第4話 魔法を操るには
光を帯びたデータストリームが彼の身体を包み込み、視界は狭まり、ぼやけ、やがて真っ白な光に覆われた。
次の瞬間、光が引き、再び眼前に景色が広がる。
聞き覚えのある鳥のさえずりが再び聞こえ、微風が落ち葉を揺らしカサカサと音を立てる。頬を撫でる風は、少しひんやりとしていた。土と木の匂いが湿った空気と混ざり合い、身体の奥深くまで染み渡っていく。
九条は身体を動かしてみた。手にした木の杖を掲げ、跳躍し、駆け出す。その全てが、まるで現実世界のようだった。
「やっべぇ!マジかよこれ!『ガイア・クロニクル』、とんでもねぇ!」
九条は興奮のあまり、手足をばたつかせ、飛び跳ね、ゲームがもたらす仮想でありながらも限りなくリアルな体験を全身で味わった。
一人で子供のようにはしゃぎ回り、ゲーム世界での身体感覚にもようやく慣れ、落ち着きを取り戻した。
見渡すと、そこにあるのは森と丘だけ。もしかしたら、ログイン画面で見た景色のどこかなのかもしれない。
「はは……本当に何もない山の中だな」
九条はあぐらをかいて座り込み、さて、これからどうしたものかと考え始めた。
このゲームにはサバイバル要素がある。食事、水分補給、そして睡眠さえも必要だ。インベントリを開くと、幸いにも携帯食料と水がいくらか入っていた。その他には、一冊の魔法書、数個の魔晶石、そして数本の初級ポーション。
バトル!そして魔法!そうだ、この森を無事に抜けるには、まず戦い方を覚えなければ!
そう思い至ると、九条はすぐに操作ウィンドウを閉じ、深く息を吐き出して目を閉じた。思考と身体を、静寂へと導こうと試みる。
鳥のさえずりは変わらず、風がそっと頬を撫でる。意識を集中させると、周囲の落ち葉の下や、茂みの中から、何かがいるような、いないような、微かな気配がした。遠くからは、時折獣の鳴き声が聞こえてくる。
しばらく経ったが、何も起こらない。
「おかしいな……魔力を『感じる』んだったよな」。
九条は座禅を組むように瞑想を続けた。精神を空にしてみたり、外界のあらゆる情報に耳を澄ませてみたり、空気の流れに意識を向けてみたりもしたが、いわゆる「非日常的」な感覚は、まったく感じられなかった。
ふと、彼は自分の頭をぽんと叩いた。「しまった!順番が逆だ!先に、内なる魔力を引き出すんだった!」
呼吸、思考、心臓の鼓動。
次第に彼は、自分の体内に、馴染み深くもどこか異質な、不思議な感覚があることに気づいた。
それが馴染み深いのは、呼吸や心拍と同じように、この身体に元々備わっているものだから。そして異質なのは、九条が現実世界の身体感覚を覚えているからだ。それは、本来の彼が持ち合わせていないものだった。
言葉にするならば、それは清涼でありながらも灼熱の奔流が、全身を駆け巡っているような感覚だった。
「これが、内なる魔力か」
そこまで来れば、あとは最初の試みと同じだった。ほどなくして、外界の環境が魔法のエネルギーで満ちていることを感知できるようになった。
本来、このプロセスはそう簡単なものではない。
ヒューマン種族が持つ一定の魔力親和性、そしてメイジという職業がもたらす魔法への習熟度。九条のように、類似の魔法感知システムを持つゲームをプレイした経験があるからこそ、ここまでスムーズに進められたのだ。
ドワーフやオークを選んだプレイヤーならば、その場で座禅を組んだまま石になっても、この「不思議な感覚」を悟ることはできなかっただろう。
しかし、次のステップこそが最も重要だ。内なる魔力を操り、外界の魔法エネルギーに干渉し、魔法を発動させる。
だが、どうやって?
インベントリの魔法書を読めばいい。それが今、最も正しい選択肢であることは分かっている。だが――今の九条は、ゲームがしたくてたまらないのだ。ゲームの中でまで、読書などしたくなかった。
イメージか?頭の中に、小さな火の玉を思い浮かべる。しかし、何も起こらない。
呪文か?「ファイアボール!」
「ウィンドカッター!」
「氷結の理よ、絶対零度の息吹を!」
「魔法の精霊よ、我が呼び声に応えよ!」
無駄だと分かっていながら、九条は敢えて口に出してみた。
だが、この一連の詠唱で魔法が発動することはなく、代わりに周囲の様子がどこかおかしいことに気づいた。先ほどから、辺りが静かすぎる。
自分の呼吸音さえ聞こえるほどの静寂。




