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親会社の御曹司ですが、子会社の社長令嬢がウザすぎたのでわからせた。けど、こいつ悦んでないか?

作者: 久荘木ノコ
掲載日:2026/03/14

 放課後のチャイムが鳴ってから三十分。

 誰もいなくなったはずの教室で、俺はまだ机に向かっていた。ノートと教科書が積み上げられ、シャープペンシルの先がノートを走る音だけが静寂を破る。


 その時だった。勢いよくドアが開かれ、甲高い声が響いた。


「あらあら〜? こんな時間まで残ってるなんて偉いわねえ?」


 振り返るとそこには霧島彩夏が立っていて、両脇にはいつもの取り巻き二人がニヤニヤしながら控えていた。

 今日もまた始まったのかと内心ため息をつきながら、俺は再びノートに目を落とした。


「無視しないでよ。ていうかさぁ、何してんの?」


 霧島が机の傍まで近づいてくる。


「勉強? へぇ〜、必死ねぇ」


「……自分の時間を有効に使っているだけだ」


 俺は冷静に答えた。


「ふーん。そんなに勉強して、ほんとに意味あるのかしら?」


 霧島の言葉は明らかに挑発的だった。

 取り巻きたちがクスクス笑う中で、彼女は続けて言った。


「あんたみたいな地味男がどんなに努力したって変わらないわよ」


「……そうかもな」


 心の中では冷静さを保ちつつも、このやりとりには少し腹が立ってきた。しかし表面上は平然とした態度を崩さない。

 

 俺は極力目立ちたくないんだ。だから学校生活では、波風が立たないように余計なことは話さないし、対人関係も控えている。

 それなのに霧島とその取り巻き連中は、毎日飽きもせず何かと俺に突っかかって来るんだから面倒だ。


「あのさぁ……」


 突然声色を変えた霧島が、鋭い眼差しを向けてくる。


「あんた本当にウザいのよね。ちょっと頭が良いってだけで調子に乗ってんじゃない?」


 調子に乗ってるつもりなど無い。ただ普段通り淡々と日々を過ごしているだけなのだが……。


「いつもテストで一位取って優等生ぶっちゃってさ」


「別に優等生ぶってるつもりはない」


「そういう態度が目障りなのよ!」


 霧島は急に感情が高ぶったかと思うと、俺の机を強く叩いた。


「おい。いきなり何すんだよ……!」


 咄嗟の行動に怒りを抑えたものの、不満げな表情は隠しきれなく自分の声音に出てしまう。

 そんな様子を霧島の取り巻きたちは興奮気味で見物していた。


「どうする? こっちが何かしたところで、こいつ何も出来ないでしょ?」

 

「ね~? 怖くて何も出来ないに決まってるもんね?」


「……もういい加減にしてくれ」


 俺は椅子から立ち上がり、怒りを抑えきれずに言った。しかし霧島は怯むどころか、むしろ面白がるように口角を吊り上げた。


「そんな顔しても怖くないわよ」


 彼女は突然身を乗り出し、俺の胸元に手を伸ばしてきた。


「あれ? これは何?」


 霧島の指が触れたのは、俺がずっと大切にしてきた祖母からの贈り物の指輪だった。肌身離さず首元から見えないようシャツの中に入れ、ネックレスに吊るしていたそれだが、立ち上がった時に制服の上から見えてしまったみたいだ。


「返せ」


 俺の言葉に耳を傾ける素振りすらしない霧島は、すでに指輪を掴んでおり得意げにそれを目の前に掲げていた。


「へえ〜。朝比奈くんにしてはセンス悪くないじゃない。これどこで買ったの?」


「それ以上触るな」


「そんなに怒らなくてもいいじゃない」


 霧島は指輪を指でくるくると回しながら嘲笑った。


「なんだか大切な物みたいね?」


 取り巻きたちも『見せて見せて?』『古臭いね~』と騒ぎ立てる。霧島は指輪をネックレスから無理矢理に引きちぎると、窓際へと歩き『ここから見えるかな?』と言いながら、窓を開けた。


