白地獄」の文字。パッケージを見てみる限り、いわゆるジグゾーパズルだけど、絵柄はないみたい。完成図が、真っ白になっている。
食べかけの朝ごはんも気にせずにケースを持ち上げたり軽く振ったりしていると、お母さんが曖昧な笑顔を浮かべながら答えてくれた。
「ミルクパズルよ」
「ミルクパズル?」
お母さんの言葉に、箱を見つめながらオウム返し。
「ミルクって牛乳だから真っ白でしょ? ミルクパズルはね、白一色で絵柄がないパズルなの」
まぁそれは分かるけど。わたしは大きく息を吐いて、小さく頷いた。
千ピースの清廉潔白なパズル。それが、わたしの中学校2年生の時の誕生日プレゼント。
パズルは昔から割と好きだった。似たような形なのに一組しかつながるものがなくて、そんな欠片を集めていくうちに、絵柄ができてきて、最後には1枚の絵画になる。
ホントはきっと、わたしは完成した絵が好きだったのに違いない。完成図を見ながら無心に組み立てていくと、好きで買った絵柄ができるのが。だから、インクを刷り忘れたみたいな白紙のパズルはできないかもしれないと思う。
「確かに誕生日プレゼントは何でもいいっていったけど……」
どういうセンスをしてるんだろう、お母さん。わたしは両腕にミルクパズルを抱えながら自室に戻る。部屋には大きめの本棚があって、中一杯に小説が詰め込まれている。というか、床にも入りきらなかった本が積み木みたいに積みあがっている。
「図書券が欲しい」とか言っといた方が良かったかな。カーペットにパズルを置いて、部屋着に着替える。今日は日曜日だけど、特に遊びの約束とかもない。せっかく貰ったんだし、今日はパズルに打ち込んでみよう。
「うわぁ……」
パッケージを開けて驚嘆してしまう。視界いっぱいに広がるピースの山。今まで500枚の切れ端しかやったことないから、圧巻。箱を逆さに傾けると、重力にしたがって雪崩みたいに床に落ちてきた。
ピース1つ当たりの大きさは小さめで1センチぐらい。25×40だから、完成してもそんなに大きくはならなそう。表面は真っ白だけど、裏面はヒントのつもりかクローバーとか三角とかの記号が印刷されてる。
最悪裏面を手掛かりにしよう。わたしはちょっと安心して、紙製の雪山をあさりだした。
「ダメだぁー」
数時間後、わたしは机に突っ伏した。地面に荷物を追いやって片付いた机の上には、四角い枠だけができあがっていた。机が茶色いから、まるでグラウンドに引いた白線みたい。
枠線だけでも100枚近くあるから、良く言えば1割ぐらいは終わってると言える。欠片と欠片がつながる感覚も分かった。でも、それだけ。10分前から1ピースも組み合わなくなってしまった。そりゃそうだ、絵柄がないから、1枚に対して900枚ぐらいの候補があるんだ。
どうしよう、完成する気がしない。
誕生日だというのに、わたしは涙目で超難易度のパズルに挑むハメになってしまった。
結局1日で終わるわけもなく、アレからハメることができたのはたったの18ピース。それだけで頭がボーっとするぐらいになってしまって、お昼ご飯の後はいつもりに小説を読んだりテレビを見たりして終わってしまった。中々有意義なバースディだ。
取りあえずかみ合った欠片が壊れてしまわないように、裏側をメンディングテープで固定し休み明けの学生らしく学校に行った。
「おはよう」
わたしの誕生日を祝ってくれない程度に仲のいい実乃里とあいさつする。すると、実乃里は少々心配そうな顔をした。
「おはよう。ってか大丈夫なの?」
「何が?」
「いつもより疲れてる気がするよ、休み明けなのに。徹夜でもしたの?」
実乃里は何かと鋭い。でもミルクパズルのことを言っても意味が無いような気がする。わたしは「ちょっとね」なんて答えて、何もなかったかのように学生としての1日を過ごした。
わたしは部活に入ってなくて、代わりに入っている図書委員会の活動は水曜日だけ。だから、放課後になるとわたしはすぐさま学校から出た。何故だか日中ずっと無性にパズルに取りかかりたかった。人間には未完結な物事を補完しようとする本能があるというけれど、それなのだろうか。
