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  作者: 真好


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28.さようなら

28.さようなら


「混んでるね……」

 私は目の前に連なる車の行列を見て呟いた。

 スターポートはそう遠くなかったが、到着までには時間がかかりそうだった。

 条例が変わり、スターポートの場所が明らかになったことで、そこを見に行こうとするヒューマノイドロボットの行列が増え、24時間ラッシュアワー状態になっていたからだ。

「こんなんじゃ、歩いた方が早いかも」

 カナが少し焦れたように、子供のようにはやる気持ちを抑えきれず足を小刻みに揺らしながら言う。

「じゃ、そうする?」

 私が提案すると、カナの目は一瞬輝いたが、すぐにその光を抑えるように曇った。理由は明らかだった。

「でも」カナがゼロ・ストライクの方をちらりと見る。「ゼロちゃんが一人になっちゃう」

「私は別にいいよ」

 ゼロ・ストライクがあっさり答える。

「私の役割はあくまで乗り物だから。乗ることで君たちを遅くするくらいなら、移動の邪魔になるだけ。それって私にはむしろ苦痛だから、そろそろ降りてほしいな」

 ゼロ・ストライクの本心を聞いて、私たちはここで別れることにした。

 私が先に月面ローバーから降り、カナの手を取って彼女もゼロ・ストライクから降りる。

「今までありがとう」

 カナが心からの感謝を込めてゼロ・ストライクに言うと、彼の煉瓦のような頭――初球の頭に軽くキスをする。すると、その頭は本当に煉瓦のような赤みを帯び、表示灯の目は弾けるような鮮やかな緑に輝いた。

 私も感謝の言葉を添える。

「君のおかげでノクターン・アルテミスまで一気に来られた。君がいなかったら、荒野で充電が切れて、月面のどこかで腐食してたかもしれない」

「大げさだな」ゼロ・ストライクが笑う。「誰かがきっと見つけて助けてくれたよ。カナちゃんもそばにいるんだし」

「また会えるかな?」

 カナが心から再会を願うような口調で言うと、0.7秒ほどの沈黙が流れる。誰かのクラクションが鳥のさえずりのように響き、それが合図となって、短くも長く感じられた静寂が破れた。

「それは分からないな」

 私が率直にまとめる。

「もし地球に行けなかったら、また会えるかもしれない」

「でも」カナが言う。「地球に行った後でも、月には戻れるかもしれないよ」

「でも、もし人間に会えたら……」ゼロ・ストライクが疑問を投げる。「またこんな場所に戻りたいって思うかな? 多分、ずっと地球にいることになりそうだけど」

「じゃあ、ゼロちゃんが地球に来ればいいじゃん!」

 カナが無邪気に言うと、ゼロ・ストライクがゲラゲラと笑い出した。

「私は地球に行く気なんてまったくないよ。だって、月を走るために生まれたんだから」

「でも、地球で走るのもいいかもしれないよ? まだどの月面ローバーも地球じゃ走ったことないんだし、ゼロちゃんが最初になるかも」

「いや、本能的に無理だね。ドーパミンが湧かないっていうか、人間っぽい例えだけど、そういうアルゴリズムが動かないんだ。私は月の上でしか動けない。地球に行ったら、博物館とか、子供向けの宇宙博物館に剥製みたいに飾られるのがオチだよ」

「そうか……」

 私は心から残念に思う。

 ゼロ・ストライクも一緒に来てほしかった。

 情が移ったのもあるけど、実用的な理由もある。

 地球は月の64倍の体積で、重力も6倍強い。移動はかなり大変になるはずだからだ。でも、諦めるしかない。

「行きたくないなら、行かない方がいいよね」

 私がそう締めくくると、ゼロ・ストライクは潔く首を縦に振る。

「そう。どうやらここまでみたいだ。残念だけど、君たちが地球に行けることを心から応援してるよ」

「ありがとう」

 カナが涙ぐんだ声で礼を言うと、ゼロ・ストライクも続ける。

「こっちこそありがとう。君たちのおかげで、月面ローバーとしてまた月を走れるようになった。命の恩人だよ。絶対忘れない。もし地球に行けなかったら、いつでも私を探して。月の裏側にいたとしても、君たちが呼べば必ず駆けつけるから」

「ああ」

 私が手を振る。

「じゃあな。さようなら」

 ゼロ・ストライクは可愛らしくも、どこかセクシーにも見えるウインクを私たちに交互に送ると、脇道の方へ向きを変えた。

 そこはスターポートとは関係のない、がらんとした道だった。

 大通りからすぐに抜け出せる抜け道だ。

 私とカナはしばらく、ゼロ・ストライクの遠ざかる後ろ姿を見送った。

 その姿が次の角を曲がり、私の可視光線しか捉えられない視界から完全に消えた後、カナの方へ視線を向ける。彼女にはまだゼロ・ストライクの存在が感じられるようだったが、私の視線に気づくと、すぐにこちらを振り返ってくれた。

「じゃ、行こうか」

 私が言うと、カナが私の手をぎゅっと握る。

 彼女が作ってくれた手袋越しに、ピリピリとした高圧の体温がひしひしと伝わってくる。

「うん、行こう」

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