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第二話

 馬のいななきが聞こえて、馬車が急停車する。

 ロミアが体勢を崩して、ハルの胸に顔を埋もれた。


「わお! ナイスクッション!」

「……うっせ!」


 目を輝かせる彼女を引き剥がしながら、普通はこういうのは逆じゃないかとハルは大きくため息をついた。


 前方の小窓を覗き込み、御者に何が起こったのか尋ねる。


「すみません、お嬢さん方」

「おじょ……っ」

「目の前にコボルトの群れがいて、通れそうにないんです」


 それは妙だなとハルは眉をひそめる。

 首都に向かう道は、魔物避けのまじないがされている。定期的に更新されるはずなので、道を塞ぐほどの魔物が出るはずがなかった。


「……たく、やってらんねぇですわ。こう、お役所仕事がいい加減じゃ、税金払ってる俺らの立場がねぇ」


 御者は大きくため息をついてから、こっちに向き直った。


「かなり時間かかっちまいますが、迂回しやすね?」

「いや、それだと間に合わないから困る」


 こういうときのために剣の稽古をしてきたのだ。

 意気揚々と降りようとするハルの後ろ襟首を、ロミアが無造作につかんだ。


 首が絞まり、情けない声が漏れ出す。


「な、何すんだよ?」

「お母様にハルに剣を持たすなって言われてるのよ」

「……なんでだよ」

「その体で今までどおり振れると思うの?」


 少し考え、首肯する。


「剣はオレの中で唯一得意だったものだからな!」

「その唯一得意だったものだからこそ、昔の感覚とずれるんじゃないの?」


 ジト目で見られて、顔をそらした。


 実際その通りで、ここ数日いつものように振っても力が入らなかった。ひどい時には剣が手からスッポ抜けて、危うく通りを歩いていた人を刺殺しかけたこともある。


「でも、だったらどうすんだよ……?」

「そのために私がいるんでしょうが」


 それだけ言うと彼女は馬車から先に降りる。ハルはロミアの後ろについていった。


「あの、どうするんで……?」


 御者の不思議そうな顔を無視して、ロミアはコボルトたちに近づいていく。彼女に気づいた奴らは、醜く大口を開けて威嚇し始めた。

 ハルは大きくため息をついて、腕を組んだ。そのまま馬車にもたれかかる。


「お嬢さん! 一人じゃ危ないですぜ!」

「あーロミアなら大丈夫」


 視界の先で、ゆっくりと彼女は細剣を抜いた。太陽光を反射させるそれは、目を引きつける魅力を不思議と放っている。


「あいつはフェミリス家のお抱え騎士の家系──跡取り長女ロミア・ハイランド」


 前に街一番とハルはいった。あれは男の中ではという意味だ。

 街の中で一番剣が達つのは誰かと聞いたらみんな口を揃えて答える。


 彼女を置いて他にはいないと。


「オレの幼馴染で、今は侍女ってことになってる」


 ため息混じりの言葉に応えるように、ロミアは飛翔する。コボルトの群れは、一瞬にして切り裂かれた。

 悲鳴を上げるまもなく、絶命する。


 足を揃え、彼女は着地。剣についた血を払うように振って、頭を下げた。美しい剣さばきは誰もが羨み、ハルは嫉妬する。

 手に力を込めて、自分の服を握る。その妬みを隠すように、心の奥にしまった。


「ふふーん、ハルどうどう? すごいでしょ?」

「はいはい、ロミアは昔からすごいすごい」

「なんか素っ気なーい!」


 剣の研鑽を積んでいたのも、彼女という分かりやすい目標がいたからだ。しかし、今となってはそれが叶わなくなってしまったのではないかと、心の中がモヤつく。


 こんな気分じゃダメだと、頬を叩いた。頭の中の嫌な考えを追い出す。


 それにしてもと、転がるコボルトたちを見て、顎に指を添えた。

 やはりあそこまで魔物が邪魔していたのはどうもおかしい。何かの作為を感じてならない。


 一応周辺に目線を配ってみる。しかし見えるのは森ばかりで特に異常がないように見えた。


「いやぁー、助かりやした!」


 御者は晴れやかな顔をしている。ハンチング帽を被り直して、ロミアに笑顔を見せた。


「お嬢さん強いんだね!」

「当たり前でしょ? 私はハルを守るように昔から訓練してきたんだから」

「……オレは頼んでもないけどな。自分の身は自分で守れる」


 少しやさぐれたハルの言葉を遮るように、ロミアは彼──彼女の頬をつねる。


「な、なにすんだよ!?」


 つねられた頬に手を当てながら、ロミアから少し距離をとった。そんなハルを彼女はジーッと見つめている。


「もう、ハルは剣も振れないのに虚勢を張ったらだめだよ?」


 その言葉に少し苛つき、心の中で舌打ちした。


「はいはい、騎士様はとても心強いですよ」

「本当? えへへ、ハルは私が守るから任せといて!」


 皮肉で言ったのだが、まったく彼女には通じなかったようだ。大きくため息をついてから、再び馬車の中へと戻る。


 二人が着席すると同時に馬車は動き出した。今度こそ首都に向かって。

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