第1話
俺、エリオット・グレイは、平凡な学園生活を送っていた。
何も特別なことがない、ありふれた日常。でも、俺の周りには一人、「普通じゃない」存在がいた。
学園で「悪役令嬢」と呼ばれている――アリア・ヴァルディアだ。
彼女は、学園で誰もが一目置く存在だった。赤い髪に青い瞳、そしてその高貴な振る舞い。誰もが彼女に近づくことを恐れ、無駄に逆らうようなことはしない。
その姿は、まさに物語の中で語られる悪役令嬢そのもので、俺も一度だけ彼女に冷たい視線を向けられたことがある。
「……何でそこにいるの? 空気だからと目立たないように過ごしているのかしら」
その一言で俺は、完全に心を折られた。しかし、その一言の後、何故かアリアが俺のことを気にかけるようになったのだ。
ある日の昼休み、俺がいつものように学園の隅で弁当を食べていた時だった。
「エリオット、またあなたなの?」
俺は驚いて顔を上げた。そこには、普段は近寄りがたいアリアが立っていた。冷徹な表情で、だがどこか物憂げに俺を見つめている。
「俺はいつもここで一人で食べているけど」
「目障りね。空気の分際で私の視界に二度も入るなんて。いったい何を企んでいるのかしら?」
俺はその問いに一瞬戸惑った。アリアが俺のことを気にしている……? いや、そんなことは考えられない。だって、俺はただの平凡な生徒に過ぎない。
「え、あ、いや、特に何も……ただ弁当を食べてるだけで」
俺の言葉に、アリアは少しだけ笑った。その笑顔が可愛くて俺は思わずドキリとしてしまう。それでも、俺に近づいてきた理由がわからない。
「なるほど、あなたも一人というわけね」
突然の告白に、俺は驚きのあまり箸を落としそうになってしまった。
「……え? ……も?」
アリアはどこか楽しげな表情で俺の隣に座ってくる。俺は逃れようとしたが彼女の綺麗な目に見つめられると動けなくなってしまった。
「あなた、他の男子が教室にいてもいつも一人でいるじゃない。あなたのことをよく見ていたわ」
「いや、俺は……ただ、一人でいるのが好きなだけで」
「ふふ、素直な反応ね。あなたになら私の話を聞かせてもいいかもしれない」
俺は完全にアリアに振り回されていたが、彼女に敵意は無かったので少しだけ安心してしまった。この学園で友達ができるかもしれないという気がしてきたのだ。
「……でも、どうして俺なんかに話を?」
「だって、あなたは私に興味を持っているでしょう?」
俺はその言葉にドキッとした。
「は?」
「あなたなら他の人達のように、人の秘密を吹聴しない。あなたは誰にも冷たくもないし、親切でもない。あなたの態度が私を信じさせてくれるの」
アリアが意外と人を見ていることに、俺は驚きを隠せなかった。
「俺、別に何も考えて態度を決めてないよ。ただ関わりがなかっただけだし……」
「そう真摯に答えてくれるところも気に入ったの。だから、私はあなたにだけ話そうと思った」
アリアは冷徹な悪賢い目をしているけれど、その瞳には一瞬、他の誰にも見せない柔らかな光が宿った気がした。
「そんなこと言われても……俺には何も……」
俺はあまりにも突拍子もない展開に、どう反応すべきか分からなかった。ただ、アリアが自分に向けている視線に、どこか本気が感じられて、少しだけ心が温かくなった。
その日から、アリアは学園で俺にだけ懐いてくるようになった。
「疲れた。ちょっとだけ休ませて」
「ちょっと、俺の膝を枕にしないで……!」
「このまま聞いてくれるかしら」
「うん、聞くよ」
「学園を歩いていた時にね。一匹のワンちゃんがいたの。尻尾を掴んでやろうとしたんだけど……」
誰もが彼女の冷酷さに怯え、近づけない中、俺だけが彼女の異なる一面を知っていくことになった。最初は驚いたけれど、次第にそれが心地よく感じられるようになった。
そして、俺は思う。
「なんでこんな俺に……?」
だけど、その答えを出すのはまだ先の話だった。