「待て!」


 俺の制止を完全に無視して、霧島は迷うことなく指輪を窓の外へと投げ捨てた。


「あらあら? そんなに大事なものだった? ごめんねぇ〜」


 窓の外を見つめ立ち尽くす俺を見て、霧島は心底楽しそうに笑っていた。取り巻きたちもクスクスと冷やかすような笑い声をあげている。


「でも仕方ないじゃない。あんたが調子に乗ってるのが悪いのよ」


 その言葉に、ついに我慢の限界を迎えた。


「……調子に乗っているのはどっちだよ?」


 低い声で俺は言った。これまでのように怒りを抑えていない本音が漏れ出た。


「何を言ってるの? 調子に乗ってるのはあんたの方でしょ! いつも成績トップでいい子ちゃんぶっちゃってさぁ!」


「ふざけるな」


 一歩前に進み出る。霧島の背後にいる取り巻きたちが一瞬ビクリとした。


「お前の父親が経営してる『霧島不動産』だけどな……」


「うちの親父が経営する『朝比奈ホールディングス』の子会社だってことくらい知ってるよな?」


 霧島の顔から血の気が引いていくのが分かった。


「……何を……言ってるの?」


 震える声で問い返す彼女の表情が、みるみると青ざめていく。


「俺の親父は『朝比奈ホールディングス』の代表取締役社長だ。お前らもテレビのCMなんかで会社の名前くらい聞いたことあるだろ? そして俺は将来その会社を継ぐ跡取りなんだよ」


 取り巻きたちの間に動揺が広がる。


「『霧島不動産』は二十年前に当時の会長に買収された傘下企業で、今はうちの子会社だ。お前、自分の父親から何も聞かされていないのか? 俺は親父から『うちの子会社の一つ、霧島不動産を経営している社長の娘が同じクラスにいるらしい』って聞かされてたけど」


 霧島の手が小刻みに震え始めた。


「普通ならこういう時って『親会社の社長の息子が同じクラスにいるから仲良くしろ』くらい言われるんじゃないか? 何も聞かされていないってことは、家ではまったく期待されていないんだな?」


「ま……まさか……そんな」


「信じられないかもしれないが本当だ。そもそも俺が最初からこの話をしなかったのは、極力学校では目立ちたくなかったからだ。御曹司扱いされるのも勘弁だし、こういう話をするのも格好悪いと思っていたから黙っていた」


 霧島の顔が蒼白になる中、取り巻きたちも互いに顔を見合わせている。今までの威勢の良さは影を潜め、恐れの色が浮かんでいる。


「だから今までは我慢していたが――お前、今日のことは覚悟しておけよ」


「ちょっ……ま、待って!」


 霧島は慌てて手を振る。その姿が普段の傲慢なそれとはあまりにもかけ離れていて、滑稽なさまに思わず憐れみの情を向けてしまう。

 

 ここは今までの仕返しも兼ねて、俺も憂さ晴らしに少し遊んでやろうか。

 幸いここにいるのは、霧島とその取り巻きの三人だけだ。全員、口止めには応じてくれるだろう。


 冷ややかな目で彼女を見下ろしたまま俺は口を開ける。


「……霧島。お前がさっき外に投げた指輪を、今すぐ()()()拾って持って来いよ? そしたら今日のことは大目に見てやる」


「ほ、本当っ……です、かっ」


「本当かって? もちろんだ。約束は守る」


 俺は微笑みながら頷いた。


「ただし、ちゃんと見つけて戻って来れたらだ。指輪が戻ってこなければ……」


「も、戻ってこなければ?」


 霧島の声はほとんど囁きのような小ささになっていた。捕食者を前にした小動物みたいに、身体を小刻みに震わせている。


「お前の父親の会社はどうなるか分からないな? もちろん、そうなったらお前自身も、だけどな?」


 霧島は青ざめた顔で、桜色の下唇をきゅっと強く噛みしめた。取り巻きの二人はもう言葉も出ないほどに、その場に立ち尽くして震えている。


「わ、わかりました……すぐに探してきます!」


 霧島はそう言うや否や、踵を返して教室を飛び出した。足音だけが廊下に響き渡る。

 彼女が出て行った扉を見つめながら、俺はため息をついた。


「全く……今まで散々好き勝手やってきたツケが回って来たんだ。ちょっとは反省しろよ」


 正直、将来跡継ぎになるとはいえ、俺の一存で霧島の会社がどうこうなるわけなんてありえない話だが。

 今まで散々迷惑を掛けてきた報いだ。今日くらい痛い目に遭うのは本人にとっても良いだろう。


 それにしても、霧島のあの怯えた表情には目を奪われそうになった。

 

