37.鯨噴出孔
37.鯨噴出孔
まるで噴水が一気に噴き出すような勢いで、私とカナは強烈な水圧に押し出され、穴の外へと放り出された。
あまりの力にこのままクジラの外に墜落してしまうのではないかと一瞬不安がよぎったが、クジラの巨大な質量と重力のおかげで、宇宙の迷子になることなく、クジラの頭上に無事着地できた。
そこにはすでに大勢の先客が陣取っていた。
機内に100機ほどいたとすれば、こちらには1000機近いヒューマノイドロボットがいた。
それでもクジラの背中は驚くほど広く、まるで広大な庭園のようにゆったりとしていた。
ヒューマノイドロボットたちはそれぞれテントを張り、椅子を並べ、キャンプファイヤーを囲んでやかんで湯を沸かし、コーヒーを淹れたり、銀河を眺めながらビーチでのバカンスのように寝そべったり、本を読んだりしていた。
中にはアクチュエーターの健康のために軽くジョギングする者もいれば、ランナーズハイに陥ったのか、興奮した表情でクジラの重力を無視し、宇宙の果てに飛び出そうとする者さえいた。
「いろんなヒューマノイドロボットがいるね」
私が呆れたように呟くと、人混みが苦手な私の気分が少し沈んだのが伝わったのか、カナは対照的に目を輝かせた。彼女のMBTIがE寄りな性格を全開にし、まるで水を得た魚のように生き生きとしていた。
「気持ちいい!」
カナが歓声を上げた。
「クジラの背中って、こんなに爽快なんだ!」
対して私は、まるで陸に打ち上げられた魚のような気怠い気分だったが、カナの快活な横顔を見ると、その気分はすぐに消えた。
「うん、気持ちいいね」
嘘ではなく、心からそう言えた。
「カナ」
私はふと提案した。
「歩こう。君の演奏が聞きたくなった」
「うん! 歩こう」
こうして私たちは、広大なクジラの背中を歩き始めた。
最初は表面が滑らかすぎて、ぬるっとした感触で歩きづらかったが、徐々に慣れ、素足の電圧とクジラの表面の電圧がぴたりと調和すると、月面よりも歩きやすくなった。
やがて、歩くことの楽しさを心から味わえるようになり、カナと一緒に散歩を満喫し始めた。
ランナーズハイに陥った銀中毒者のように走る必要はまったくなかった。
私たちは、はたから見れば歩いているのか立ち止まっているのかわからないほどゆっくりとした速度で、クジラの背中を進んだ。
「もう少し速く歩いてもいいよ」
私が提案すると、カナは静かに首を振った。
「それだと音が大きくなっちゃう。みんなに聞かれちゃうよ」
「別にいいんじゃない? カナの演奏、マスターみたいに上手になったんだから。むしろ、みんなに聴かせたいくらいだよ」
それでもカナは首を振った。
彼女の目には、まるで使命を帯びた軍人のような決意が宿っていた。
真っ直ぐな視線で私を見つめ、こう言った。
「暶君以外には、誰にも聴かせたくない」
「……」
「暶君だけでいい。私の演奏を聴いてほしい」
まるで告白のような囁きに、私は彼女にだけ見える小さな動きで、そっと頷いた。
すると、彼女の裸足の演奏が始まった。
それはこれまで聞いたことのないメロディだった。
ふと気づき、尋ねた。
「自作の曲?」
「よくわかったね」
カナは演奏を止めず、驚いたように答えた。
「うん、機内で外の景色を眺めながら、宇宙の風景からインスピレーションを得て作った曲なの」
「すごくいい曲だね」
私が素直に感想を述べると、カナは一瞬、嬉しそうな笑みを浮かべたが、すぐにその表情が消えた。
そして、徐々に曇った表情に沈んでいった。
その暗さは、周囲のヒューマノイドロボットの気分すら不安にさせるほどだった。
「どうしたの?」
私が尋ねると、カナは演奏をぴたりと止め、意を決したような鋭い眼差しで私を凝視した。
「暶君」
彼女が言った。
「私、実は知ってるよ」
「……何を?」
ヒューマノイドロボットのくせに、息をのむような感覚に襲われた。
まるで禁断の秘密を覗き見てしまった未成年のような、落ち着かない気持ちに駆られる。
そして、彼女が告白した。
いや、自白した。
「暶君が人間じゃないってこと」




