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転入

朝。

辺りはまだ薄暗く、銀色の世界が広がっている。

しんしんと降り積もる雪の中、私は居た。

新しい校舎を目の前に。

冷たい空気を思い切り吸い込んで、白い吐息を出す。

ここが、新しい学校。

今時転校なんてめずらしいけど。

私は今年高校生になったばかり。

いろいろあって、北にあるこの学校に転入することになった。

北と言っても、まだまだ関東の方の。

田舎ではない、ごく普通の高校。

北原高校。

「こんにちは」

昇降口には、この学校の関係者らしき女性が笑顔で私をみていた。

「どうも」

礼儀正しい一礼をして、私は中にはいる。

校舎はきれいに片付いていて、汚れがほとんどなかった。

「こんな冬に転入なんて、めずらしい。大変だったでしょう。」

「いえ」

女性の胸元には、銀色に輝くバッチが輝いていて。

なんかとてもきれいに見えた。

「ええと、名前は」

「佐藤冬香です」

「ああ、すいません。私は教頭の西木。よろしくね、冬香さん」

「はあ」

軽く自己紹介を終えて、私は広い部屋に案内された。

壁には一面に賞状や優勝杯が飾られている。

「わあ…」

私は思わず感動してしまい、あわてて口を抑えた。

こんなにすごい学校は、見たことがない…。

今までいろんな学校をみたけれど、これは…

「すごいでしょ」

教頭先生が、優しく微笑んだ。

「はい…」

私がきょろきょろしていると、いつの間にか目の前にずっしりとした男性が座っていた。

「君が、佐藤さん?」

低い声で、私に問いかける。

重たそうな目が、私を見ていた。

「はい」

「おお、そうか」

男性は、にっこりと微笑んで、重たそうな体を動かしながら何かを取り出した。

「僕がこの学校の校長、遠藤です。よろしくお願いしますね、佐藤さん」

「はい」

「これがクラス表なんだけど、さっそく担任の春川が連れていくから。おい」

校長は近くにいた男性を私の隣に座らせた。

すらりとして、爽やか。

イメージのいい先生だった。

「僕は佐藤さんの担任を務める相澤綾太。普通に相澤先生で通ってる。さっそく、行こうか」

「お願いします」

私は一気にいろんな人が出てきて戸惑いながらも、かじかんだ足を動かして教室へ向かった。

廊下にはところどころ賞状や優勝杯、リボン、書道…。

なんだか私にはついていけないような気さえした。

「どうぞ」

相澤先生は、私を一番奥の教室に案内した。

ざわざわしていて、落ち着きのない感じ。

大勢の前で自己紹介したり、発表するのには慣れたけど、

やっぱりまだ緊張する。

「入って」

ざわついたクラスが、私をみて一変する。

みんなが、私を見てる。

「えと、転入生の佐藤冬香です、よろしくお願いします」

教室は寒い。

白い吐息を吐きながら、私は大勢の前でまた、一礼した。

「じゃあ、皆仲良くするように。佐藤さんは一番奥の空いているところに座って」

相沢先生は決まり文句を言うと、さっさと黒板に今日のタイムテーブルを書き出した。

冷たい椅子に、腰を下ろす。

周りは私を見て、何か話していた。

慣れないこの空気がいつも嫌だと、私は思う。

「ねえ」

「!」

トップバッターは、隣の席。

茶髪で細くて、スタイルのいい男子。

案外かっこよかったりもする。

「俺、森下裕樹。お前は」

さっき言ったばかりの名前をもう忘れる、

とんでもない馬鹿も居るもんだ。

「冬香」

「よっしゃ、冬香な」

軽く私に笑ってから裕樹君は、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「!」

思わず私は赤くなった。

こんなの、初めて。

最初はいつも溶け込めなくて困ってたのに。

裕樹君は、きっと、すごく優しいんだろう。

「ああ、ほら。転入ってさあ、緊張して溶け込めねえ奴ばっかじゃん?こうやってやんねーとさ。俺もほら、転入生だから。」

「裕樹君も?」

私は納得しながら、しばらく裕樹君の話を聞いていた。

お昼休みになるまで、ずっと。

裕樹君は気さくな人で、結構笑った。

特技はバスケであるとか、数学は得意であるとか。

この学校に転入してきた理由は両親が転勤族であるためとか、

なんと告白された数が転入してから6回もあるんだとか。

ちなみに告白した経験はないらしい。

私のことも、いろいろ話した。

だけどこの学校に転入した理由だけは、教えなかった。

どんなことをされても言えない事情があると言った。

裕樹君はそれだけ聞くと、「そうか」と頷いて別な話をしてくれた。

彼もきっと、いろんなところを見てきたんだと思う。

私が寂しくないように、してくれてる。

ありがたいことだよね、本当に。





------------------------------------


私は、昼休み。

裕樹君にお弁当を誘われたけど、

男子の中に女子っていうのも周りの目が怖かったから…。

なんとなくやめておいた。

結局裕樹君としか話さないまま。

私は屋上に来ていた。

しんしんと降り積もる雪を、ただベンチに座って見つめていた。

寒くてかじかんだ手。

白い吐息。

何もが嬉しく感じた。

やっと、故郷と呼べる場所が、できたから。

私は、幼い頃からの転勤族で。

もう、いつだったかなあ。

小学校、5年生くらいから転校を続けてた。

それはお父さんの事情で。

両親が離婚して、お父さんに引き取られた私。

再婚しては喧嘩して別れての繰り返しだった父。

一番最初の産みの親は幼い頃に別の男の人に惹かれて。

いつの間にか私と父の前から居なくなっていたんだ。


好きだから結婚したんじゃないの?

永遠に一緒に居ることを、誓ったんでしょ?

違うの?

嘘だったの?


そう、私はいつも父に聞いていた。

聞くたびに父は苦しそうな顔をして、

「ごめんな」

と一言。

私に誤っていた。

母が残した借金に追われる毎日の父。

私はいつも父の背中に身を隠していた。

だけど結局父は結構大手の会社に務めていたから借金はなんとか返すことができたけど…。

最後の転勤で、きっぱり、私の前から消えたんだ。

気付けばいなくなっていた。

私は誰もいないアパートに一人。

そして今、この学校に居る。

つらかったとは、思ったことがない。

今はむしろ嬉しい。

やっと呪縛から開放された気分だし、

やっと。








故郷と呼べる場所が、できたから。









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