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第二十話 終話

 万物はマナから作り出されている。それは誰もが知っていることだ。そしてその根源であるマナは、女神がもたらしたと言われている。

 

 信じられているその定説は、迷信の域が出ない。そして、ハル自身もその定説を真に信じてはいない。

 万物を作れるというのなら、なぜ女神は不要であるはずの魔物を作ったのか。そこのところが解明されなければ、真に女神が関わっているとは言い難い。


 ハルは黒い液体の中を漂いながら、譫言のように考えていた。


 自分を包み込むそれは、完全にマナの塊でできていた。手を動かしても、触るような感触がない。しかし、胸の中に薄ら寒い何かだけを感じる。


 そう言えばこの感覚どこかで覚えがあるなと思い、魔物を初めて殺したときの感覚に似ていた。

 決して食料や素材になるような存在ではないくせに、人々の生活を脅かそうとしてきたものたち。彼らの存在を癌だと言う人間もいるくらいだ。


 何となく、本当に何となくだが、グロリアのこの力の正体が分かった気がする。


 彼女は先天的なマナ欠乏症だと言っていた。しかし、先ほどの行動はとてもマナがない人間には見えない。むしろ、未知の魔法を使うものだという恐れさえあった。


 考えに考えて、思考が溶け出し、最後には何も考えられなくなる。

 ハルは漂いながら、最後に思い出す光景はロミアのことだった。


 そして、心の底からまだ思う。


──まだ生きたいな。


 それだけを。


 虚ろになる視線で辺りを見た。少し遠くでロミアが浮かんでるのを確認できる。ハルはゆっくりと近づき、彼女の頬に手のひらを当てる。


 温かい。そして触ることができる。

 辺りを覆う薄ら寒いマナとはまるで違う。


「あぁ……そうか」


 どこか納得したような気持ちで、小さくつぶやいた。


 生命は死ぬけども、マナは死なないんだ。その矛盾は摩擦を起こし、やがて歪みとして世界に還元される。


 それが存在するものと、存在してはいけないものの差。


 つまり、マナは生命力なのではなく、本来はあってはならないもの。マナに頼ろうとしていた自分たちがおかしかったのだと気がついた。

 女神はマナを生み出した。しかし、そのせいで世界が歪んでしまったのではないだろうか。


「そしてオレは……マナが扱えないんじゃない」


 マナを正しく還元してしまう……そういう存在じゃないのだろうか。


 皮肉なことだと、笑みを漏らす。


 魔法を使えないハルやマナ欠乏症のグロリアのほうが人間として正しい位置にいるなんてと。

 しかし、周りと比べれば劣等感になる。


 グロリアはきっとそれに耐えられなくて、外から補強する方法を選んだ。それをどこから会得したのかは分からないが。


 再びロミアの頬に指を這わせる。温かい体温が返ってくる。


「ロミアも生きたいよな? それでも」


 答えは返ってこない。ただ、静寂に包まれる。

 それでも、生きたいという意思を感じ取ることができた。


 例え生命そのものが歪みだとしても、個人の意志は剥奪される権利はない。それがたった一人の女の子のわがままならなおさらである。


「マナを返そう──女神の元へ」


 ハルは辺りを包む黒い液体を掬い上げるように、小さく言った。手が微かに光、視界が反転する。



※※※※※※※※※※


「ゴホッゴホッ」


 喉の奥に詰まった黒い液体を吐き出した。ハルは気がつけば、グラウンドに手をついていた。周囲では三人が倒れているが、どれも息がある。


「……どうして?」


 信じられないとでもいうように、グロリアがこちらを見つめていた。


「……私のものにしたはず」

「オレも何が何だか分かってねぇよ。ただ、オレは勝手に人のものにならない」


 小さく息を吸って、呼吸を整えた。震える手に力を込めて、もう一度大きく咳き込む。


「……だったらもう一度」


 展開される黒い液体に、絶望感が募る。正直、今何で助かったのか自分でも分からない。もう一度捕まれば、助かる保証はどこにもない。

 だからといって、逃げられるかと言えばそんな体力はない。


 終わりかと、目を瞑った。


「ふむ、ちょいとおいたが過ぎるな」


 理事長の声が聞こえた。彼女はハルたちの前に立ちながら黒い液体を受け止めている。


「バクバクスライムですぅ〜」


 続けて、ニーチェの声が聞こえる。彼女が放った大きなスライムが、黒いマナごとグロリアを飲み込んだ。


「理事長……どうして?」

「カルトを潰した時、想定より一人足りなかったのだ。早く帰って正解じゃった」


 彼女の顔がすごく頼もしく見えた。


 安堵の息を漏らすと、理事長は笑みを浮かべる。


「ふむ、ギリギリ合格ってところだな」


 その厳しい採点に、ハルは空笑いをするしかなかった。

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