2、正義の味方(2)
「あ、いや、俺は」
「そこの不良たちは何!?あなたがやったの?」
単純に状況だけを見れば、彼女にそう思われても仕方がない。
「俺は悲鳴を聞いて来ただけなんです、信じてください!」
必死に弁解する明人を見て、まだ疑っているという顔をしつつも女性警官はとりあえず警棒をおろした。
それを見て明人は安堵のため息をもらす。
「手を見せなさい」
「手?」
明人が大人しく手を差し出すと、女性警官はその手をじっと見つめる。
「…人を殴ったにしてはきれいすぎるわね」
「だから俺じゃないですから!」
女性警官が地面に倒れたままの不良に近づき一人ひとりの肩を叩いていくと、彼らは小さなうめき声を出しながら目を覚ましていく。
しばらく何があったのか分からないで虚ろな目をしていた不良たちは突然悲鳴をあげると、揃って後ずさりして逃げようとした。
「こら、しっかりしなさい!あ、君はそこにいなさい」
釘をさされた明人は逃げることも出来ず、彼女が不良たちに話を聞いているのをじっと待つしかなかった。
スマートフォンを確認しても連絡は誰からも入っていない。
そうすると、我妻や優花のところにプロフェットは現れていない、ということになる。
本当にこれはプロフェットの仕業なのだろうか…などと考えているうちに、不良たちは皆起き上がり、女性警官にぺこぺこと頭を下げつつ路地裏へ逃げるように消えていった。
「あの人たち、大丈夫だったんですか?」
「ちょっと気絶した程度だもん、大丈夫でしょ。あ、わたしは久米と申します。あなたは?」
久米と名乗った女性警察官は警察手帳を取り出して明人に見せた。
久米はとても若く、大学を卒業してからまだ数年しか経っていないような印象を受ける。
「あ、橘です、橘明人。」
「橘さん、さっきの人たちを気絶させた犯人、見ませんでしたか?」
久米と名乗った警官はメモ帳を取り出しながら明人に質問した。
「いえ、俺が来た時にはみんな倒れてました」
「なるほど…まずいわねぇ」
これが聞き込みってやつか、などと明人が呑気なことを考えている隣で、久米は大きなため息をつきながらメモ帳をしまう。
周りに年齢が近そうな明人以外は誰もいない路地裏だからか、久米の話し方は警察官というよりは素の彼女のものに近いようだった。
「何がまずいんですか?」
「最近この手の事件が多いでしょ。それの捜査してるのよ、わたし」
「あ、もしかして正義の味方の件ですか?」
久米は全体的に真面目そうな雰囲気なのだが、そうなのよ…と答えた時の表情はとてもやる気があるようには見えない。
「どうせ対象は人様に迷惑かけてるやつなんだから、別に放っておけばいいと思うんだけどね…あ、今わたしが言ったこととか捜査の内容しゃべったこととか、誰かにばらしたら」
「だ、大丈夫ですよ!」
「その時は逮捕しちゃうからね」
いたずらめかして笑った久米は、明人をおいてさっさと路地裏を出ていった。
「やはり明人のところでしたか。我妻さんもわたしもハズレだったので、恐らく…とは思いましたが」
「しかし警察に捕まるとは、なかなか貴重な経験をしたな」
「その言い方は語弊があるのでやめてください」
事務所に戻った三人はそれぞれの報告をしていた。
報告といっても我妻と優花の方は何もなかったので、話しているのはもっぱら明人だ。
「何か変わったものとか見なかったのか?」
「はい。僕が行った時にはもう終わっていて…」
「でも、昨日襲われた人たちはすぐに目を覚ましたんですよね?これまではもっと容赦なくやられていました。この違いは」
「橘、だろうな。急に誰かが来たから途中で止めた、そう考えることもできる」
いろいろな推理はできるのだが、それを確証に変えるには情報が明らかに少なすぎた。
「しょうがない、明日も見回るしかないな。アプリの方は俺が見ておくから、また明日連絡するってことにしよう」
我妻のその一言で解散になった。
明人が出ていった後、事務所に残った我妻と優花がパソコンに向かい仕事を片付けている。
「…優花はどう見る?」
「なんとも言えませんが…可能性はあると思います」
「まいったな…」
我妻はあごに手を当ててため息をついた。