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第16話 再び旅立つ

「ウィンドウ、パノラマビュー起動」


 九条は生命維持ポッドからゆっくりと身を起こし、音声コマンドを発した。

 窓の外を見ると、ちょうど夜明けだ。林立する高層ビル群、遠くを行き交う飛行艇や軌道輸送機。

 ゲーム内では四日ほど過ごしたが、現実世界では一日と少ししか経っていない。


「あーあ、今日が土曜日だったらなぁ。もっと遊びたかったのに」。九条は大きく伸びをし、部屋の中を歩き回った。

 長時間ポッドに入っていたはずなのに、体の不快感は驚くほどない。ただ――あの魔法に対する感覚、空間魔法を使った時の独特な感触だけが、記憶の中にポツンと残されている。知識としてはあるのに、五感として呼び起こすことができない、もどかしい感覚だ。


「これでチュートリアルは終わり。いよいよ旅立ちだな」

 あの黒豹との死闘、そして魔法の覚醒を経てしまうと、ヒグマとの戦いはいささか刺激不足だった。アンナたち一家との別れは名残惜しいが、俺は「星界の旅人」だ!旅立たねばなるまい。


 大学へ向かう軌道列車の中で、九条は退屈そうに窓外の景色を眺めていた。心の中は、『ガイア・クロニクル』の世界でいっぱいだ。

 そういえば、魔法書はまだ1ページも開いていない。次にログインしたら、少しは目を通して、実用的な魔法をいくつか覚えておいた方がいいだろう。


「あいつ、どこまで進んでるかな」

「あいつ」とは、『ガイア・クロニクル』を九条に猛プッシュしてきた大学の友人だ。

 三ヶ月前の新サーバー「新世界」オープンと同時にプレイを始め、今頃はトッププレイヤーの一角に食い込んでいることだろう。


 だが、九条はついにデバイスを買ったことを彼に伝えるつもりはなかった。しばらくこっそりプレイして、ユニークなスキルや装備を身につけてから、あいつの度肝を抜いてやるつもりだ。

 そんなこんなで一日が過ぎた。大学の数学、エネルギーシミュレーション、先端AI基礎といった講義は、難解な上に退屈極まりない。最後の講義の課題を提出するやいなや、彼はそそくさと家路についた。


 眩い光が弾け、「狂想の主」が村に降臨した。

 ちょうど近くにいたウィリアムが、光に気づいて駆け寄ってきた。

「街で遠目に見たことはありましたが、こんな間近で見ると、やはり神の御業としか思えませんな!」ウィリアムは感慨深げに呟いた。

「ウィリアム村長!ちょうど探していたんですよ」

「どうされましたか?」

「そろそろ村を出ようと思いまして。短い間でしたが、お世話になりました」

「世話だなんてとんでもない!熊退治をしてくださった狂想の主様には、感謝してもしきれませんよ!」


 再び、ひとしきりの挨拶が交わされた。

 正直なところ、九条としては面倒くさいことこの上ないのだが、最低限の仁義を通すのがマナーというものだ。

 九条はアンナにも別れを告げに行った。彼女は午前中に森で採ったばかりのキノコを、全部彼に持たせてくれた。

江湖(こうこ)は広し、縁あればまた会わん!」

 アンナは九条の時代がかった台詞に「ぷっ」と吹き出し、笑顔で彼を見送った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


【辺境の村イベント リザルト】


 ▼戦闘評価

 テクニック:まずまず

 ダメージ:主力級

 演出:平凡

 ▼クエスト評価

 重要人物と協力し、目標を達成しました。

「巨獣の森」および一般的な生活に関する情報を入手しました。

 ▼シナリオ評価

 辺境の村でのありふれた経験。村人たちとの絆を深めました。失敗した魔法の実演が、結果的に魔法への造詣を深めた点は興味深いですが、またしても自らのユニークな武器を紛失するとは……?それが勇気ある冒険なのか、単なる無謀なのか、判断に迷うところです。


【最終評価:B】


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「けっ、分かってたよ」

 九条は唇を尖らせて評価画面を眺め、ピクセルフェアリーを呼び出して文句を言う気力さえ失せていた。今の望みはただ一つ、報酬であの杖が戻ってくることだけだ。

「報酬を受け取る!さっさと俺の杖を虚空からサルベージしてくれ!」


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【イベント報酬】


 称号を獲得:「キノコスープ」[効果:キノコスープ系アイテムの体力回復効果が上昇する]

 アイテムを獲得:黒い魔晶石[説明:魔法のエネルギーを秘めている]

 アイテムを獲得:澄んだ魔晶石[説明:魔法のエネルギーを秘めている]

 アイテムを獲得:巨獣の森・周辺地図

 装備を獲得:猟師の軽装[説明:森での狩りに適した、軽くて丈夫な服]

 武器を獲得:木の弓×1、普通の矢×10


【完了】


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「武器を獲得」の文字が見えた瞬間、九条は杖が戻ってくると期待して色めき立った。だが、手元に現れたのは木の弓だった。

「フィードバック機能ON!おい!俺の杖はどこへ行った!!」


「今回のイベント評価では、あなたがまたしても紛失した杖を再獲得するには不十分でした。それに、ご存知かと思いますが、報酬が常にあなたの希望通りになるとは限りません。況してや……」

 ピクセルフェアリーはそこで言葉を切った。

「況してや、なんだよ?」

「いえ、お気になさらず」

「てめぇ!また思わせぶりに途中で止めやがって!『況してや』の続きを教えろ!」今回は絶対に聞き出してやると、九条は決意を固めた。


「失礼しました。先ほどのは私のミスです。お詫び申し上げます。プロトコルに基づき、プレイヤーのゲーム体験を保護するため、システムは関連情報の提供を致しかねます」

「またそれかよ!じゃあ当ててやる。杖は誰かに拾われたんだろ!」九条はそう言いながら、ピクセルフェアリーの動きに変化がないか観察した。

 しかし、フェアリーは相変わらず悠然と漂っているだけだ。


「杖は空間の裂け目で消滅した!」

「一回目の回収は初心者特典で、もうチャンスはない!」

「杖は既にこのタイムラインには存在しない!」

 九条は思いつく限りの可能性を挙げたが、フェアリーは無反応を貫いた。


「なんか言えよ!」

「あなたの想像力は非常に豊かです」

「フィードバック機能OFF!」

「消え失せろ!」九条はキレて、フェアリーが消えた空を指差して罵った。


 そしてすぐさま気を取り直す。「よし、杖がないならないでいい。俺には槍と弓がある。これぞバトルメイジだ!」

 九条は地図を開き、周囲を見渡し、足元の道と照らし合わせながら、フィズの街へ向かって歩き出した。

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