2、正義の味方(6)
「どうしてですか!久米さんは病院にいるはずですよね!?」
「まだ詳しいことは分かっていないが、どうやらあのアプリに書き込まれた人間が片っ端から襲われているらしい。プロフェットを目撃したって証言も上がってる」
「…俺、行ってきます!」
「わたしも行きます!」
明人は場所を確認すると机の上のスマートフォンを掴み事務所の玄関へ向かい、優花はその後を追った。
二人が出ていってから我妻は煙草に火をつけた。
優花がいる時に吸おうとすると体に悪いと怒られるのだが、今なら邪魔されることはない。
「さて、俺も仕事するかな…」
我妻はシャツのボタンを一つ外すと、電話をかけつつパソコンに向かった。
ディスプレイ上にはいくつもの小さな画面が映り、我妻が操作する度に表示がどんどん変わっていく。
一旦電話を切ってからしばらく画面をじっと見ていた我妻は、再び電話に手を伸ばした。
『はい優花です』
「今から言う場所に橘を連れて向かえ。次に襲われるやつは多分そこにいる」
「我妻さんは何て?」
「歩きながら話します。こっちへ」
優花が歩きだしたので明人もその後を追う。
辺りは街灯に照らされていて明るいとはいえだいぶ暗くなってきており、時間帯的に自宅へと向かう会社帰りのサラリーマンや部活終わりの学生たちも多い。
「まず、久米さんが病院にいることは確認されたそうです。今『正義の味方』を使って人を襲っているのは」
「別の誰か、ってこと?」
「はい。ジャスティスは一日に一回しか襲わなかったのですが、今はこの辺りで立て続けに人が襲われているみたいです」
明人と優花が辺りを見渡しながら歩いていると、突然二人の前方で悲鳴が上がった。
その場から逃げようとする人たちをかき分けながら人混みの中を進むと、プロフェットが髪を金色に染めた制服姿の少女たちへと近付いているところだった。
「おりゃ!」
助走をつけた明人が飛び蹴りすると、突然の攻撃にプロフェットはたたらを踏んで後ずさり、逃げるようにそのビルの屋上へと跳び上がった。
「明人は追ってください!あれは分身みたいなもので、本体が近くにいるはずです!」
「分かった!」
尻餅をついている少女たちを優花に任せて明人がビルに入り屋上へと向かった。
明人が屋上へ上がると、別のプロフェットが柵から身をのり出して下を見ていた。
少女たちを襲っていたプロフェットと形は似ているものの体は一回り大きく、頭には冠をのせ、先端に十字架が付いた杖を持っている。
「…何してるんだ?」
「うわっ!」
その時になってようやく明人の存在に気がついたプロフェットは振り向いた拍子に元の姿に戻った。
現れたのはいかにも気の弱そうな男性で、髪はぼさぼさで長年着ていると思われる少しくたびれたジャージを身につけている。
「お前が『正義の味方』の偽物か?」
「違う!僕が正義の味方だ!」
その言葉を聞いた瞬間、明人は目を細めて男を睨みつけつつスマートフォンに番号を打ち込む。
「俺は本物を知ってる。なんであのアプリを使った?」
「ぼ、僕を散々バカにしてきたクズどもに懺悔させてるのさ!それに、あれを使えばみんなが僕に注目するだろ」
「あれを作った人は世の中を良くしたいって思ってた…お前のくだらない見栄のために使っていいもんじゃないんだよ!」
明人がベルトにスマートフォンを差し込んで変身すると、男も慌ててカードを取り出して自分の胸に押し当てる。
プロフェットに変身してすぐに杖で地面を二度打つと、どこからか先ほど少女たちを襲っていた分身が二体現れてクスィの前に立ちはだかった。
「こ、これで三対一だぞ!」
明人は何も言わずにプロフェットの方へ歩きながらスマートフォンの画面に触れてフリックする。
『Realise Justice … Sword!』
電子音声が発せられるのと同時に地面から一本の剣が伸びてきて、クスィは右手で
その柄を握りしめて剣を地面から引き抜いた。
「い、行け!」
プロフェットに命じられるまま二体の分身が接近してきてもクスィは歩みを止めず、駆け寄ってきた最初の分身に剣を降り下ろし、続いて飛びかかってきたもう一体を返す剣で切り払う。
分身があっさりとやられてしまうと、プロフェットは大声をあげながら杖を振りかざしてクスィに向かってきたのが、杖はあっけなく弾き返され、自身はクスィが突き出した剣の切っ先で胸部を打たれてふき飛ばされた。
「ご、ごめんなさい!許」
「うるさい」
『Execution!』
クスィが再び画面に触れるとスマートフォンから電子音声が発せられ、同時に剣の刃が青白く発光し始める。
プロフェットが四つん這いになって逃げようとするのを尻目に、クスィは剣を大上段に構えるとそのまま一気に降り下ろした。
大きな爆発と共にプロフェットの姿は消え、クスィは立ちこめる煙の中に横たわる男の傍らからカードを拾い上げた。
「偽物はハイロファントだったか…しかし、倒したって連絡がきた時は驚いたぞ。ずいぶんあっさり倒したな」
「ぐ、偶然と言いますか、ちょっとキレてたと言いますか…」
事務所に帰ってきた明人から受け取ったカードを見ながら吾妻が言うと、明人は少しばつが悪そうに頭を口ごもった。
「『正義の味方』の方も停止させましたし、これでこの件は解決ですね。あっ、吾妻さん、また煙草吸いましたね?」
「あー…そうだ橘。お前、今度の休みに時間あるか?」
優花に睨まれた吾妻はわざとらしく視線を外すと、思い出したかのように話を明人へふった。
「特に予定はありませんが、どうかしたんですか?」
「お前に挨拶しておきたいって社長が言ってるんでな。今度本社へ連れていく」
「社長、ですか?そういえば、ここのことをちゃんと知らないような…」
「まぁその辺の詳しい話も、社長がしてくれるだろ」
「シャリオット、ジャスティスに続いてハイロファントまでやられたみたいだよ」
とあるビルの一室、電気もついておらず月明かりに照らされた生活感がない殺風景な部屋で、男が暗闇の方へ話しかけた。
部屋に一つ置かれたソファーに男は座り、両側に座らせた二人の女性の肩に手を置いている。
「あら、ジャスティスまで封印するなんてあの子もなかなかやるわねぇ。今度挨拶にでも行こうかしらねぇ?」
暗闇の中からゆっくりと現れた女性の微笑みが月に照らされて妖しく浮かび上がった。
to be continued …