第十八話
「お腹を見せてほしいのだわ!」
今日の授業が終わった瞬間、息を荒げてやってきたグレースがハルにそう言った。何を言われているか分からず、頭がフリーズする。
「……変態?」
「ち、違うのだわ!」
顔を真っ赤にして大きな声で否定する。
教室に残っていた生徒たちが、コソコソと何か噂するように話している。こちらをチラチラと見つめているあたり、何かあらぬ誤解をされてそうだ。
「ごめん、オレ……グレースのことはそういう目では見れないから」
「だから違うのだわ!? ていうか、なんで私がフラれているみたいな雰囲気になってるのだわ!?」
少し遠くに待機していたエリンが、姿勢を正したまま口を開く。
「昨日グレース様は少しお調べになられていたのです。そういう趣味は、少ししかありません」
「少しもないのだわ!」
騒がしくしているグレースに対して、ロミアが少し大人しくなっていた。口を閉じながら、ハルの制服の裾を掴む。
その手は少し弱々しく、微かに震えているような気がした。
「ロミア、どうした?」
「……ん、いやなんでもない」
気まずそうに彼女は目をそらす。手を放してから、考えるように息をついた。
ロミアはグレースの手を取り、真剣な瞳で彼女のことを見やる。
「ハルのこと、よろしくお願いします」
「……え、えぇ任せるのだわ!」
グレースは少し困惑していたが、すぐに調子に乗るように胸を張っている。
話の内容に置いていかれていたハルは、首を傾げながら見やるしかなかった。
※※※※※※※※※※
ハルたちは保健室を借りることにした。ベッドの一つに腰掛けて、眉をひそめる。
「なぁ……本当にやるのか?」
「当然ですわ! ほら、横になって」
助けを求めるように待機しているロミアとエリンを見やるが、彼女たちは視線を合わせるだけで動かなかった。
仕方ないと小さくため息をついてから、ベッドに横になった。
制服をめくりあげて、お腹を見せる。
「……意外とスタイルいいのだわ」
「真面目にやらないなら見せないぞ?」
「じょ、冗談なのだわ!」
グレースは慌ててベッドに乗り出して、親指でハルのへそ下を探り始める。最初は少し圧迫感があったが、段々とむず痒くなってくる。
「ちょ、ちょちょちょ、そこはだめだろ!」
彼女が触っているところは駄目なところだと元男だとしても、それだけは分かる。
「女同士だから問題ないのだわ!」
「いや、そういうことじゃなくて……んん」
何か下腹部の奥底から詰まってるものがこみ上げてくる。思わず我慢するように声を漏らした。下唇を噛んで、こそばゆい声を我慢する。
「ちょっと、変な声を漏らさないでほしいのだわ!?」
「そ、そんなこと言われたって……ん」
腹の底から湧き上がってくる感覚は強くなっていく。何か循環するものが下腹部から指先まで流れていった。
目には涙をため、ベッドのシーツをきつく握りしめた。
逃げるように体をよじるが、グレースは逃さないとでもいうように体を固定する。
グリッと彼女の親指が深く刺激する。呼吸ができなくなり、詰まるような咳が漏れる。
見開いた目から涙が頬を伝い落ちた。
「……そこまで」
視界の端でロミアがグレースの肩をつかんでいた。
グレースはハッとした顔をしている。
「ご、ごめんなさい……少しやりすぎたのだわ」
ハルは息を整えながら腕で顔を覆う。
「……大丈夫。なんか、一瞬気をやりかけたけど大丈夫」
自分で自分を確認するように視線を落とす。
見た目的な変化はない。呼吸に合わせて胸部は上下している。
体を起こして、めくれていた服を整えた。
「……どうなのだわ? 私の魔力を混ぜてみたのだけれど」
「……そんなことしてたの?」
「ほぼ感覚だよりなのだわ。マナの循環を補助してみたらどうかと思って」
そう言われて、体を見やった。特に変わったところは──
頭に強烈な頭痛が襲う。顔を歪めて頭を押さえる。過呼吸になり、そのまま横たわる。
「ハル!?」
ロミアの慌てた声が聞こえた。しかし、返事はできない。
痛みで丸まり、体が震える。何が起きてるか分からず、ただ頭の中で混乱するばかりであった。
「えい、なのですぅ〜!」
聞き覚えのある声が聞こえる。ひんやりとしたものが額に当てられた。
すると、先ほどまで襲っていた頭痛が消える。
目を開けると、ニーチェの顔がそこにあった。
「これで大丈夫なのですぅ〜」
彼女の手には何やら小さなスライムのようなものが握られている。それは細かく震え、奇妙な叫び声を上げているように感じた。
「ハル、大丈夫!?」
慌ててハルの手を握るロミア。彼女の顔を見て大丈夫って答える。
「混ぜるな危険なのですぅ〜そうなると……わわぁ〜」
手に持ったスライムが膨張して、そのままニーチェをどこかに運んでいってしまった。
「あの人は神出鬼没だな……」
消えていった方をエリンが見つめて、ボソリとつぶやく。
グレースはというと、少し申し訳なさそうな表情に顔を俯かせている。制服の裾を握り、頭を下げた。
「ご、ごめんなさいなのだわ」
「いや、よかれと思ってやってくれたことだし……」
「それでも、やりすぎなことには変わりないのだわ……」
落ち込み気味の彼女に、ハルは笑顔を向ける。
「じゃあ少しこれから付き合ってくれないかな」
首を傾げるグレースに続けた。
「今ならなんかいけそうな気がするからさ」




