19.戦い(3)
19.戦い(3)
「君の頭を投げろってこと?」
「そ……う」
「でも、君の頭って小さいし、タイヤより攻撃力なさそうじゃない?」
「ち、がう……僕の、頭は……爆弾」
「爆弾?」
私は思わず聞き返した。
「君の頭に爆弾が仕込まれてるってこと?」
「仕込まれてる……わけじゃない」
蜘蛛の攻撃が容赦なく続いていた。
私は月面ローバーとの会話を一時中断し、銀色の脚が繰り出す猛攻をかわしながら距離を取った。攻撃の隙間を縫って、月面ローバーの頭部に視線を戻すと、弱々しい声が再び響いた。
「僕たち、月面ローバーの……悔しさ、憤怒……蜘蛛への負の感情が、凝縮して……爆弾になった」
「よくわからないけど」
と私は言った。
「つまり、君を投げればグレネードみたいに爆発するってことだよね?」
「そ……う」
「じゃ、使わせてもらうよ」
私は手にしていたタイヤを放り捨て、微かに緑色に光る表示灯を灯す、哀れな月面ローバーのレンガ型の頭部を片手でそっと拾い上げた。そして、蜘蛛のコックピットを狙い、全力で投げつけた。
頭部はまっすぐに飛んだ――が、初めての投擲にしては上出来だったものの、狙いは大きく外れた。100年以上生きてきて、物を投げること自体がほぼ初体験だったのだ。最近はカナのおかげで「初めて」の連続だが、それにしても蜘蛛のコックピットはおろか、無数に生えた脚にすら当たらなかった。
それでも、投げた速度自体は悪くない。
可能性は感じる。
タイヤを投げるのとは勝手が違う、と学ぶ。
タイヤは大きくて投げやすかったが、月面ローバーの頭部はそれに比べれば数倍小さい。小さい分、ピンポイントでコックピットを狙うには向いているかもしれない。
次はタイヤではなく、このくらいのサイズの投擲物を探そうと、周囲を見回し始めた。
だが、悠長に物色している暇はない。
蜘蛛の攻撃が嵐のように降り注ぎ、回避に専念せざるを得ない状況だ。拾うのを諦め、走り回りながら攻撃をかわすことに全力を注ぐ。
「カナ!」
走りながら、カナの名前を叫び続けた。
「どこにいるんだ! 私の声が聞こえるなら返事してくれ!」
だが、返事はない。
それでも諦めず、息が続く限り――いや、ヒューマノイドロボットに息はないが――精一杯彼女の名前を呼び続けた。
すると、意外な方向から別の声が響いてきた。
「こっち!」
声のした方向を見ると、そこは地面の一角に小さな丘のようなものが盛り上がっていた。
まるでご飯をお茶碗にふっくらとよそったような、柔らかく丸みを帯びた形だ。だが、よく見るとそれは土や岩ではなく、月面ローバーの頭部だけで築かれたものだった。
誰かが意図的に積み上げたのだろうか――まるでチキンや魚を食べるとき、身だけをきれいに食べて頭だけを残し、それを集めて捨てたかのような、不気味で異様な光景だった。
その頭部の丘の中から、まだ意識を保っている月面ローバーが私に声をかけてきた。
私は急いでその丘に近づき、月面ローバーの頭部に話しかける。
「君を投げてもいい?」
月面ローバーは即座に答えた。
「言われなくても、それを提案しようと思ってたよ」
その声は、最初に出会った月面ローバーの頭部よりもはっきりしていて、途切れることなく滑らかに響いた。
このローバーはまだかなりのエネルギーを保持しているようだった。それなら、後に組み合わせて乗り物にするのもいいかもしれない――そんな考えが一瞬頭をよぎったが、今はそれよりもあの巨大な蜘蛛をどうにかすることが先決だ。
私は迷わずその頭部を手に取った。
