第十三話
勢いで了承したものの、重要なことが頭からスッポ抜けてた。
寮の自分の部屋に置いてある全身鏡のを見つめながら唸る。
「……タキシードでいいかな?」
「良いわけ無いでしょ!」
自分のベッドに座るロミアが突っ込んでくる。
「男装してパーティやってくる女の子って何狙いなの?」
「いやだってドレスとか無理だろ……。コルセットでキツキツなうえに胸元を強調して男に媚を売らないといけないんだろ?」
「あの、ハルの中でそれ差別レベルの偏見入ってない?」
睨まれて顔をそらす。後頭部を掻いてから仕方ないだろと、大きな声で反論する。
「オレ、男! 女の礼儀、知らない!」
「なんでそんなカタコトなのか小一時間ほど問い詰めたい……」
ハルは自分のドレス姿を思い浮かべ、首を横に振った。胸の谷間を強調しハイヒールを履き厚化粧をする。それはとても気持ち悪い光景ではないだろうか。
「なんか表情で何を考えてるか大体想像つくけど、その想像上の自分は多分男のときのハルでしょ?」
「……そんなことはない」
「ちなみに女装してるハルを見たら私でもうわって声出すよ?」
なんかかなりの侮辱をされた気がする。……いや、割りかし侮辱にはなってないかもそれない。
ハルでも筋肉質の男がドレス姿で現れたらうわってなるから。
げんなりとして、膝をに手をついて吐き真似をする。その時、頭の中であることに思い当たる。
「そう言えばオレってドレス持ってないよな! 今ならまだこっちに来たばかりだから用意できなかったって言い訳できるよな!」
キラキラと輝かしい笑顔を、ロミアに向けた。
「残念だけどあるよ」
その一言で膝から崩れ落ちる。
「そもそもハルのお母様が用意してないなんてことないよ」
なんでそんなところだけ準備が良いのか。肝心なことは何も教えてくれないくせに。
心の中で母親に恨み言を呟いて、呪詛とともに息を吐き出した。
「大体、貴族の淑女として過ごしていくんだから、ちゃんとしなきゃでしょ? いずれ婿を貰って子どもを産んで育てる立場にな──」
「待て、待て待て待て。オレを辱めたいのは分かったから黙ってくれ……」
含み笑いをする彼女に向き直って、大きく息を吸って吐いた。
……そう、自分は戻れないのだ。母がずっと女として過ごしていた事実から、それはほぼ確定事項だ。いずれ踏み越えないといけない問題である。
それなら早いか遅いかだけの話。乗り越えるなら、このままズルズルいくよりも早いほうがいいに決まってる。
「オレだって男だ、やってやろうじゃないか!」
「……なんか変な方向に燃えてるけど、まぁ面白いからいっか」
ロミアが何か言っていたが、ハルの耳には届かなかった。
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遠くから人間たちの話し声が聞こえてくる。その音が、今のハルの心をざわつかせた。やはり、人前で着るとなると一定の勇気がいる。
「なぁ、やっぱり変じゃないか?」
「……むしろ似合いすぎてムカつく」
着付けを手伝ってくれたロミアがどこか苦笑しながらいう。
彼女は今、従騎士用の男性のような衣装に身を包んでいた。髪の毛をオールバックにして男勝りの姿は、どこか似合っている。
対してハルはどうだろうか。胸元は谷間を強調するかのように開き、首からかけられているネックレスは主張しすぎないでも存在感を放つ小さな宝石。赤色のドレスは裾部分がヒラヒラしており、一歩でも間違えたら踏んでしまいそうだ。
履き慣れないハイヒールは、数歩動くだけでよろけてしまう。
「今からでもロミアと衣装交換するのは?」
「何言ってんの? 従者の衣装を着るバカ貴族がどこにいるの?」
「前例がないってことは踏破する価値があるってことで」
「……バカ言ってないで覚悟を決めて。男でしょ?」
いや、今は女だ。そんな都合の良い言い訳は、喉の奥に飲み込んだ。
うじうじ言ったところで引き返せない。頬を二回叩いて、覚悟を決めた。ドアノブに手をかけて、ハルにあてがわれた着替え室から廊下へと出た。
ところで、ノック仕掛けたエリンにぶつかった。
「おっと、失礼」
驚き謝った彼女は、ハルの姿をジロジロと見る。
「……やっぱりおかしい?」
「……いや、なんというか。人間ってこうも変わるものだなって思いまして」
「なんかとても失礼なことを言われた気がするけど気のせい?」
咳払いしてから一歩下がって、エリンは背筋を伸ばし直した。
「グレースお嬢様がお待ちです。どうぞこちらへ」
ロミアの顔を見ると、ニコリと返された。彼女はどこか誇らしげに見える。
もしかして、自分って思ったよりも可愛いのかと思いかけて、ハルは自意識過剰になってはダメだと頭を振った。




