第四話
何故か決闘することになった。従者同士で。
生徒たちが応援の輪をつくる中、当事者であるはずのハルだけ置いていかれている気分だ。
心情を一言でいうのなら、どうしてこうなったである。
「従者同士の決闘が成立したってことはどうなるかわかってるのだわ?」
「いや……知らない」
「あなたって本当に無知なのだわ。本当にフェミリス家?」
そんなこと言われたところで、数週間前のハルは本気で冒険者を目指していたのだ。そんな如何にもな貴族世界の仕来りなんて知る由もない。
グレースは大きくため息をつくと、肩をすくめながら説明する。
「この学園では従者が負けたら、その主と従者は勝った方の言うことを何でも聞くのだわ」
「何その怖い世界線」
「ふふん、これでお父様も見直すはず」
なんだか知らないところで、因縁の相手に仕立て上げられている。本当に母は何も教えてくれなかったのだなと、頭を抱える。
せめて、有名家系くらい教えてくれてもよかっただろう。まぁ、今さら責めたところで遅いのだが。
ロミアは注目の中心で、涼しげな顔で準備運動をしている。意に介さず体を伸ばす姿は、とても頼もしく見えた。
一方の銀髪の女性の方は無表情のまま左手を後ろ腰に手を当て、右手で細剣を握っている。剣身を顔の前に構え、背筋を伸ばしていた。
「怯えずに主のために立つことは評価しよう」
彼女の言葉に、ロミアは軽く返す。
「怯える必要がどこにあるの?」
「……ほう?」
彼女の純粋な疑問に、女性の眉が動いた。どうやら無意識の言葉が、琴線に触れてしまったらしい。
それでも意に返さず、ロミアは細剣を抜いた。
「多少は腕に覚えがあるようだな」
「そんな回りくどい評価はいらないから、さっさとしようよ」
「……しかし、本当に礼儀がなっていない」
静かに怒れる銀髪の女性は、臨戦体勢に入った。一方のロミアは肩の力を抜いて、ただ立っているだけだ。
同じ細剣使いでも、彼女たちに感じる印象はまったくの真逆だった。
「フェミリス家も落ちぶれたのだわ。あんな礼儀もなっていない小娘が従者だなんて」
隣りにいるグレースが、勝ち誇ったように鼻を鳴らす。
そうだなと、ハルは心の中で同意した。
ただ、彼女の礼儀のなさは、“礼儀を取る必要がないほど”の特別扱いとして育ったゆえだ。
格式を重んじる貴族は礼儀と強さを直結させている。しかし、ロミアのことをずっと見てきたハルから言うと、それは詭弁でしかなかった。
先に動いたのは銀髪の方だった。動いたというよりも焦って動かされたのほうが適切か。
ロミアの喉を狙って一突きするが、当然捉えられる彼女ではない。軽々と避けて、懐に入り込む。
「──しまっ!」
ロミアはすでに腕を引いていた。剣先を女性の顎下に合わせている。
あとは突き上げるだけで、勝負が決する。
「ストップじゃ」
といったところで、ロミアの手が割り込んできたものに掴まれた。
それは背が低くも威厳のある少女だった。東国の民族衣装である赤い着物とかいうものに身を包んでいる。
白色の髪に白色の大きな耳。白色の尻尾は、とても目についた。
少女は青色の瞳を睨むように動かし、周囲を見つめる。彼女の圧におされて、騒いでいた群衆は解散していく。
「り、理事長!」
銀髪の女性が一歩距離をとって頭を下げる。横にいたグレースも続けて頭を下げた。
理事長と呼ばれた少女は、ロミアの手を放しながら大きく息をついた。
「初日早々に、騒ぎを起こすでない……」
「申し訳ありません……」
銀髪の女性はどこか納得いかない顔をしていたが、それでも言葉を飲み込みさらに頭を下げる。
「ま、今回は多めに見てやろう……ところでお前」
指をさされたのはハルだった。狼狽えていると、理事長は顔を近づける。
「フェミリス家の跡取り娘だな? 話は聞いておる。入学早々に騒ぎを起こすとは、さすがというかなんというか……」
「いや、こっちが起こしたくて起こしたわけじゃないんだけど」
「ま、そうじゃろうな」
ジロリと理事長が睨むと、遠巻きでコソコソ話していた進学組の生徒たちが蜘蛛の子を散らすように逃げた。
「色々大変だけど、頑張ってくれ。期待“は”しているから」
それだけ言うと、理事長は歩き去っていった。
彼女の後ろ姿を見ながら、ハルはただ者ではないなと内心思う。ロミアの攻撃を止めたのがその証左だ。
それは彼女も感じたのか、目を輝かせてハルに近寄ってきた。
「すごいすごい! 私の攻撃を止められる人っているんだね!」
鼻息荒く近寄ってくるロミアに、ハルは「はいはい」と彼女を押し返す。
「な、情けないのだわ!」
その傍ら、グレースは大きな声をあげて走り去っていく。遅れて銀髪の女性はこちらに頭を深く下げた。
「私はエリン。良ければ名前を聞かせてもらえないだろうか?」
「え? 嫌だけど」
「……そうか」
ロミアの返答を聞いたエリンは、残念そうにしてからグレースを追いかけていった。




