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  作者: 真好


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35.離陸

35.離陸

 クジラの口の中は驚くほど温かく、まるでクジラが温血動物であることを身体で学んでいるような気分だった。

 最初は、クジラの舌の上に立っているような感覚だった。

 見渡すと、舌の表面はむき出しのコンクリートのような無骨さを持ちながらも、精巧に磨かれたインダストリアルな美しさがあった。洗練されたインテリアのような、計算された無機質さが漂っている。

 どこからかキャビンクルーが現れ、私たちの前に立った。

「お客様、間もなく離陸いたします。席にお着きください」

 キャビンクルーは皇帝ペンギンの姿で、声は朝のニュースを読み上げる男性アナウンサーのように落ち着いていた。

「席って、どこですか?」

 私が尋ねると、ペンギンは自慢げに羽を広げ、客室を指し示した。

「空いているところなら、どこでもお好きな席へどうぞ」

 見渡すと、席は驚くほど豪華だった。

 飛行機の狭い通路とは違い、星5つ級の高級ホテルのラウンジを思わせる広々とした空間が広がっている。

 席は、有名デザイナーが手掛けたような高級ソファや椅子ばかりだ。一番目を引く、どんなヒューマノイドロボットでも知っていそうな名作チェアにはすでに先客がいたので、私とカナは映画館のVIP席のような、ふかふかのソファに腰を下ろした。

 周りを見回すと、他の乗客たちがちらほらと目に入った。どのヒューマノイドロボットも、どこか遠くを見つめるような表情をしている。

 私は皇帝ペンギンに尋ねた。

「このヒューマノイドロボットたちは、みんな人間に購入された者たちなんですか?」

「その通りです」

 ペンギンは蝶ネクタイを微調整しながら答えた。

「お客様も購入されたからここに乗っているんですよね?」

 私は一瞬言葉に詰まったが、いつものように嘘を選んだ。

「いや、私は元々人間だから。購入されたわけじゃなくて、故郷の地球に帰るだけですよ」

「え、人間ですか?」

 ペンギンは新鮮な情報を得たかのように軽く驚き、目を丸くした。

「素晴らしいですね。お隣のお嬢さんは?」

「私はヒューマノイドロボットです」

 カナが答えると、ペンギンは再び私の方を向いた。

「へえ、じゃあこの人間様に購入されたんですか?」

「はい。私は暶君の所有物です。暶君の、たった一つの所有物」

 カナの言葉に、ペンギンは少し羨ましそうに笑った。

「それは素晴らしい。私はいつ購入されることやら。こんなに仕事ができるのに」

 そう言い残し、ペンギンはペンギンらしいふらふらした歩き方で次の乗客の元へ去っていった。

 私たちはソファに座り、クジラが離陸するのを静かに待った。

「私、クジラに乗るの初めて」カナが少し緊張した声で言った。「ドキドキする……」

「大丈夫だよ。この世で一番事故率の低い乗り物だから」

 私が何気なく答えると、カナは私がはめている、彼女が作ってくれた手袋越しに私の手をぎゅっと握り、尋ねてきた。

「暶君はクジラに乗ったことあるの?」

「うん、何度か。仕事で火星に出張してた頃にね」

「へえ」

 火星の話で少し雑談が弾み、軽い会話を交わしていると、機内にアナウンスが響いた。

「皆様、この機内の内装は、すべてクジラの味蕾でできております」

 アナウンスはそれ一言だけで終わった。

 間もなく、クジラが離陸を始めた。

 久しぶりに感じる浮遊感に、私は少し無味乾燥な気分に浸った。

 この感覚は、かつて火星でバリバリ働いていた頃を思い出させ、あまり好きなものではなかった。だが、隣でカナがこの浮遊感に子供のようにはしゃぎ、目を輝かせているのを見ると、その無味乾燥な気持ちが少しずつ薄れていった。

 カナは初めての体験に、まるで新しい芽が芽吹くようにワクワクしていた。

 ずっと住んでいた場所から離れ、未知の世界へ飛び出す喜びを全身で味わっているようだった。

 その純粋な反応を見ていると、私の心も次第に軽くなり、楽しさに染まっていった。

「シートベルトしなくていいの?!」

 カナが興奮した声で尋ねてきた。私は足を組み、気楽に答えた。

「足を組めばいいよ。これがシートベルト代わりさ」

 カナは素直に従い、制服のスカート姿で足を組んだ。

「おお、すごい!」

「だろ?」

 少し遅れて、外国語のアナウンスが流れた。

「足をお組みください」

 クジラが徐々に上昇し、月を離れていくのが感じられた。

 私の可視光線しか捉えられない目には外の景色は見えない。クジラには窓がないから、せいぜいロビーのような内装の変化から高度を推測するくらいしかできない。

 だが、カナの優れたセンサーには、クジラの外の風景が鮮明に映っているようだった。

 彼女は私の存在をすっかり忘れたかのように、まるでアクション映画のクライマックスを観るような、キラキラした目でどこか遠くを見つめていた。

 興味津々に視線を動かし、楽しそうに外の景色を追いかけている。

 私はそんなカナの横顔を眺めるのが大好きだ。

 このまま永遠に彼女の横顔を眺めていてもいい――そう思う一方で、さっきのクジラの沈黙で消耗したエネルギーの影響がまだ残っていて、充電が必要だと感じていた。

 ここは高級な機内だ。充電システムも完備されているはず。

 私はシートベルトのようなチャージャーを取り出し、装着した。1.7秒でバッテリーがほぼ100%に回復すると、ふとカナの視線を感じた。

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