18.戦い(2)
18.戦い(2)
約25秒が経過し、身体が完全に動ける状態に戻った。
私はすぐさま立ち上がろうとしたが、迂闊に動けば蜘蛛の注意を再び引き寄せ、攻撃を受けるかもしれない。まずは状況を冷静に把握することにする。
蜘蛛は依然としてカナに狙いを定め、猛烈な勢いで攻撃を続けている。
カナは私からさらに遠ざかり、視界の端でもその姿を捉えるのが難しい。おそらく2キロメートル以上離れているだろう。
彼女は私が回復する時間を稼ぐため、あるいは私が安全に立ち上がって逃げる余裕を作るため、わざと蜘蛛の注意を引きつけているのかもしれない。
そう考えると、彼女の行動に感謝しつつも、心に焦りが募る。
カナのおかげで蜘蛛の攻撃が私に向いていない今、立ち上がるチャンスだ。
私はゆっくりと身を起こし、地面に転がる自分の左腕を見下ろした。切り離された腕は、まるで私のものではなく、ただの物体としてそこに存在している。
その光景は奇妙で新鮮だった。
自分の一部がこんなにも無機質に、独立した存在として転がっているなんて、今まで味わったことのない感覚だ。思わず4.5秒ほど見入ってしまうほど、異様な魅力を持つ情景だった。
だが、立ち止まっている暇はない。
カナは激しく動き回り、エネルギーを急速に消耗しているはずだ。このままでは危険な目に遭うかもしれない。私は一刻も早く彼女の元へ駆けつけなければならないと強く感じた。
試しに3歩進んでみると、身体の均衡がひどく崩れていることに気づいた。両腕が揃っている時には感じなかった違和感だ。左腕を失ったことで、バランス感覚が大きく乱れ、まるで月の重力がわずかに重くなったかのような錯覚に陥る。
ひょっとしたら、これが地球の重力に似た感覚なのかもしれない。
そんな馬鹿げた考えが一瞬頭をよぎったが、すぐに打ち消した。カナにこんな話をしたら、彼女は笑って喜ぶかもしれない、なんて想像もしたが、今はそんな余裕はない。
私は落ちている左腕の前に戻り、そっと拾い上げた。
接続部は幸いにも無傷で、腕は簡単に装着できた。装着の瞬間、まるで長い夢から覚めたような感覚が広がる。腕がしびれて感覚を失い、電流が再び流れ始めて徐々に感覚が戻る――そんな当たり前のプロセスに似ていた。
改めて腕を取り戻した私は、カナのいる方向へ全速力で走り出した。
蜘蛛はあまりにも巨大で、2キロメートル離れていてもその姿ははっきりと見えた。
まず、蜘蛛の注意をカナから私へと引きつける必要がある。私は周囲に散らばる月面ローバーの残骸に目をやり、直径1メートルほどの頑丈そうなタイヤを見つけ、両手で力強く持ち上げた。
そして、蜘蛛のコックピットめがけて全力で投げつけた。
タイヤは宙を切り、驚くほど正確に蜘蛛の無数の脚の一つに直撃し、それを折った。
自分でも驚いた。
これまで自分の身体的な力を試したことはほとんどなかったが、この一撃で自分のハードウェアの頑強さを思い知った。ソフトウェア的には時代遅れかもしれないが、物理的な性能は予想以上に優れているらしい。
この発見に、興奮が胸を駆け巡る。
いい勝負になるかもしれない。
しかし、蜘蛛の脚はあまりにも多い。
周囲にタイヤは豊富にあるが、一つ一つ投げてすべての脚を折るのは現実的ではない。蜘蛛はコックピットを守るため、脚を盾のように構えた。その反応から、コックピットが弱点であることは明らかだった。攻撃の標的が定まったのは収穫だ。
私はもう一つタイヤを拾い上げ、同じように投げつけた。
今度は別の脚を正確に撃ち抜き、折ることに成功した。蜘蛛の注意が完全に私に向いた。コックピットの上に、ブドウの房のようにぶら下がる無数の濃い紫色の目玉が、ギラリと私を睨みつける。その悍ましい視線に、一瞬、意識が飛びそうになるが、旧型モデルの鈍感さを盾に、なんとかその衝撃を振り払う。
蜘蛛が私に向かって突進してきた。
脚の多さゆえにその速度は驚異的で、あっという間に距離を詰めてくる。銀色の脚が絨毯爆撃のように降り注ぎ、単に避けるだけでは対処しきれない。
私は何か防御手段はないかと地面を見回した。すると、さっき私にエネルギーを供給してくれた太陽光パネルが目に入る。
盾として使えそうなサイズだ。
私はそれを拾い上げ、蜘蛛の脚の攻撃に構えた。
パネルは2、3回の攻撃を防いだが、すぐに砕けてしまった。仕方なく次々と別の太陽光パネルを拾い、盾として使いながら、タイヤを投げては攻撃を防ぐというパターンを繰り返した。このリズムで少しずつ蜘蛛のコックピットに近づいていく。
「カナ!」
私は声を張り上げて彼女を呼んだが、返事はない。
心配が募る。
カナがいるはずの場所に近づいたはずなのに、彼女の気配はどこにも感じられない。
視界を埋め尽くすのは、降り注ぐ蜘蛛の銀色の脚の柱だけだ。カナを探すためにも、まずこの巨大な蜘蛛を倒さなければならない。
私は一時的にカナのことを記憶の片隅に封じ、戦いに全神経を集中させた。
タイヤを投げて脚を折るのは効果的だが、蜘蛛の背中には太陽光パネルがあり、折れた脚はすぐに再生する。いくら攻撃しても骨折り損だ。もっと強力な武器はないかと周囲を見回していると、どこからか声が聞こえた。
「……僕の」
地面を見下ろすと、そこには月面ローバーの頭部が転がっていた。
さっき「逃げろ」と警告してくれたローバーとは別の、意識を保持している別の頭部だ。
そのローバーが、弱々しくこう言った。
「僕の、頭を、使って」