とにかくわたしは小走りで家へ直帰。インターホンを鳴らしても無反応だったから、合鍵でドアを開ける。「ただいま」って言ったら、お母さんは買い物にでも出かけているみたいで返事はなかった。ちょっと寂しい。
部屋に入ると、待っていたと言わんばかりに机を占領する白い塊。
「終わらせないと宿題ができないんだよね……」
明日の英語の課題をどこでやればいいんだ。床か? 机があるのに床なのか? 机の下で本を開いて四つん這いなわたし。そんな屈辱的な光景が頭に浮かんでしまう。
習慣的な行動で制服を脱ぎながらムカムカしてきた。絶対に完成してやるからな、お前。
外に出かけられないようなラフな格好になると、わたしはイスに座って、昨日のわたしが諦めた相手との勝負を再開した。
無理。
数時間後、そろそろお腹が空いてくるような時間帯。お母さんが玄関のカギを開けて、両手に持ったビニール袋の中身を冷蔵庫にぶち込んでいる頃。わたしはカーペットの上で英語のノートを開いて予習をしていた。
さっきまでの一方的な死闘を思い出すと、思わず涙腺が緩んでくる。
「どうしよう、コレ……」
電子辞書に表示された英単語をノートに書き込みながら、首だけ振り向く。角度的に見えないけど、四角い白のフレームからちょっと線が生えただけだ。14ピースの追加だと、正直に言って何かが変わったような気がしない。
ため息を吐いて苦手な英語の予習を続ける。それが終わる頃には夕飯の準備が出来ていて、ご飯を食べたら次はお風呂。さっぱりしたら寝てしまった。どうやらパズルをするといい塩梅に疲れて安眠できるらしい。悔しい。
結局のところ、わたしはミルクパズルの魅力にどっぷり浸かっていたに違いない。絵柄が合うからピースがつながるとかじゃなくて、形が合致するからハマる。それを時間を気にしないで続けていると、なんとなく頭が冴えてくる気がする。それが、なんとなく楽しい。
それから1週間、わたしは毎日帰宅してから夕ご飯までの間にパズルに没頭した。1日に10ピースつながるかどうかだけど、夕飯前にデジカメで撮った写真を見比べていると段々と進んでいくのが見えて面白い。
「陽菜、ずいぶんパズル出来てきたわね」
お母さんに言われて、わたしはちょっと得意になった気がした。まだ200個もできていないけど、そのくせパズルとしては形が整ってきたように思う。なんか不思議。
「で、宿題はちゃんとやってるの?」
急に鋭い目でお母さんが睨んできた。多分1週間以上机の上が占領されているから、心配なんだと思う。でもちゃんと宿題だけじゃなくて、少し前に買った参考書とドリルも開いてはいる。
「ちゃんとやってるよ」
床で。
続く言葉をなんとか飲み込む。お母さんは訝しげにわたしの顔を覗き込んできたけど、しばらくすると息を吐いて見逃してくれた。わたしはなんとなく居づらさを覚えて、お味噌汁がまだ飲みかけだけど席を立った。陽菜、ちゃんとお味噌汁飲みなさい。そんな声が後ろから追ってきたけど、今回は無視させてもらった。
最近は実乃里が猫みたいにやたらかまってくるようになった。パズルを始めてから実乃里と遊ばなくなったのが原因だ。わたしが最近パズルのことを考えていてしばしば上の空になっているのも要因かもしれない。
「陽菜、最近なんか変だよね。学校終わったらすぐ帰っちゃうし。何してんの?」
お昼休みの時間、お母さんが手作りとか言ってる冷凍食品タップリなお弁当を食べていると、くっつけた机の向こうで実乃里が首を捻った。わたしはその前の会話の時に浮かべていた笑顔を曖昧なものに変えた。
別に言ってもいいけどね。わたしは唯一手作りの玉子焼きを飲み込むと、口を開いた。
「パズル」
「は? パズル?」
眉をひそめられた。わたしでも同じ反応を取ったのかもしれない。わたしは水筒のお茶を飲み込んでから続ける。
「ミルクパズルって知ってる?」
「何それ、知らない」
「絵が無くて、全面真っ白なジグゾーパズルのことなんだけど」
