『山犬様と速記者』
上州の赤城山のふもとに、速記者が住んでおりました。ある日、速記の仕事で、隣村に行った帰り、思ったより早く日が暮れて、山の中で動けなくなってしまいました。何とか道が見えないかと、目をこらしていると、遠くのほうに小さな明かりが見えるような気がします、ゆっくりと明かりのほうに歩いていきますと、少し明かりが大きくなった気がします。これはありがたいと思って、明かりのほうへさらに進みますと、とても残念なことがわかりました。
それは、明かりではなかったのです。オオカミの目でした。間違いありません、すぐそこに、オオカミ、います。オオカミのほうからも近づいてきて、ぶるぶる震える速記者の目の前で、大きな口を開けました。速記者が観念したそのとき、オオカミは、速記者の左手のそでをくわえました。そうして、ぐいぐいと引っ張るのです。食べられないとわかると、急に元気が出てきました。速記者は、オオカミに引っ張られるままに、山を下りていきますと、今度こそ、本当の明かりが見えました。オオカミは、速記者の無事を見届けると、山へ戻っていきました。
九死に一生を得た速記者は、山の中にほこらを建てて、オオカミの神様である山犬様を祭るとともに、小屋を建てて、山で迷った旅人のための宿を営んだのでした。
教訓:山の中で一晩迷ったくらいでは死なないので、速記者が九死に一生を得た、というのは、オオカミに食べられなかった、という意味である。