「ありがとう」
礼を言って、私はその頭部を勢いよく投げつけた。
二球目。
初球の投擲でかなりコツをつかんでいた。
確かに私のモデルは古いかもしれないが、かつては最先端と謳われた人工知能を搭載している。昔の人間が見たら魔法としか思えないような、優れた学習能力を持っているのだ。だから、この二球目は見事に投げられたと自負している。
頭部は真っ直ぐに蜘蛛のコックピットを目指して飛んだ。
だが、蜘蛛もその攻撃に気づいたのか、瞬時に何本もの脚を盾のように構えて私の渾身の投球を防いだ。しかし、前に月面ローバーが教えてくれた通り、その頭部には爆弾のような力が宿っていた。脚のガードにぶつかった瞬間、頭部は派手に爆発する。
爆発はまるで花火のように周囲を照らし出した。
それは、まるで本格的な花火大会で見るような巨大な光だった。
クレーター全体を明るく染めるほどの、圧倒的な輝きを放つ炎が広がり、爆音はまるで大型ミサイルが直撃したかのような衝撃を周囲に走らせた。
その光景は、クレーターの縁に集まる観光客たちの視線を一瞬で奪った。
真空深海の奥深くは彼らから見えないはずだが、この花火は違った。かつて人間の夢を乗せて月を走った月面ローバーのCPUが結晶化した、眩い爆発の輝き。
それは、ヒューマノイドロボットたちの心――いや、彼らのCPUに、深く刻み込まれるほどの美しさだった。
きっと、彼らの視覚センサーはこの光を永遠に記憶するだろう。
巨大な蜘蛛は一瞬にして十本以上の脚を失い、均衡を崩して大きくよろめいた。私はその隙を見逃さず、意識を宿したもう一つの月面ローバーの頭部を手に取り、コックピットを鋭く睨みつけた。
「ツーストライクで終わらせるよ」
と私は低く呟き、全力で投擲の準備を整えた。
「ルールそのものを変えてやる」
腕を大きく振りかぶり、力を込めて投げ放つ。
月面ローバーの頭部は、まるで土中から引き抜かれたマンドラゴラが上げるような、奇妙で甲高い悲鳴を響かせながら、コックピットへと一直線に飛んでいく。
蜘蛛の再生能力は脅威だが、立て続けの攻撃でその余裕すら奪っていた。ガードに構える脚はもはや残っていない。私の投げたレンガ型の頭部は、ノーガードのままコックピットに直撃した。
まさに命中。
コックピットでは、ダサい宇宙服に身を包んだヘルメットの男が、夕暮れ色のエンジンオイルで作られたカクテルを飲みながら、シャボン玉をふかしていた。その頭部が直撃し、首が90度に折れ曲がる瞬間がかろうじて私の視覚センサーに捉えられた。
しかし、次の瞬間、月面ローバーの頭部が炸裂し、眩い花火となって爆発。
あまりの輝きに、それ以上の光景は見えなくなった。
爆発の熱量とエネルギーは凄まじく、さしもの蜘蛛の心臓部――あの宇宙服に包まれた人影――を逃がすまいと飲み込む。
あの男を仕留めた、はずだ。
攻撃は見事に功を奏したようだった。
さっきまで数本の脚を失っただけでふらついていた蜘蛛が、今度は明らかに崩れ落ちる。耐え難い痛みに苛まれたかのように、残ったすべての脚が、まるで炎に炙られた虫の足のように一斉に縮こまった。その巨大な体躯ゆえ、収縮した脚が一点に集中すると、真空深海の底に沈む月面ローバーの残骸――無数の恐ろしげな破片たちが、爆風のような水中嵐に巻き込まれた。
コバルト色の砂塵がハリケーンのように吹き荒れ、私の古い視覚センサーではその青い嵐以外の何も見えなくなった。
そのパニックと混乱、カオスの只中で、私はただ一つの名前を叫び続ける。
「カナ! どこにいるんだ!」