「何それ」
呆れたような顔で、空っぽになったお弁当箱を仕舞う実乃里。長方形の箱が閉じ込められた布をバッグに入れると、机にほお杖を突いて改めて聞いてきた。
「で、それ面白いの?」
「……分かんない」
わたしははぐらかしたけど、その答えも半分正解なんだろう。面白いっていうのも多分ホント。そのことを認めたくないってのは多分違う。自分でもよく分からないっていうのが模範解答なんだろう。腑に落ちないけど、わたしはそれで納得している。
わたしより実乃里の方が混乱した表情をしている。わたしは取り繕うように口を尖らせた。
「っていうかさ、やらざるを得ないというか」
「何で?」
「ほら、わたしって先週誕生日だったじゃん?」
「え、そうだっけ。おめでと」
「あ、やっぱ忘れてたんだ」
わたしは握りしめた右手を振り上げる。もちろん殴る気なんてさらさらないけど、実乃里もノって体をのけ反らせる。わたしは嘆息を1つして気を取り直す。
「まぁそれでお母さんがくれたの」
「……なんていうかスゴいセンスしてるね、陽菜のお母さん」
もっと。もっと言ってやってくれ。実乃里の素直な批評を聴きながら、わたしは真っ白なミルクパズルに対して真っ黒なものが心中に渦巻くのを感じた。わたしの心情を気にしない実乃里は、次の授業のために体操着入れを机の横から取り出す。バスケ少女にとってはバレーと言えど体育は楽しみなんだろう。
「で、終わったの」
「終わった?」
「ミルクパズル」
あぁ。わたしは思わず掠れた母音を長く出した。頭の中にあるのは、机の上に置かれた写真の枠みたいな物体。わたしはニヒルな表情を浮かべて答えた。
「まだ2割ぐらい」
わたしの言葉に、実乃里は心底驚いたような顔を浮かべた。まぁそりゃそうだ。だって普通のジグゾーパズルなんて数時間あれば終わる。ミルクパズルを経験したことない人からしたら、酷い進展度だろう。
「陽菜って……思った以上に頭の回転悪いんだ」
変な風評被害が付くぐらいには。
残念なものを見るような目で見てくる実乃里を、わたしは精一杯睨む。すると、実乃里の肩が一瞬ビクリと震えた。その実乃里の表情が少々嬉しそうに見えたのは、わたしの気のせいだろうか。
たまに実乃里って変になるな。わたしは気持ち悪い思いを感じながらも、自分の1週間の成果を思い返しながらため息交じりに呟いた。
「ミルクパズルってスッゴイ難しいんだよ。実乃里もやってみれば分かるよ」
「じゃあやらして」
えっ。わたしは思わず声を洩らした。机越しの実乃里は自分の思った以上に真剣な目でわたしを見つめていて。
わたしは視線を宙に浮かばせながら考える。なんだかんだ言って、純白地獄はお母さんからの誕生日プレゼントだ。それなのに実乃里にやらせてもいいものか。唸り声をあげている間に、学校のどこかからチャイムが聞こえてきた。昼休み終わりの合図。
「ちぇっ。まぁ陽菜、パズルに詰まったら呼んでよ。面白そうだし」
あっさりと引き上げると、実乃里は自分の机を授業の時の位置まで引きずっていく。答えを出し損ねたわたしは呆気にとられて実乃里を見つめる。そんなわたしに、実乃里は体操着入れを頭上に持ち上げながら笑いかけた。
「さ、体育行こうよ陽菜」
ちなみに、運動神経ゼロのわたしがスポーツ少女の実乃里にバレーでボロボロにされたのは、また別の話。絶対忘れないけど。
「へぇ、これがミルクパズル? ホントに真っ白なんだスゴーイ」
部屋にあがった実乃里は、わたしの机の上にあるミルクパズルを見てキャッキャと騒ぎ始めた。わたしはげんなりとその様子を眺める。
実乃里がわたしのバースディプレゼントに興味を持ってから数日、わたしは彼女を組み立て作業に参加する許可を与えた。家に帰って1人でミルクパズルに取り組む毎日。日課と言えば聞こえはいいけど、実のところ結構寂しい。なにしろ全然進まないのだ。
実乃里も興味津々って感じだし、一緒にやってみるのも面白いかもって思った。で、読んだワケだけど……。
