第七話
「何でエリンがこんなところにいるんだ?」
ハルの問いに、彼女は手袋の皺を直しながら答える。
「私はたまたまお嬢様の代わりに使いに来ただけだ。そこで、悠長にもフェミリスの跡取り娘が遊んでる姿を見かけたから注意してやろうと思ってな」
「……遊んでて悪いかよ?」
「ハル。エリンはそういうことを言ってるんじゃない」
静かなロミアの声に、ハルは首を傾げる。代わりにエリンが肩をすくめた。
「わざと連れ出したのか?」
「ハルのお母様に頼まれているから」
「……そうか、どうやら私は“まだ”ロミアのことを見くびっていたようだ」
彼女たちの会話の意図が、ハルにだけ見えない。
「さっきから何の話をしてんだよ?」
「三人、ハルを狙ってる人間がいる」
「残念、“五人”だ」
エリンの訂正に、ロミアは少しムッとした。
「ま、精々こちらに火の粉がかからないようにしてくれると助かる」
それだけ言うと、エリンは学苑への道のりを戻っていった。
彼女の背中に視線を向けていたロミアは「余計なことを」と、唇を尖らせている。
「……オレが狙われてるってどういうことだよ?」
ハルの質問に、ロミアが体を大きく伸ばしながら言う。
「私もよくは知らないけど、ハルは特別なんだって」
その言葉の深さは分からなかったが、納得はした。本来男が女になることはあり得ない。しかし、フェミリス家は代々男は女になってしまう。それは“女神の祝福”だと、母はざっくばらんに説明していた。
もしそれが冗談ではなく本当ならば?
上位の学園に名前だけで入れる。理事長の言葉。何故、フェミリスが特別待遇なのか、すべて辻褄が合う気がする。
「本当、肝心なことは言わないよなあのババア……」
理不尽に置かれたハルの怒りの矛先は、すべてを秘密にしていた母親に向かう。
「あはは、すべて言っちゃうと引きこもるからだって」
「そんなこと……いや、そうだろうな」
もう、自分は表舞台に立ってしまった。母親もこの様子だと庇護をする気はないのが、態度から伝わってくる。
街にいたときは何も考えずに生きてこれたのにと、頭を大きく抱えた。生まれつき“冒険者”になれなかい運命だったのだ。
仕方ないと立ち上がり、ロミアに振り返る。
「んで、オレを見張ってる人間ってどこ?」
「……え? え!?」
急な問いかけに、ロミアが大きな声を出す。
「人をジロジロ見続けてる不埒なやつに、一発かましてやらなきゃ気がすまないからな。オレの体は安くないんだぞ?」
「いやいや、ハルは戦えないでしょ!?」
「でも、嫌がらせはできるだろ?」
その言葉に、ロミアは口をぽかーんと開けていた。
※※※※※※※※※※
「……ちっ、面倒クセェ」
女を攫うという簡単な任務を受けたが、その近くにいる従者が隙を見せてくれない。屋台で離れたと思って近寄ってみたが、まったくもって警戒を解いてくれなかった。
簡単だと思っていたが、どうやら厄介な任務をつかまされたらしい。
ただ、何も達成できずに違約金を取られるのだけは嫌だった。
ターゲットの少女が動き出す。息を潜めて、追跡を再開する。
従者は右に曲がり、女は左に曲がった。向こうから警戒を解いて別れてくれた。
──馬鹿め!
心の中でガッツポーズをしながら、走って近寄る。曲がった瞬間、彼は柔らかい感触に包まれる。
気づいたら、ターゲットの少女の胸を鷲掴みにしていた。
※※※※※※※※※※
「きゃああああああ! 襲われる、助けて!!」
ハルは精一杯の黄色い声を出した。周囲の人間たちの注目を一点に集める。元々視線を集めていたかは、なおさらである。
「ち、ちが! これはお前からぶつかって!」
追跡者は慌てて手を放す。しかし、周りのざわめきが男を放してくれない。
極めつけは──
「私見ました! そ、その人がその子の胸を無理矢理揉んでいました!」
ロミアが群衆の中に混ざって声を上げる。そこから波及して、大きくなっていく。
「ご、誤解だ! 俺は何もしてない! 本当にそいつからぶつかってきたんだ!」
慌てる彼の耳に口を寄せる。
「……世の中って男に厳しいんだぜ?」
その言葉を聞き、彼の何かが切れたような音がした。
「ガキが舐めるな!」
剣を抜いて、ハルに向かって振り下ろす。迫ってくる剣身を見ながら、煽りすぎたと引きつった笑みを浮かべた。
「ガッアッ!」
一瞬だった。ロミアが踏み出したと思えば、足を払って地面に男を転がしていた。腕を固定し、体重をかけ、剣を首筋に突きつける。
「ハル……これはやりすぎだね」
苦笑するロミアの顔を見て、安堵の息を漏らして肩を落とす。やっぱり犯罪者相手といえど、犯罪まがいのことをやると報いが来るなと反省した。
騒ぎを聞きつけた憲兵が、近寄ってくる。彼らに説明をしてから引き渡すことになった。
諸々の確認作業で時間を食ってしまった以外は……。




