第十二話
次の日、全校生徒に知らされたのは理事長が上層との会議があるのでしばらく不在になることだった。それに伴い、最高責任者がいなくなるため実践授業はなしとなった。
事情を知らない他のクラスからは文句が飛び出たそうだが、ハルのクラスは原因が思い当たるために誰も何も言わなかった。
教室内は初日の騒がしさはどこへやら、静けさが保たれていた。あのグレースでさえ大人しくしているのだから、昨日の実践授業は相当に堪えたのだろう。
変化は周りだけでなく、ロミアにも起こっている。端的に言えばいつもより距離が近くなった。昨日の夜なんかは、お風呂に一緒に入りだした。もちろん止めはしたのだが、彼女は譲らない。
昔からそうだが、ハルが危険に晒されると余計に気負うタイプだ。数日後にはもとに戻ってくれていればいいけど。
あんな怪物事件があった後でも、授業は普通にある。魔法学の基礎知識がないハルは、今日も頭から煙を出しながら講義を聞いていた。
授業終了のチャイムと同時に、机の上に突っ伏す。頭がオーバーヒートしているので、冷水でもかけてもらいたい気分だ。
「ハルは少しはわかった?」
隣に座るロミアが苦笑混じりに聞いてくる。頬でひんやりとした机の感触を味わいながら、恨めしげに彼女のことを見やる。
「全然……!」
「だろうね」
「わかってるなら教えてくれたって良いだろ?」
ロミアは少し考えてから、首を横に振った。
「ハルのお母様に止められてるから残念!」
「うぐー……」
机にめり込むのではないかと思うほど、落ち込む。そのまま額で机の硬い感触を味わう。
「そもそも、オレが魔法使えたら攫われても大丈夫だったんじゃないか?」
「それは……否定しないけど」
「だろ? だから、少しだけ教えてくれ、な!」
ロミアの手を握りしめて、顔をジーっと見つめる。彼女は顔を真っ赤にして目をそらした。
しかし、ハルの手を振り切って拒否する。
「なんでだよ! オレ、正しいこと言ってるよな!?」
そう、本当にハルが戦えたのならロミアに四六時中守ってもらう必要はないのだ。そうなれば、彼女の重荷だって少しは軽くなるかもしれない。
攫われた時の記憶はない。だが、命の危険があったのは何となく分かる。そんな時に抵抗する力があれば、時間を稼ぐくらいならできる。
ハルの理論は間違っているだろうか?
「じゃあさ、もしハルが世界を覆すような力を持ってしまったらどうする?」
「え? うーん、そんなこと急に言われても答えらんないよ」
「うん、その考え方をしてる間は、だーれも教えてくれないと思うよ。当然、私も教えられない。ハルが自分で習得する分には止めないけどね」
それってつまり、ハルの力はそんな危険性を孕んでるってことだろうか。その質問を口にすると、彼女は曖昧な顔をした。
「私めげずに登場なのだわ!」
ロミアに質問を続けようとしたところで、大きな声が阻んだ。
満面の笑顔のグレースが、目の前に立っている。
「……グレースって本当に空気が読めないよな?」
「なんか侮辱されたのだわ!?」
ロミアの方をチラ見すると、どこか安堵しているような表情をしていた。
聞く気も失せて、頬杖をつきながら半眼でグレースのことを見る。
「で、グレースはなんの用だよ?」
「ふーんだ、ふ~んだ! そんな態度なら教えてあげないのだわ!」
雑に扱ったことを根に持ったのか、そっぽを向いて頬を膨らませていた。
「うん、それなら教えてくれてもらわなくていいぞ」
冷たく言い放つと、彼女は小さく「あっ」と声を漏らす。
「グレースお嬢様は、“ハル様”をパーティにお招きしたいんですよ」
いつの間にか隣に背筋を伸ばして立っていたエリンが代わりに言う。
「ちょ、ちょっとエリン!?」
「恩義を返すのが、グレースお嬢様の心情ではなかったんですか?」
「う、うぅそうですけど! なんか、バカにされたから言う気なくなっただけなのだわ!」
地団駄を踏んでから、グレースはハルを勢いよく指さした。
「いいですこと!? 明後日の祝日迎えに行くのだわ!」
それだけ言うと、大股で元の席に戻っていった。
遅れてエリンのほうが頭を深々と下げる。
「そう言えば、オレにタメ語使わなくなったんだな」
「お嬢様を助けてもらった恩がありますので。……正直な話、あそこでロミアを連れてきてくれなければ、守れなかったかもしれません」
エリンの拳が固く握られていた。
「いや、オレは何もしてないし、お礼を言われる立場じゃねぇよ」
「だが、あなたの選択が結果的にお嬢様を救いました」
確かに助けに行くという決断をしたのはハルだ。しかし、それはひどく他人任せな自分のわがままだった。
大きくため息をついて、「気持ちだけ受け取っておく」と言った。
エリンがもう一度頭を下げた頃、遠くからグレースが彼女を呼びつけた。足早に去っていく彼女の背中を頬杖をつきながら見つめる。
そんなハルに、ロミアがいたずらっ子のような笑みを見せながら頬を寄せた。
「なんだよ?」
「なんでもなーい」
どこかからかうような視線に、少し気恥ずかしさが漏れる。