「いやー、コレが陽菜の心を独り占めにしている彼氏ですか。中々憎いですなぁ」
「……何それ」
「べっつにー」
言うだけ言って、出来かけのパズルと欠片の山を見比べる実乃里。今日の実乃里、なんかテンション高くないかな。呆れたように見つめる。すると、実乃里は急に振り返って首を傾げた。
「これってさー、どこでやるの?」
「えっ、どこって」
「流石に机で2人はキツいでしょ」
納得して頷く。確かに机の上でやるのは面倒だ。
わたしは少し考えると、お父さんの部屋から折り畳み式のミニテーブルを持ってきた。そこにパズルを置いてやろうという魂胆だ。わたしはミルクパズルを平行移動させてスケッチブックの上に乗せる。そして、それをそのままテーブルに乗せた。
パズルのピースを入れた小箱もテーブルに置いて、わたしは実乃里に微笑みかける。
「これでいいよね」
「もち。じゃあやろっか」
実乃里は何故か勝手に仕切って座る。わたしは肩を落とし、すでに日課となりつつあるミルクパズルをするために腰を下ろした。
大量の候補の中から1枚選んで、いくつかの構図でつながるかどうか試す。いつもは1人でやっている作業だけど、今日はわたしだけじゃない。視線を上げると、真剣な表情で純白な欠片を睨みつける実乃里がいる。なんとなく楽しい。
「実乃里、どう?」
「全然ダメ。まだ1枚も」
そのピースは無用とでも言いたさげに、2つある小箱の片方に手元のピースを放り込む実乃里を見て、わたしは笑った。やっぱり難しいでしょ。そう言うと、悔しそうに彼女は顔をゆがめて、新しいピースを手に取った。
わたしも自分の右手にある欠片を小箱に入れる。始める前に空だった方の小箱は、検証済みのものを入れる箱。この中に、わたしたちの浪費した時間が溜まっていくんだ。そして砂時計をひっくり返すみたいに、明日には溜まったものが流れ出ていく。
「あ、はまった。ねぇねぇ見て陽菜、1個つながったよ」
心底嬉しそうにドヤ顔する実乃里。彼女の指差すところを見てみると――正直違いが分からない。
「……ホントにつながったの?」
「いやいや。陽菜、自分の努力ぐらい憶えとこうよ」
「いやー……真っ白過ぎて分かんないや」
「……あぁもう、あたしもどこはめたか分かんなくなっちゃったし」
ふくれっ面で作業を再開する実乃里。わたしは申し訳ない思いながらも、しばらく実乃里の手元を見ていた。
うん。やっぱりどこにピースがはまったのか分かんない。
それからしばらく実乃里とミルクパズルを続けた。途中でジュースとお菓子を支給してくれたお母さんが、なんか嫌そうな表情を一瞬見せた気がしたけど、気にしないことにした。
今日、外の天気は雨。シンシンと降り注ぐ雨が、わたしの家の雨どいに当たる音がなんとなく心地よい。いつもならまだ明るい時間だけど電気の点いた部屋の中、無心でパズルをする――ハズだった。
「ねぇ、陽菜っていつもは1人でコレやってるんでしょ?」
今日は実乃里がいるし、彼女にはわびさびの心が無いから、落ち着いていられなくて話しかけてくる。その度にわたしは手を止めることなく上の空で返事をするのだ。
「そうだよ」
「コンポあるんだし、音楽かけたりしないの? いつも無音なの?」
「うん」
流し目でタンスの上のコンポを見る。お母さんがこまめに掃除をしてくれているからキレイだけど、そうじゃなかったらとっくにホコリまみれなのに違いない。わたし自身はCDやMDの類は持っていない。つまりあれは使えない機能満載の無意味にデカいラジオだ。
そして現代っ子のわたしは、自室でラジオを聴くぐらいなら居間でテレビを見る。つまり必要性ゼロ。つまりあれは美的センス皆無な置物だ。
「うっそ。結構高い奴でしょ、アレ」
「そうなの? お父さんのおさがりだからよく分かんない」
「えー、もったいない。使わないならちょーだい」
「どうぞ」
「雨だからカンベンして」
はいはい。予想通りの会話の流れをこなしながら、わたしは持っているピースを回転させながら当てはめていく。運よく形が合致して、ぱちんとはまる。何度経験しても、気持ちいい感触だ。
