1、ヒーローの条件(2)
そのニュースも明人は知っていた。
暇な時に携帯電話をちょこちょこ覗いていれば、大抵の出来事は目に入るものである。
「あの原因不明で治るかもまだ分かっていないっていうニュースですよね?」
おかしな質問をしてくる謎の二人組に内心首をかしげながら、それでも明人は会話をしてしまう。
そういう性格なのだ。
「もし、君が危険をおかせばその人たちを救える、と言われたら…どうする?」
「危険…ですか?」
男は真剣な目で明人を見ていた。
まるで値踏みをしているかのような凄みのある眼差しは、男の口調が丁寧なものではなくなったことなど明人に気付かせない、それほどの迫力があった。
「分かりませんが…出来ることなら何かしたい、と思います」
「なるほど、答えてくださりありがとうございました」
男は再び丁寧な口調でそう言うと、おかしな質問の連続にいぶかしげな表情を浮かべる明人に背を向けた。
女の子は明人ににっこりと微笑んでから男の背中を追う。
「なぜ本当のことを直接言わないのですか?」
少し離れてから女の子は男に尋ねた。
その目にはやや不満の色がある。
「俺は見たものしか信じないんでね」
「大丈夫、明人はやってくれますよ」
「それは予言か?」
ふと立ち止まって男は女の子を見た。
女の子は気負う様子もなくあっさりと答える。
「いいえ、確信です」
翌日、明人はいつもと同じように大学へ行き、いつも通り講義を受けた。
昼になり、学食へ向かおうとしたその時、彼は自分の名前が呼ばれるのを聞いた。
ふと振り返ってみると、そこには昨日の女の子が立っていた。
「君って…うちの学生だったの?」
もっと気の利いたことの言えないものかと明人は心の中で舌打ちするが、実際に言えないのでどうしようもない。
「ついてきてください、明人さん」
明人の質問には答えず、女の子は昨日と変わらない柔らかな声と微笑みを残して一人で歩きだした。
「お前いつの間に…どこの学部の子だよ?1年?」
「いや、知らないから!昨日会っただけで…あぁ、行ってくる」
友人のうらめしそうな視線を背中に受けながら、明人は女の子を追った。
「君の名前は、というか俺に何の」
「それは着いてからお話しします」
女の子にやんわりとした口調で言葉をさえぎられても、明人は不思議と嫌な気分にはならなかった。
「で、君の名前は?」
連れてこられたカフェで明人はまずコーヒーを注文し、それから女の子に尋ねた。
オープンテラスのある雰囲気のいい店だが、あまり人はいない。
かかっているBGMは古めの洋楽で、明人は一人ではまず来ないな、と思った。
「私は秋山 優花と言います」
女の子はぺこりと頭を下げ、それに伴い髪が揺れる。
「あ、俺は」
「明人さんですね、知っています」
「なんで知って」
怪訝そうな表情を浮かべた明人の言葉をさえぎり、優花は質問した。
「ヒーローって、どんな人だと思いますか?」
「…君はよくさえぎるね」
明人は苦笑を浮かべながらコーヒーに口をつけた。
コーヒーの味の良し悪しなんてものは実際のところ明人にはあまり分からないのだが、いっぱいに広がる香りから多分おいしい部類であろうことが分かる。
「すみません」
優花は軽く頭を下げてから、でも と続ける。
「それだけ緊急なんです」
「緊急な時に聞く質問じゃないような気がするけどね」
冗談半分で言ってみたが、優花の目が答えを促しているのを感じて明人は一瞬考える。
「熱血の塊みたいな正義の味方、ちょっと抜けているけど憎めない愛すべきバカ、もしくは何でもこなすクールなイケメンか…」
「随分いろいろ出るんですね」
優花は少し驚いたような目をしつつ目の前に置かれた紅茶に手を伸ばす。
「まぁね。昔はいろんなヒーローもの見てたからさ。少なくとも俺は柄じゃないよ」
「なぜですか?」
「主人公ってのは特別だから話になるんだよ。俺みたいな普通で真面目なやつでは面白くない」
「ヒーロー、なりませんか?」
優花の双眸がじっと明人を見つめていた。