 自身を慕っている取り巻きたちの前で、プライドに泥を塗られたような屈辱感に顔を歪ませ奥歯がガチガチと鳴るほどの恐怖に、熱を帯びた吐息が震える唇からこぼれ落ちるさま。そして強張った肩は小刻みに波打ち、白い肌を露出させた首筋にはじっとりと微かな汗が浮いていた。


 それは普段の生意気な態度からは想像もつかない一面だった。俺はそれを見て興奮するとともに複雑な心境に陥ってしまっていた。


 教室のドアがゆっくりと開く音がした。霧島が戻ってきたみたいだ。

 膝に付いた土埃や擦り傷が、彼女の必死さを物語っている。指先には小さな指輪が挟まれていた。


「あ……ありましっ……たっ」


 震える声で言いながら、彼女は指輪を差し出した。まるで高価な宝石でも運ぶように慎重に。


「遅かったな」


 俺はそれを受け取ると、腕を組みながら床にへたり込む彼女を見下ろす。


「す、すみません……校庭の端っこに……その、草むらの中に……あって」


 霧島の額には汗が浮かび、恐怖に強張った頬を紅潮させ、乱れた長髪の隙間からこちらを不安げに見据える。

 いつもの高飛車な態度は完全に消え去り、覇気もなく縮こまっていた。


「こ、これがあなたの大切なものだって知らなくて……本当に……ごめんなさい」


 深々と頭を下げる彼女の姿を見ると、なぜか優越感よりも別の感情が胸に湧き上がる。


「ゆ、許してくれますか?」


 期待するような上目遣いで尋ねてくる彼女。


「ふぅん……さて、これからどうしようかな?」


 俺はわざとらしく考えるふりをした。

 霧島の瞳が大きく見開かれ、小刻みな震えが全身に広がる。


「お……お願いします。なんでも言うことを聞くから……」


 その言葉に思わず口元が緩んだ。もしかしたら俺は少しいじわるかもしれないな。


「……本当に何でもできるのか?」


 霧島は迷いながらも『……はい』と弱々しく答える。


「そ、その……」


 霧島は床に這いつくばったまま、その細い指でセーラー服のリボンを解き始める。


「えっ……何してるんだ……?」


 驚きのあまり、俺の声が裏返った。

 取り巻き二人も凍りついたように動きを止めた。一人は口を半開きにしたまま硬直し、もう一人は目を見開いて後退る。


 霧島の顔は真っ赤になり、涙を湛えた大きな瞳で俺を見上げてきた。


「こ……これが……一番簡単な方法だと思うから……」


 か細い声が漏れる。


「やめてくれ! 別にエロ漫画みたいな展開は求めてない!」


 俺は慌てて叫んだ。確かに自分の内に支配欲こそはあるが、ここで境界線を超えたいわけではない。


「お前たちも止めるんだ!」


 取り巻きたちは我に返ったように駆け寄り、慌てて霧島を制した。


「霧島さん!  大丈夫だから!」


「落ち着いて!」


 三人がもみ合う様子に頭がくらくらする。恐怖に駆られた霧島は必死に抵抗していた。


「いやっ……私は……償わないといけないからっ……」


「服を脱ぐ必要はないだろ! そもそも俺はまだ何も言ってない!」


「で、でも……ゆ、許してもらえてない、から……」


「脱いだら許すわけでもないから!」


「え。そ、その先までってこと?」


「…………お前、エロ漫画に影響され過ぎじゃない?」


 取り巻きたちは相変わらず霧島を必死で押さえ込んでいるが、彼女はまだ半狂乱になっている。


「だ、だって……どうすれば……」


