第3話
結論から言えばアリアの計画は失敗した。
王子の護衛を務める男サレクスは前から不穏分子をマークしていて、アリアの計画を見逃しはしなかったのだ。
学園の広場に集まった学生たちは、ざわめきながらも静かな空気を保っていた。その中心には、王族を狙った罪で捕らえられたアリア・ヴァルディアが立っている。周囲には数名の兵士が彼女を囲み、彼女の運命が決まる瞬間を待っている。
アリアは今や、学園内で最も有名な恐れられる人物となった。彼女が仕掛けた陰謀がすべて暴露され、聖女を陥れようとしていたことが露見したからだ。彼女の計画が、王族までもを狙うものであったことが発覚した瞬間、王国は大きな反応を示した。
王国にとって、王族を狙うような犯罪は許されることではない。極刑に処されるのは当然のことだった。ギロチンの刃が彼女の首に下ろされるという運命が、まさに今、迫っていた。
アリアは身動き一つできず、ただ前を見据えさせられている。その表情にはいつも見せない動揺が浮かんでいる。冷徹な計算の中で、彼女がまさか自分の運命がここまで来るとは予想していなかったのだろう。
「くっ、失敗した。敗北を認めるわ。次の人生こそ上手くやってやる」
彼女がもがくのを止めたその時、俺、エリオット・グレイは立ち尽くしていた。アリアの周りに立つ兵士たち、そして学園の上層部が一斉に彼女の処刑を執行しようと準備を進めている中、俺は何をすべきか分からなかった。
アリアはいつも悪かったわけではない。時々、彼女の目には不安や戸惑いが見え隠れしていた。そして、何よりも……俺だけに見せていた顔がある。
「エリオット……」
突然、アリアの声が風に乗って届いた。俺はその声に反応して、足を止める。
「あなただけは……私の事を覚えていてくれるわよね」
その言葉に、俺の胸が締め付けられる。アリアの冷徹で悪だくみをする気ままな面を見てきた俺には、今の彼女の儚さがとても意外だった。
「どうして、俺にそんな声をかけるんだ……?」
「だって、あなたなら……」
アリアの視線は、焦点が定まらないほどに揺れていた。今の彼女には、自分をどうするべきかも分からなくなっているようだった。
「王子やリーリスが私を嫌っているのは分かってる。でも……それでも私は自分のやりたい事をやりたかった。この国を支配してあなたにこの国の半分、闇の世界を与えてやりたかった……」
その言葉に、俺は息を呑んだ。確かに、アリアは最初から俺に好意を抱いていた。そのために多くのことを聞かされてきた。それなのに彼女を放って自由にやらせた結果がここまで来てしまった。
「アリアごめん……俺には何もしてあげられなくて……」
「わかってる……あなたは空気。これからもそうあり続けるのでしょうね……」
アリアはうなだれる。
「でも、そんな染まらない透明なあなただからこそ私も一緒にいられた。私が国家転覆を狙った歴史的な悪女として名を遺す事になっても、あなたには私を好きでいてほしい」
その瞬間、俺は思わずアリアの顔を見つめた。彼女の表情には、普段の冷徹さが消えて、ただの一人の女の子が立っているように見えた。
「俺が君の事を好きだって……?」
「好きよ。王子よりずっといい顔をしている。あなたは?」
俺はどうするべきか分からなかった。アリアは確かに悪事を働いた。俺が彼女を助ければ、それは王国の秩序を破ることになり、俺自身も危険に晒される。
その時、彼女を捕らえた王子の護衛を務める男サレクスが一歩前に出てきた。彼の冷徹な目がアリアをじっと見据えている。
「エリオット・グレイ、君がアリアにどんな情を持っていようと、彼女が罪を免れることはない。アリア・ヴァルディアの罪は極刑に値する」
彼の言葉に、学園内の学生たちもその場に立ち尽くした。アリアはその言葉を静かに受け入れているようだったが、目の中には涙がにじんでいた。
「エリオット……ごめんね。あなたとはここまでよ」
その声に、俺は何かを決心したように歩き出した。立ち止まることなく、俺は王子の前に立つと、強い口調で言った。
「アリアの命を助けてほしい」
王子は驚き、周囲の空気が一変した。だが、俺は構わず続けた。
「アリアがやったことは確かに許されるべきことではない。しかし、彼女が心から悔いていることも確かだ。俺は、アリアを許してほしいと思っている」
王子はしばらく黙っていたが、その後、冷徹な目を俺に向けた。
「君がアリアを想うように俺もリーリスの事を想っている。彼女を陥れようとした罪は決して許される事ではない。しかし、アリアが今後学園を去り、リーリスに謝罪すると誓うならば、命は助けるだろう」
その言葉に、俺はほっと息をついた。だが、アリアがどう答えるのかが問題だ。
「アリア、君はリーリスに謝罪してくれるよね?」
「あなたは私とずっと一緒にいて、何も理解してはくれていなかったのね」
「分かっているから聞いているんだ。君は賢い女性だ」
「…………」
アリアはしばらく黙っていた後、静かに口を開いた。
「……私はもう、何も求めない。手に入らない物ならば運命を受け入れるわ」
その言葉を聞いて、俺は深くため息を吐いてしまう。彼女はやはり俺の思った通りの悪女だ。容易く意思を曲げてはくれない。
「分かったよ。俺は最後まで君を見ている」
ほっとした気持ちと、同時にアリアに対する複雑な感情を抱えながら、彼女の前に立ち続けた。
アリアの運命の先に待っているものが何であれ、それは俺の今後の人生で大きな意味を持つ事になるのだろう。




