1、ヒーローの条件(5)
またも体当たりしようとするシャリオットを見据え、クスィーは腰を落として身構える。
シャリオットは一瞬で最速まで加速、クスィーを轢かんとする勢いで突っ込んできて、両者は衝突する。
予想以上の衝撃にクスィーは押され後退するが、やがてシャリオットのスピードを完全に殺して、その巨体を受け止める。
『よしっ…』
クスィーは両足に力を込めて跳びあがり、 台車の上の男の頭を掴む。
跳躍の勢いを利用して男のあごにひざ蹴りを入れると、離れ際に右フックを一発はなつ。
男は声もなく台座に倒れこむが、同時に二頭の馬に前足を叩きつけられてクスィーはふき飛ばされ地面に転がる。
「聞こえてるか橘!」
『は、はい!』
クスィーの仮面の中に我妻の声が響く。
我妻はインカムを手に持ったまま続ける。
「シャリオットは台座と二頭の馬、それにあの男すべてでシャリオットだ。上の男だけをどうにかしたからって気を抜くな」
『我妻さん、さっき台座の部分にひびが入ってるのが見えました』
前足で蹴られた瞬間、明人は我妻が最後に放ったパンチによってシャリオットに亀裂が入っているのが目に入ったのだ。
「なら畳み掛けろ!」
『了解!』
再び突っ込んできたシャリオットの、その台座の亀裂めがけてクスィーは右手を突きだす。
その拳が寸分違わず亀裂を貫くと、シャリオットは声にならぬ咆哮をあげながら停止する。
その隙にクスィーは左、右と二度殴りつけ、拳が亀裂に当たるたびにシャリオットは後退していく。
大きく振りかぶってくりだされた右ストレートが亀裂をえぐると、シャリオットはふき飛ばされるように後退した。
「決めろ、橘!」
二頭の馬が前足で地面を何度か蹴る動作をすると、クスィーは右足を引いて身構える。
シャリオットが急加速して突進してきた瞬間に、クスィーは上半身をひねりその反動で蹴りだし、右足がシャリオットの亀裂をとらえると固いものが割れる音が周囲に響く。
クスィーが右足を下ろすと同時に、シャリオットの台座が、またそこについていた二頭の馬の体が灰のように崩れていき、その場には1枚のカードだけが残った。
スマートフォンを外すとクスィーの姿は光の粒になって消えていき、明人が姿を現す。
落ちていたカードを明人が拾ったところに、優花と彼女に肩を借りながら我妻が歩いてくる。
「これは…?」
カードには車輪が付いた台座とそこから生えているような赤と青2頭の馬、そして台座に立つ冠をかぶった男が描かれていた。
「今度は、ちゃんと説明します」
「契約の話もあるからな。ま、とにかく場所を変えよう。ここから先は俺たちの仕事じゃない」
「契約…?」
明人たちが話している間に、真っ黒なスーツ姿の男たちが先ほどまでクスィーとシャリオットが戦っていた場所に集まっていた。
戦闘の後、明人は小さな事務所のような所に連れてこられた。
部屋には机とパソコンと本棚しかなく、床にはまだ開けていない段ボールがいくつか置かれ、椅子も我妻と優花、明人の三人分しかない。
「ここに来てまだそんなに経ってないから片付けが終わってなくてな。さて、どこから説明するか」
「シャリオット、あの怪物は何なんですか?」
優花は少し眉をひそめたが、それは一瞬のことで明人は気付かない。
「わたしたちはプロフェット、と呼んでいます。シャリオットはその中の一人なんです」
「ということは、あんなのがまだ何体もいるのか…」
「その通り、あと二十人いる。俺たちの目的はプロフェットを全て封印することだ」
「プロフェットの本体はカードです。シャリオットを倒した時に拾いましたよね」
優花はシャリオットのカードを取り出して明人に見せる。
「彼らはある心の性質を強く持つ人間に近づき、その人物に取り憑く。憑かれた人物は心をだんだん奪われていく。取り憑いている間もその性質を持った者の心を奪うために人を襲うんだ」
「まさか!失踪事件や昏睡状態になった人たちは…」
「失踪者は取り憑かれた方、昏睡状態の人は心を奪われた方です」
「そんな…」
明人は無意識にスマートフォンを握りしめていた。
「安心しろ。プロフェットを倒せば、心を食われた人たちもいずれ目を覚ます」
「なら、頑張ります!」
「次は契約ですね」
我妻が明人の前に数枚の紙を並べた。
「契約ってさっき言ってたやつですか?」
「クスィーは一応重要機密でね。民間人のお前にクスィーを任せるとなるとお偉いさんがうるさいんだ。だから橘、お前をアルバイトとして雇う」
書類の空欄になっている所を我妻は指でトントンと叩く。
なにやら細かいことがいろいろ書いてあったが、我妻が指差したのは名前を書く欄だった。
「ごちゃごちゃ書いてあるが、要するに、クスィーの力を悪用するな、全てのプロフェットを倒したときには3000万円の報酬を出す、って内容だ」
「さ…!?」
「命懸けで戦うんだ、妥当な値段だと思うぞ。これにサインしたら、もう戻れない、分かるな?」
明人は我妻の言葉でことの重大さを改めて理解したが、覚悟を決めペンを握る。
普段よりも丁寧に書いたつもりだったが、字が少し震えていた。
「よし、これでお前はうちのアルバイト、雇われヒーローだ。よろしく頼む」
我妻が差し出した手を明人が握った瞬間、机の上の電話が鳴り始める。
「優花、橘を送ってやってくれ。あと、例の話も頼む」
我妻はそう言ってから受話器を取り上げる。
優花は明人を連れ立って事務所を出ていった。
日はすでに傾き、東の空が夜の色に変わってきていた。
「明人、これからよろしくお願いします」
「あぁ、こちらこそよろしく。ところで例の話って何のこと?」
優花は立ち止まり振り返る。
「実は、シャリオットはたまたま出くわしただけで、わたしたちが探していたのは別のプロフェットなんです」
to be continued…
「イレギュラー・ヒーロー」を読んでくださった皆さま。はじめまして、TSKです。
第1章ヒーローの条件、いかがだったでしょうか。
久しぶりの小説でうまくできるか不安でしたが、なんとかまとまりました。
皆さまからのご意見ご感想その他もろもろ、いつでもお待ちしてます。
宣伝、ではな…すいません、宣伝です(笑)
もう1つ、14 summer という小説も書いているので、もし良ければそちらも読んでみてくださいm(_ _)m
では、第2章「正義の味方」もぜひお願いいたします!