第八話
「まったく、入学初日に問題を起こすのはさすがフェミリス家と言ったところだの……」
机に座る理事長。彼女の尻尾と耳が逆立っている。見るからに怒っていると分かる。
「……オレを攫おうとしてた人間たちはどうなったんだ?」
「そやつらなら、五人とも捕らえた。どれも、雇われた尻尾切りだったがの」
ため息をついて、彼女は不満ですとでもいうように尻尾を揺らしている。
しかし、不満なのはハルだってそうだ。自分の知らないところで自分のことを決められるのは納得できない。
膝に置いた手を握りしながら、ハルは口を開く。
「オレはどんな存在か知ってるのか?」
「知っている」
即答だった。彼女はため息混じりに続ける。
「でも教えることはできぬ」
「なんで、オレのことだろ!」
納得できずに、自分の胸に手を当てながら立ち上がった。しかし、彼女の睨み一つで動きが止まる。
呼吸が浅くなり、鼓動が速くなる。ヨロヨロとよろけて、椅子に力が抜けるように座った。
敵わない化物を目の前にするという気持ちは、きっとこんな感じなのだろう。
「教えることはできぬと言っておろう!」
しかし、凄まれたところで納得できることではない。そんなハルの気持ちを察してか、彼女はゆっくりと口を開く。
「火をどう扱うか分からない相手に、扱い方を教えると思うか?」
「……」
「使い方によっては、薬にも毒にもなるのだぞ。私はお前をそこまで信用しているわけではない」
つまり、理事長はハルの持っている力は危険だと言っている。ハルがもし、それを悪事に使う人間なら?
「少なくとも、痴漢冤罪を使うような奴には教えぬ」
それを言われたら、ぐうの音も出なかった。
しかしと、再び強く拳を握る。
「知らないまま暴走したら意味ないだろ!」
「舐めるなよ“小僧”。私がお前を殺してくれるわ」
その言葉は、ハルが唾を飲み込むほどの説得力があった。そして同時に、今はここから逃す気もないということも物語っていた。
「……ある程度は守ってやる。それで満足しろ」
「ある程度は……なんだな」
「私だって手が出せん相手の一人や二人はおる」
それは、力関係という意味の言葉なのだろう。つまり、ハルの能力は理事長クラスの権限をゆうに超える可能性を持っているということではないだろうか。
実際のところはどうかは分からないが、それに近い認識で良いだろう。
「とにかく、今日は休め。明日から、学園を通して知っていくんだな」
言われ、立ち上がった。頭を下げて、部屋から出る。
「うわっとと!」
廊下に出た直後、奇妙なポーズを取っているグレースがいた。彼女は下手くそな口笛を吹きながら、素知らぬ顔をした。
「……何してるの?」
「いや、私は痴漢されてかわいそうなハルを慰めてあげようとしてなのだわ。決して、弱みを握ろうとしてないのだわ」
下手くそな嘘に思わず笑う。
笑ったことによって心が幾分か楽になった。
グレースは顔を真っ赤にしながら「何がおかしいのだわ!?」と怒っていた。
「いや、助かったありがとう」
「……? わ、私の力があれば当然なのだわ!」
何がなんだか分からずに肯定する彼女に、またしても笑いがこみ上げてくる。
※※※※※※※※※※
今日一日だけで色々なことがあった気がする。纏めるとただ新しい街に来て学園に入学しただけのはずなのだが。
寮のドアに手をかけて、息をついた。そのままベッドに倒れ込もうとするのをぐっと我慢して、お風呂に向かう。
脱衣所で服を脱いで、下着を脱ぐ。白い柔肌は、筋肉質な男のものとは違い雑に扱えば壊れてしまいそうだ。
いまだに自分の体の柔らかさに慣れない。
肩の力を抜いて、浴室のドアを開ける。
「おかえりなさいですぅ〜」
スライムのようにドロドロになったニーチェが風呂場にいた。その光景が信じられず、思わず浴室のドアを閉めた。
自分は幻覚を見ているのだろうか。
もう一度ドアを開けると、やはりそこにはニーチェがいた。
「な、なんでここにあんたがいるんだ!?」
「私はどこにでも侵入できるのですよぉ〜?」
風呂桶から体を出そうとして、地面に溶けるようにへばりつく。
「あ~……少し薬が効きすぎたみたいですぅ〜……」
そのまま流れるようにして、排水口に入っていく。
「また今度ですぅ〜」
下水溝に流れていくにも厭わない変人に、ハルはさらなる疲れが襲う。
彼女は一体何なんだ──その答えは自分に下すことはできないだろう。
なんだかお風呂に入る気もなくなって、ふらふらとした足取りでベッドに倒れ込んだ。
「うー、まったく先生の説教長すぎ辛い……。ただいま、ハル──」
入ってきたロミアの声が止まる。顔だけ振り返ると、顔を真っ赤にした彼女が突っ立っていた。
「裸で寝たら風邪引くでしょ!」
まるで母親みたいな大きな声が響く。




