2、正義の味方(5)
明人は一人でベンチに座っていた。
広場と呼んだ方が正確な気もするこの公園には、昼間だというのに明人以外は誰もいない。
植えられた広葉樹は青々とした葉を繁らせ、その色からは近付く夏の気配が感じられる。
しばらく待っていると、コツコツという足音と共に久米が現れた。
「こんにちは橘さん。公園にわざわざ呼び出すなんてどうしたの?」
「久米さんに大切な用があるんです」
「あら。私を手伝ってくれる気になってくれた?」
少し嬉しそうな顔で歩いてくる久米に対して、明人はスマートフォンを突きつける。
「いえ、あなたを止めます」
その言葉を聞くと久米は歩みを止め、じっと明人を見つめた。
「無理よ」
「やります」
「私を止めたとして、あんな人たちはどうするの?」
「それをどうにかするのは警察官としての久米さんの仕事です」
「警察じゃダメだって話、したわよね?」
「久米さんの気持ちは分かります。でも、プロフェットの力を使うってやり方は違うと思うんです」
二人は互いをじっと見つめたが、やがて久米は大きなため息をついた。
「これじゃ平行線のままね。どうしても邪魔するって言うなら…容赦しないわよ、橘さん」
そう言うと久米は懐からジャスティスのカードを取り出した。
「俺が貴女の正義を守ります、久米さん」
明人はベルトを呼び出してスロットにスマートフォンを挿し込み、久米はカードを自分の胸に当てる。
「変身!」
『Release』
電子音声と共に現れた光の扉が明人に迫ってその体を包むのと同時に、久米の姿がジャスティスへと変わる。
クスィーは右手をスナップさせるように腕を振ってから走りだし、ジャスティスは剣を構えてクスィーを迎えた。
クスィーはジャスティスの剣を籠手で弾き、さらに一歩接近して拳をくりだす。
ジャスティスがクスィーの肩口を突いてくれば、クスィーはジャスティスを蹴りつける。
両者とも一度攻撃しては一度攻撃されるということを繰り返していた。
「ジャスティスの能力には気付いたみたい、ね!」
ジャスティスが振り下ろした剣を、クスィーは腕を交差させて受け止める。
「優秀な仲間がいるんですよ、俺には!」
クスィーは剣の柄を膝で蹴り上げるとジャスティスは剣を離してしまい、飛ばされた剣が地面に転がっていった。
「防御、ですか?」
久米と待ち合わせした時刻からさかのぼること一時間、明人は我妻と優花に呼び止められた。
「そうだ。闇雲に攻めれば、やつの天秤の力で一気にタコ殴りされることは間違いない。そこで今回の作戦は、ジャスティスからの攻撃をまず防御、それから反撃しろ。手数じゃなくて攻撃の質に気を使え。それが第一段階だ」
「分かりました。第一段階ということは…?」
「もちろん第二もありますよ、明人」
クスィーと剣を失ったジャスティスは文字どおり一進一退の殴りあいを続けていた。
ジャスティスが一発殴れば、クスィーが一発反撃する。
ジャスティスが二発攻撃すれば、クスィーは蹴りを交えつつ同じく二発攻撃した。
「まったく、これじゃ我慢比べね…私の正義と貴方の正義、最後まで残るはどちらかしら?」
ジャスティスは一旦クスィーとの距離をとり、肩で息をしながら左手を伸ばすと、その手の中に天秤が現れた。
我妻の読み通り天秤はどちらにも傾いておらず、ジャスティスは再び天秤を消した。
「正直言って、俺は正義なんて、語れるような人間じゃないですよ。久米さんと違って、迷惑な不良を見ても、避けるだけでしたからね」
クスィーも息を切らしながらジャスティスの問いに答える。
「あら、なら橘さんはなぜ戦うの?人を襲う悪い怪物を許せない、とかじゃないの?」
ジャスティスはやや自嘲気味に言ってみせた。
「誰かを助けるために、俺に出来ることがある。だから戦うんです!」
そう言うとクスィーはジャスティスに向かって駆け出し、勢いそのままにジャスティスを殴りつけた。
よろめいたジャスティスにクスィーは連打を放ち攻撃を重ね、ジャスティスは昨日と同時に身を守るようにガードを固める。
耐えきれなくなったジャスティスがクスィーのパンチでふき飛ばされて地面を転がった時、ジャスティスの左手に淡い光を放ち片側に大きく傾いた天秤が現れた。
「け、剣がなければ、ジャスティスの力が使えないって、わけじゃないのよ…!」
ジャスティスは息も絶え絶えに言うと、なんとか起き上がろうと膝を立てる。
「これで終わらせます」
クスィーはベルトについたスマートフォンの画面に触れた。
「ジャスティスにある程度のダメージを与えたら、作戦は第二段階だ。それまではお前も攻撃を受け続けるわけだから、作戦を移行するタイミングに気を付けろ。後半はとにかく攻撃しろ」
「えっ、それだと前回と同じことになりませんか?」
「前回の戦闘から判断するに、ジャスティスは 攻撃回数にかなりの差が出るまでは天秤を使わないと思われる。だから、その力を使われる前に倒せ」
「スマートフォンの画面をフリックすることで、クスィーは倒したプロフェットの能力を再現することが出来ます。その後でもう一度画面をタップしてください」
『Realise Chariot … Sonic !Three 』
ベルトから電子音声が発せられるのと同時にクスィーは一瞬でジャスティスに接近し、天秤をかかげようとしていた左腕を払いのけた。
『Two』
ジャスティスの顔面にクスィーの左右の拳が何発も打ち込まれる。
『One』
クスィーは渾身のアッパーでジャスティスの上体を起こすと、一瞬で離れてからスマートフォンの画面をもう一度触った。
『Execution !』
電子音声の後、少し助走をつけてから跳び蹴りの構えをしたクスィーはジャスティスに当たる直前に急加速し、その勢いでジャスティスを蹴り飛ばした。
クスィーが着地するのと同時にジャスティスは仰向けに倒れる。
灰色の体が崩れていき、気を失った久米と一枚のカードだけが残った。
「ふぅ…」
大きなため息をついてから変身を解除した明人がカードを拾ってから久米を抱きかかえたところで我妻と優花が駆けつけた。
「結構やられたなぁ」
久米を病院へ連れて行ってから三人は事務所に戻った。
「作戦が作戦でしたか痛っ」
「大丈夫ですか!?でも我慢してください」
優花が明人の傷に消毒液を塗っているのだが、明人が痛がっても優花は容赦しない。
やられた、と言っても数ヵ所の擦り傷程度で済んでいるのは、やはりクスィーのおかげである。
「はい我妻です。はい…分かりました」
突然かかってきた電話をとると我妻の表情はどんどん沈んでいった。
電話が切れた後もその顔は曇っていたが、やがて我妻は重い口を開いた。
「…『正義の味方』がまだ動いてるようだ」