第15話 クエストのそれら
幸いにも、黒い点は長くは続かず、自ずと消滅した。後に残されたのは、半径5メートルほどの大穴だけだった。
恐怖に打ち震える村人たちは、遠巻きに事故現場を眺め、もはや危険がないことを確認しようとしていた。
九条は人だかりの端で、呆然と立ち尽くしている。人々は、無意識のうちに彼と距離を取り、その目には畏敬と恐怖の色が混じっていた。
彼は、周囲の全てが馴染み深くもどこかよそよそしく感じる。始まりから終わりまで、わずか10分足らず。だが……この異様な感覚は、一体何なのだろう?
思い返せば、あの瞬間の記憶は曖昧な断片に満ちている。まるで、自分がそこに何百年も留まっていたかのようだ。
「狂想の主さん……」アンナがおそるおそる近づいてきた。「あなたの魔法……こんなにすごかったの?」
アンナの声に、九条は我に返った。
「すまない、アンナさん」。彼はどこか機械的に言った。
「どうやら、魔法事故を起こしてしまったようだ……」
アンナは慌てて人差し指を口に当て、声を潜めるようと。「幸い、あなたが事前にみんなを離してくれたから、誰も怪我はしていないわ!」
九条がまだ放心しているのを見て、アンナは惜しみなく彼を褒め始めた。
「私が普段聞く魔法って、火の玉とか、風を起こすとか、そういうのばかりだったもの。あなたのみたいなのは、初めて見たわ!狂想の主さんって、本当はものすごくすごい魔法使いなんでしょう?」
九条は大穴を数秒見つめ、やがて、その顔に笑みが浮かんだ。
彼はアンナに向かって朗らかに笑いかけた。「ハハハハハ!その通り。アンナさん、君は見る目があるな!」
「俺はこれから、このガイアを股にかける偉大な空間魔導師になる男だ。そう遠くない未来、アンナさんは、『狂想の主が、うちのキノコのスープを食べたことがあるんだ』って、自慢できるようになるぞ!」
誰も気づかなかったが、アンナの表情に、一瞬だけ寂しげな色が浮かんだ。
次の瞬間、彼女はいつもの様子に戻り、九条の自画自賛を持ち上げた。「さすがは狂想の主さんね!」
「みんなを危険な目に遭わせてしまって悪かった。でも、逆に考えれば、これで俺の実力は証明されただろ!村の人たちも、きっと納得してくれたはずだ。このお詫びは、必ずやこの問題を解決することでお返しするさ!」
アンナも、もう九条に遠慮はしない。「では、狂想の主さん、どうぞお力をお貸しください」
会話を終えた九条は、すぐさまウィリアムの元へ向かった。一通りの押し問答の末、ようやく今回の問題を彼に一任することで納得してもらった。
ヴィッセル――先ほどウィリアムと一緒にいた男性は、村の医師だった。彼によると、足跡は羊たちに踏み荒らされていたものの、午前中をかけて辺りを探索した結果、森の中でそれらしいものを発見したという。確かに熊の足跡に見えるが、少し大きいのが気になるとのことだった。
彼はまた、森に住む猟師ならもっと詳しいことを知っているはずだと言ったが、少々偏屈で話しづらい人物らしい。そこで、アンナが案内役として九条に同行することになった。
そこからの展開は、まさにお約束通りだった。
気難しい猟師を見つけ、いつものアンナによる橋渡しで交流し、手がかりを追い、二日後についに犯人――巨大なヒグマを発見した。一度羊小屋を破って味を占めた猛獣を生かしておくわけにはいかない。猟師と九条は協力して、ヒグマを仕留めた。
【クエスト目標達成】
ちなみに、杖を失ってしまった九条が使ったのは、槍だった。
ヒグマ狩りは極めて順調だった。このヒグマは、他のゲームで遭遇する厄介なモンスターたちに比べれば、取るに足らない。
突きと回避を繰り返し、不意を突いて何度か「念動力」(九条命名)をお見舞いし、あっけなく巨大なヒグマを沈めた。
その猟師は魔獣と戦った経験がある男だったが、九条の念動力と、まるで百戦錬磨の戦士のような戦闘技術を目の当たりにして、その目には畏敬の念が宿っていた。
これで一件落着。九条は村に戻り、顛末を報告した後、ログアウトすることにした。
敵意がなく、滞在許可を得た村や街は「セーフティエリア」と判定されるため、プレイヤーはログアウト時にその場で危険な睡眠状態に陥ることなく、光となって消えることができる。
人々の目の前で、「狂想の主」は光り輝くデータストリームと化し、消え失せた。
九条の奇妙な魔法を既に見ていたアンナでさえ、驚きのあまり口元を押さえ、光の消えた空を呆然と見上げていた。
信心深い二人の村人は深々と頭を下げ、「創造神の奇跡だ……」と祈りを捧げていた。




