1、ヒーローの条件(4)
「確かにあなたは熱血漢でもないし、抜けているとも思いません。クールに何でもこなすタイプにも見えません」
「…」
「だいたい、そんな人が都合よく現れたりしないし、それがヒーローの条件じゃありません。必要なものは、」
自分に楯突き、2度も邪魔をした者が膝をついているのを見て、台座の男がどこからか取り出した杖の先をクスィーに向ける。
2つの車輪が高速で回転し始めたかと思うと、今までよりもさらに急な加速でクスィーに突撃した。
『単調、なんだよ…!』
両足を踏ん張り立ち上がったクスィーは、シャリオットが突っ込んでくるタイミングに合わせて拳を突き出す。
高速で移動するシャリオットにとって、そのパンチはちょうどカウンターのような効果になり、壁にぶつかったかのように弾き返され、台座のような部分が横転する。
「守ろうとする、意志と力です」
シャリオットの突進を正面から受け止めたクスィーも同様にふき飛ばされ、地面に叩きつけられる。
その拍子にベルトからスマートフォンが外れ、その瞬間クスィーのスーツは青い光の粒になって消えていき、、うずくまった我妻の姿だけが残された。
「我妻さん!」
とっさに優花が我妻に駆け寄り、続いて明人がその背中を追う。
「大丈夫、だ…」
途切れ途切れの声でなんとか答えた我妻を見て、優花は一瞬ほっとした表情を浮かべてから、スマートフォンを拾う。
「力は私があげます。だからあなたは、意志を持ってください」
スマートフォンを差し出しながら、優花は明人の目をまっすぐに見て語りかける。
「では、もう一度…ヒーローに、なりませんか?」
明人は差し出されたスマートフォンと未だ動けずに横たわったままの我妻、そして向こうに倒れているシャリオットの姿を見比べる。
シャリオットは倒されてもなお戦意を失っておらず、台車前面の馬が体を震わせると台車が浮き上がるようにして元の体勢に戻る。
台車の上の男は、自分の前に何度も現れた謎の敵に警戒し、こちらを睨んだまま攻撃のタイミングをうかがっていた。
「ヒーロー、か…」
伸ばした右手が微かに震えていることに気付いて、明人は拳をギュッと握りしめる。
「柄じゃないけど…それで誰かが助かるなら、俺は!」
澄んだ青色のスマートフォンを優花から受け取ると、それはまるであつらえたかのように明人の手の中にぴったりと収まった。
「力はもらうよ。思いは借り…いや、継がせてもらいます!」
「Ξ《クスィー》のマークのアイコンをタップして、画面に数字が出たら9、4、1、それからエンターを押してください!」
優花の言う通りに941を押してから、Enter と書かれたところを押す。
『Forwarding』
先ほどよりもはっきりとした電子音声が発せられると同時に、明人の腰にベルトが現れた。
明人は右手に持ったスマートフォンをベルトの左側のスロットに差し込み、そのまま右手でスロットをベルト中央にスライドさせる。
「変身!」
『Release』
眼前に現れた青く輝く扉に向かって明人は左手を伸ばす。
光の扉が明人の方へゆっくりと移動してきて、明人の左手から肘、肩へと順に飲み込んでいき、扉をくぐったところから明人をクスィーの姿に変えていった。
『あれ、色が…』
明人はクスィーとなった自分の姿、その腕を見てつぶやく。
体やアーマーのフォルムは先ほどと同じだが、白かった部分は闇夜のような黒に、胸部のアーマーや双眼はサファイアを太陽に透かしたような澄んだ青色に変わっていた。
「余所見するな!」
我妻の声にはっとした明人は、シャリオットの方へ向き直る。
シャリオットの車輪が回転し始めると、2頭の馬の前足が同時に地面を蹴る。
クスィーは手首をスナップさせるように一度腕を軽く振ってから、優花と我妻の方へシャリオットが向かわないようにと二人から離れるように駆け出した。
「適合率が違うと色まで変わるのか…お前、あいつに余計なこと言わなかったか?」
「我妻さんが変身する理由を聞かれたので、この間きいた言葉をそのまま伝えましたよ」
素知らぬ顔で答える優花に「余計なことを」と言いながらも、我妻はまんざらでもないという顔で笑う。
「それで継ぐ、か。真面目というか、お堅いというか」
「我妻さんもそういうの嫌いじゃないないですよね?」
我妻は肯定の言葉の代わりにふっと鼻で笑ってから、クスィーの方に視線を向けた。