1、ヒーローの条件(1)
ゴールデンウィークの連休が明け、つい数週間前まで大量にいたガチガチの新入生の姿がだいぶ見えなくなってきた、そんなとある晴れた日の昼下がり。
その少年、いや青年はある掲示板の前で一人ため息をついていた。
短めの髪は陽の光のもとではやや茶色くみえるものの、全体的な色合いからそれが染めたものではないのが分かる。
高いというほどの身長ではないが小柄ではない彼の前には、『本日休講』の文字が並んでいた。
「はぁ…帰るか」
彼の名前は橘 明人、大学2年生の19歳。
これから起こる一連の出来事について、まだ何も知らない。
「あれ、ガラさん帰るの?」
「休講だったの忘れてて、来ちゃったんだよ」
親しい学生は明人のことをガラさんと呼ぶ。
その理由は彼の手の中にある携帯電話、いわゆるガラケーのせいだ。
入学当時、スマートフォンではなく二つ折りの携帯電話を使っていたのが知り合いの中で彼だけだったことなどからこのあだ名が付いた。
周りのみんなが馬鹿にしたニュアンスを込めていないのでその呼び方を受け入れているが、あまり名誉なあだ名ではないなと明人は内心思っている。
(そろそろ替え時かな~…)
明人の携帯電話はもう4年ほど使っていたが、彼の物持ちの良さのおかげでバッテリーの持ち具合以外は特に問題はない。
手の上で意味もなく携帯電話を開いたり閉じたりしながら考えた。
「あの彼か?」
「はい、そうです」
一人ぶらぶらと歩いている明人を、物陰から二人の男女が見ていた。
「ちょっとお時間いいですか?」
そう言われながら肩を叩かれて、明人はふと視線を上げた。
特にすることもなくなってしまったため、明人は大学からほど近い公園のベンチでぼうっとしていた。
花は散ってから1ヶ月近くたつ桜の木には緑の葉が生い茂り、それがベンチに木陰を作っている。
そこに座っているのは明人だけで、少し離れた所で小さな子どもを遊ばせている数人の母親たちがいる他は、特に人は見当たらない。
首を少し傾けるとそこにはスーツ姿の男性とワンピースの女の子の姿があった。
「はぁ…なんでしょう」
そう言いながら明人は二人を観察した。
男は30代ぐらいの雰囲気を出している。
しかし、濃い目の茶に髪を染めているものの、白髪の混じったその髪が見た目を年齢以上に老けさせていた。
女の子の方は明人と同じくらいの年齢に見えた。
肩まで伸びた黒髪が風に吹かれて少し揺れる。
「お願いです、ク」
「少しアンケート、というか質問に答えていただきたくて」
何か言いかけた女の子の言葉に被せるように、男がやや大きな声でそう言った。
「最近ニュースになっている連続失踪事件、知っていますか?」
「ええ、まあ一応…」
明人は少し警戒しながらそう答えた。
最近、失踪事件が頻発しているらしく、いなくなった人たちは老若男女さまざまで共通点はないらしい。
そのいなくなった人の幾人かは数日たって突然帰ってくるものの、失踪中の記憶はないらしい。
明人が知っているのはその程度だったが、男は頷きながら質問を続けた。
「その失踪事件、なぜ起きるのだと思いますか?」
「なぜ、ですか…よく分かりませんが、変なクスリとか、犯罪に巻き込まれてないといいな、と思います」
男の質問にちゃんと答えていないな、と明人は内心思ったが、そんな事件が起こる理由を知っているわけがないだろう、とも考えたがもちろん口には出さない。
「では次に…あちこちで人が昏睡状態になっている、って話は?」