 涙声で訴える霧島。その姿に、自分の中の支配欲と理性がせめぎ合う。


「もういい! とにかく服を整えろ!」


 命令するように言うと、ようやく霧島の動きが止まった。取り巻きたちも安堵のため息をついている。

 俺は椅子に深く腰掛け、深呼吸して頭を整理する。


 霧島の怯える表情見たさに欲を搔いた結果がこれか。教室で同級生の女子を裸に剥いたなんてこと、平穏に学校生活を送りたいと言ってる人間がやることではない。冷静になれ。

 朝比奈ホールディングスを継ぐ人間の所業じゃないぞ。


「――落ち着いたか?」


 俺が静かに問いかけると、霧島は俯いたまま小さく頷いた。取り巻きの二人は疲弊したのか、彼女の隣で呆然としている。


「まず……確認したいことがある」


 俺は椅子から立ち上がり、ゆっくりと距離を詰めた。


「お前は父親との関係でストレスがあるんじゃないか?」


 霧島がハッとしたように顔を上げた。目が泳ぎ、唇が震えている。


「……どうして」


「今日の反応を見ていれば分かる。俺が言った『期待されていない』って言葉にも反応してたしな」


 俺はため息混じりに続けた。


「成績でトップにでもなれば父親の関心が向くと思ってたみたいだが。俺が常にトップをとることでその邪魔になっていた。だから俺にたいして執拗に嫌がらせをしてきたんだろ?」


 沈黙が流れる。取り巻きの一人が小声で「霧島さん……」と呼びかけるが、彼女は反応しない。


「そこで提案なんだが」


「提案……ですか?」


 霧島の声には警戒が滲む。


「そう。俺は極力、学校での生活は目立たないように送りたいわけ。そんな俺に嫌がらせをしてきたお前は、家庭で父親に関心を持ってほしいわけだよな? で、両者ともにそんな問題を解決する方法があるんだが……それは」


 俺は意を決して続けた。


「俺たちが付き合えばいいってこと」


 霧島の顔が一気に赤くなる。取り巻き二人が小さく悲鳴を上げた。


「な……何を言って!?」


「付き合うと言っても形だけだ。表向きは秘密にしておく、が。一応俺の親父には霧島と付き合ったことを報告しておくよ。そしたらお前の父親の耳にも入るだろ? そうすれば関心くらいは持たれるはずだ。彼氏が親会社の御曹司なんだからな?」


「でっ……でも」


「別に嫌なら断ってくれても構わない。ただし……その場合は今日あったことを親父に報告するだけだ。それでもいいか?」


 まあ、そんなことはする気もないけど。

 霧島の喉がゴクリと鳴る。


「わっ……分かりました……つ、付き合います」


 取り巻きの一人が「霧島さん……」と泣きそうな声を出したが、霧島は無言で首を横に振った。


「よし。交渉成立だ。が、条件がある」


「条……件……」


「まず第一に、この関係はそこの取り巻きABの二人を除いた校内の人間には一切秘密にすること。バレたら即座に別れる。この話しは無かったことにする」


「……A」


「……B」


 自分たちのことか? とお互いに顔を見合わせ指差す取り巻きのことは放っておく。


「第二に、お互いのプライベートには踏み込みすぎないこと。特に俺は学校での関係を公にしたくないから、嫌がらせみたいな真似はもちろん、接触もするな。あと、一緒に登下校したりはしない。それと、霧島は俺との関係を利用して他の連中を圧迫するようなマネはするなよ? てか俺が御曹司だということはバラすなよ? 分かったな?」