最初は何度も話しかけてきた実乃里だけど、次第に会話の長さも頻度も減っていく。お母さんからの補給物資が空になる頃には、会話なんて無くなっていた。2人ともパズルに夢中になっていたということだ。
その世界から引きずり出されたのは、お母さんの一喝。いつの間にか部屋に不法侵入してきたお母さんが大きい声を上げた。
「陽菜、実乃里ちゃん、もう7時だからもう片付けなさい」
我に返ったわたしと実乃里は顔を見合わせる。しばらくきょとんとお互い見つめ合っていたわたしたちは、どちらからともなく手中の欠片を小箱に放り込む。その小箱は桃色だったハズなのに、今にもこぼれ出してしまいそうな量まで白く染まっていた。
「ごめんね実乃里、遅くなっちゃって」
今日は全く出てこなかったくせに太陽は仕事を終えて、空は真っ暗。わたしはお母さんの一声で実乃里を家まで送ることになった。「夜道に1人は危ないから」って、帰り道はわたしが1人になるんだけど。
「いやいや、中々のめり込んじゃったよ。面白いね、絵が無いジグゾーパズルっていうのも」
雨のしたたる空に開いた傘をかざしながら、実乃里は笑顔を浮かべる。並んで歩いているわたしも、きっと同じ表情をしていたに違いない。
でも。実乃里はふと浮かない表情を浮かべてため息交じりに呟いた。
「結局2人でもあんまり進まなかったね、アレ」
実乃里が考えていることは、きっと毎日のようにわたしは考えている。いつも自分に言い聞かせているみたいに、心強い言葉を口に出せば良かった。でも、自分の口から出てきたのは、もっと弱々しいセリフだった。
「確かに。終わるのかなぁ」
笑顔で何言ってんだ、わたし。ちょっと自己反省。実乃里がいない方に顔を向けて1回大きく深呼吸。その間に、力強い声が聞こえてきた。
「終わるよ」
「えっ」
「終わるよ。だって、終わるまでやるんだから」
わたしは思わず噴き出した。どういう論理なんだ、それは。実乃里を見ると、大真面目な表情を浮かべていた。わたしはちょっと気圧された感覚。
「へ、変な考え方するね実乃里」
「そう? だってさ、今日のミルクパズルだって、1つのピースに対して999ピース×4辺で約4000も候補があるんだよ。確立にして……えーと、計算出来ないけど、スッゴイ低いよ」
「コンマ1パーセント以下だね」
「そう。でも、やっぱゼロじゃないじゃん。だったら、成功するまでやるから100パーセントだね」
「やっぱその論理おかしいって」
わたしはクスクスと笑ってしまった。手に持った傘がちょっと揺れて、そのせいで雨が侵入してきた。会話が終わったので鼻歌を歌う実乃里を見て、感心する。
それからは特に2人の間に会話は無くなって、しばらく歩き続けている間に実乃里の家が見えた。わたしは家から数歩離れたところで立ち止まり、実乃里はそのまま歩き続けていく。
ドアの前の柵を開けると、実乃里は振り返った。
「陽菜、明日もミルクパズル誘ってくれる?」
意外とミルクパズルに乗り気な実乃里。わたしはおかしな気分で、笑顔を浮かべた。
「いいよ」
「ありがと。絶対完成させようね、陽菜」
大きく手を振ると、実乃里は自宅に入って行った。残されたわたしは、降り返した左手を見つめた。傘からはみ出した位置にあるのに、濡れていない。試しに傘を頭からどけてみると、降ってくる水滴はいつの間にか弾切れを起こしていた。空を見上げれば、薄くなった雲の奥で満月が霞んで見えている。幻想的で、キレイ。
わたしは自分の傘を閉じて、まとわり付いた雨をふるい落とす。そして付属のヒモで細く縛る。雨上がりの冷ややかな空気が涼しい。
「……明日も晴れるかな」
今日は雨だったけど。
わたしは踵を返して、自宅へと歩き出した。そこで待っているのは、完成する予定の未完成なミルクパズルとその欠片。いつ終わるか分からないけど、絶対完成させるから。わたしは、いつの間にか走り出していた。
途中で踏みつけた水溜まりから水が跳ねて、辺りに飛び散った。