「……はい」


 霧島は小さく呟いた。喉の奥で、小さく途切れた吐息が漏れる。


「第三に……」


 俺は念を押すように言葉を続ける。


「取り巻きの二人も、俺達の関係については絶対に漏らすなよ?」


「わ、私達も?」


「もちろん。もし変な噂が出回ったりしたら……分かってるな?」


 二人の取り巻きは怯えた表情で何度も頷いた。


「それで……他には、ないんですか?」


「俺は平穏に学校生活を謳歌したいだけだ。変な要求して目立つようなことはしない」


 さっきは理性を保つので精一杯だったが、あんなことはもう御免だ。

 というか、しばらくは霧島と関わりたくない。こいつの見せる弱々しい感じの表情は、俺の感情を激しく揺さぶってくるんだ。変な気を起こさないように気を付けなければ。


 当の霧島はというと、俯いたままガックリと肩を落としていた。

 まさか、あれだけ怯えた表情を見せておきながら、内心ではエロ漫画みたいな展開でも期待していたというのか? ……考えるのはよそう。


「……分かりました」


 俺は腕を組み、改めて霧島を見下ろす。


「これで良かったんだ。お互いにとってメリットしかないだろ? 俺は目立たなくなる。お前は父親の関心が向く。嫌がらせももう必要なくなるしな。一石二鳥だ」


 霧島は小さく頷いた。


「……あ、ありがとうございます」


 その声は震えていたが、確かに感謝の色を帯びていた。

 取り巻きの一人が『大丈夫……?』と問いかけるが、霧島は弱々しく微笑んだ。


「うん。大丈夫……」


「それじゃ帰るとするか」


 教室の時計は午後六時を過ぎている。外は既に薄暗くなっていた。


「立てるか?」


 床に座り込んだままの霧島に向かって、俺は手を差し出す。

 一瞬躊躇った彼女だったが、おずおずと俺の手を取った。


「あ……ありがと――きゃっ!」


 立ち上がろうとした瞬間、霧島の足が滑る。


「おいっ!」


 俺は予想外の動きに対応できず、そのままバランスを崩した。

『ドンッ』と鈍い音と共に背中に衝撃が走った。硬く冷たい床の感触が背骨を通じて伝わる。


 痛みに顔をしかめながら目を開けると。


「んっ……」


 至近距離に霧島の顔があった。彼女の長い睫毛が震えている。

 潤んだ瞳が俺を真っ直ぐに捉えていた。


 な……なんだと……ッ?


 状況を把握するまでに数秒かかった。

 俺の上に覆いかぶさるように倒れ込んだ霧島。彼女の両腕が俺の首に巻き付き、柔らかい胸の膨らみがしっかりと押し付けられている。


 その状態で最も問題なのは――互いの唇同士が完全に密着しているということだった。


「んー!?」


 俺は慌てて霧島を引き剥がそうとするが、彼女はビクともしない。逆に力を入れたせいか、さらに強く唇を押し当ててくる。

 温かい舌先が俺の唇を割ろうとするように触れてくる感覚に全身が総毛立った。


「ぷはっ――――なにやってんだ!?」


 何とか顔を横に向けて唇を離すと、ようやく霧島も我に返ったのか勢いよく体を起こした。


「わっ……ご、ごめんなさいっ!」


 顔を真っ赤に染めた霧島は飛び跳ねるように立ち上がり後退る。

 その拍子に再び足を滑らせ、今度は壁に激突する。『ゴンッ』と派手な音が教室に響いた。


「霧島さん!?  大丈夫!?」


 取り巻きの一人が慌てて駆け寄る。もう一人は唖然とした表情でこちらを見つめていた。


 俺は起き上がりながら制服についた埃を払う。

 背中にまだ鈍い痛みを感じるが、それよりも今の事故の方が重大事態だった。


「……偶然とはいえ、初めてのキスがこんな形で奪われるとはな」


 俺は苦笑いを浮かべて言う。


「すすすすみません! ホントにっ!」


 霧島は床に額を擦り付ける勢いで謝罪する。


「わざとじゃありません! ホントです!」


「分かってるって。事故だ」


 舌を入れようとしてきたのは事故なのか疑わしいが。


 俺は平静を装いながらも、内心ではかなり動揺している。あの柔らかい感触や甘い香りが鮮明に記憶に残っているんだ。


「で、でも……いちおぅ、つ……付き合ってるんですから……か、関係ないですよね?」


 霧島は顔を上げて恥ずかしそうに言う。耳の先まで真っ赤な色で染まって、甘い吐息を上気させている。

 その姿に俺は再び、自分の理性が崩壊しそうになるのを耐えるばかりだ。


「あ、あぁ! そ、そうだな!」


 自分に言い聞かせるように声を張り上げ、無理やり納得させる。

 確かに形式上は恋人同士なのだから……そういう行為があってもいいのかもしれない。ただし、こんな偶然の産物でファーストキスを失った事実にはまだ納得していない。


「……か、帰るか」


 俺は溜め息をついて鞄を手に取る。

 霧島はまだ顔を赤らめながらも小さく頷いた。


 教室を出る直前、取り巻きの一人が小声で『すごい……舌入れようとしてたよね?』と呟くのが聞こえたが、聞かなかったことにした。

 霧島の唇と舌の感覚、柔らかい胸の感触、頬を紅潮させ上気した表情も……思い出したら、血流がたぎりそうになるので。


 こんな調子で、俺は平穏に高校生活を謳歌することが出来るのだろうか? 不安だ。

書いてる途中で文字数を7,777字にすることにこだわり始めてしまった……。

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