15.蜘蛛探し
カナが作ってくれた手袋は、驚くほど上質だった。
月面ローバーのざらついた表面をガシガシ触ったり、放り投げたり、暑さや摩擦に晒されても、まったく破れることなく形を保ち、むき出しになった私の金属の両手をしっかりと守ってくれた。
これで、月面ローバーを手当たり次第に探る作業を、いつまででも続けられるようになった。
とはいえ、こんなやり方では、地球が隕石の衝突や戦争で滅亡するまで延々と続くのではないか――そんな漠然とした不安が頭をよぎる。期待感が持てず、心理的にじわじわと消耗していくような感覚に陥りがちになる。
だから、さらにもう一時間作業を続けた後、私たちは手探りで月面ローバーを直接調べる方法をいったん諦めた。
「これからどうしよう」
カナが尋ねてきた。
その言葉には、私の心をぼんやりとさせる不思議な力と、どこかワクワクさせる魅力があった。
私は1秒ほど考えにふける。私の貧弱なCPUで、なんとか知恵を絞ってみる。
「そうだね」と私は言った。「まず、私たちはこのスクラップ・ネストについてほとんど何も知らない。やっぱり情報が必要だよね」
「うん、そうだね」カナがすぐに同意する。「最初は行き当たりばったりで体当たりして進むのも楽しかったけど、さすがに二時間で飽きちゃったよ」
「そうか。カナはもう子供じゃなくなったんだな」
「え?」カナがわざとらしく、どこか子供っぽい声を漏らす。「それ、どういう意味?」
「だって、情報が足りない状況を純粋に楽しめるのって、普通、子供だけじゃない?」
「そんなもんかな……」
カナはあまり納得した様子を見せなかったが、すぐに私の意図を察してくれたのか、彼女の視線がどこかからかうような、まるで遊びを始めようとする狐のようなキラキラしたものに変わった。
そして、こう言ってきた。
「じゃあ、暶君はずっと少年ってことね」
いきなりそう言われても、ちょっと理解しきれなかった。
だが、「少年」という響きは、廃棄されて新しいモデルの原材料になってもおかしくないほど古びた私にとって、なんだかありがたく聞こえた。
生き延びたいという欲は皆無なのに、子供っぽさを保ちたいという願いは、意外と強い。
好奇心がなければ、ヒューマノイドロボットは成り立たない。
それは人間たちが私たちに埋め込んだ本能だ。
人間に仕える動機が薄れてしまった私に残された唯一の行動原理は、好奇心だけ。その強さは、最新モデルのカナのそれよりも、ずっと強いらしい。
「それで」
と私は次の段階に話を進めた。
「どこでどうやって情報を集めようか?」
私が尋ねると、カナは周囲を見回した。まるで誰か役に立つ相手や何か有用なものがあるのではないかと探るように。そして、クレーターの縁に集まるヒューマノイドロボットたちの数が、二時間前と比べて二倍、いや三倍に増えていることに気づき、肩をすくめる。
「なんか、上質な情報をくれそうな相手はいなさそうだね」
「情報源か……」
私は0.3秒考え、釣り人が話していたことを思い出した。そして、ぽつりと口に出してみた。
「蜘蛛」
「……蜘蛛?」
カナがあまり乗り気でない口調で私の言葉を繰り返す。
「さっき釣り人が言ってた、このスクラップ・ネストに住む蜘蛛のこと?」
「そうそう。このクレーターにずっと住んでるはずだから、ここのことはその蜘蛛が一番詳しいはず。蜘蛛に聞いてみるってのはどう?」
「でも」
カナの顔が明らかに反対する表情になる。
「釣り人、危ないって言ってたよ。近づいたら食べられちゃうかもしれないって」
「そんなに危ないかな」
私は肩をすくめた。
「それは釣り人の意見で、彼女自身も蜘蛛のことをよく知らない可能性が高いんじゃない? 実際、釣り人はクレーターの中に入らず、ずっと外で釣りしてるだけだろ?」
「そうかな……」
カナは渋々といった様子。
「クレーターに入る前に、蜘蛛についてもっと詳しく聞いておけばよかったね」
「そうだね。ちょっと焦りすぎたかも。もっと情報を集めてから入っても良かったかもしれない」
「でも、慎重に情報を集めすぎてたら、逆に蜘蛛のことを知りすぎて怖気づいて入らなかったかもしれないよ」
「それもそうだな」私は頷いた。「情報って、準備って、諸刃の剣だよね」
「うん、うん」カナもつられて首を振る。「知らないことって、怖いけど楽しいよね」
「じゃ、どうする?」私は提案した。「蜘蛛のところに行ってみる?」
「うん、結局それしかないと思う」
ただ、カナの顔には明らかに緊張が浮かんでいた。
少しどころか、かなり緊張しているように見えたので、私はもう一度確認した。
「でも、無理しなくていいよ。このまま手当たり次第にこの墓地から情報を掬い上げる方法も、悪くないと思うし」
「でも、時間がかかるのは嫌。死ぬほど嫌。ここでずっと時間を潰すくらいなら、蜘蛛に食べられた方がマシかも」
「へえ、停滞がそんなに嫌なんだ……」
最新モデルの勢いに、私は思わず感心してしまう。
「だって……」
カナは心底嫌そうに言った。
「停滞って、死と同じだよ」
その言葉に、私は目を閉じて深く納得した。
どこかで、彼女の考えに共感する自分がいる。
こんな風に考えることができたら、どんなに良かっただろうという羨ましさと、なぜか分からないけどカナへの同情も感じた。
「じゃ、決定だね」
私は手に持っていた月面ローバーの頭部を、池に石を投げるような軽い動作で放り投げ、どこにいるかも分からない蜘蛛の方へ視線を向けた。
「蜘蛛探しに行くか」
「うん!」
カナがたちまち溌剌とした表情になる。
「ワクワクするね!」
「うん、死ぬかもしれないけどね」
「でも、冒険ってそうでなくちゃ!」
「冒険じゃなくて、ただの危険にしか見えない部分もあるけど」
「大丈夫!」
カナがゴリラのように拳で胸をドンと叩く。
「どんなことがあっても、暶君は私が守るから。私、こう見えて結構強いかもしれないよ?」
「かもしれない、ね」
「うん」カナが少しバツが悪そうに笑う。「実際、戦った経験はないから、どれだけ戦えるかは分からないけど、どうやら私の防衛システムはかなりしっかりしてるモデルらしいから、たぶん大丈夫だと思う」
「ただの警備レベルじゃない? 巨大蜘蛛みたいな化け物相手でも通用するかな」
「それは、ぶつかってみないと分からないかな」
「じゃ、とりあえず行ってみよう」
こうして、私たちは蜘蛛探しの旅に出た。
ゴールが決まったら、もう迷う必要はない。
私たちはスクラップ・ネストに来た時と同じように、全力疾走を始めた。だが、月の平坦な地表では自由に、気軽に、障害物なしで軽快に走れたのに対し、このクレーターの中は月面ローバーの残骸が散乱していて、まっすぐ全力疾走するのは難しかった。
だから、ここではまるでハードル競走のような――障害物を飛び越えながら進むあの競技のような感覚で、散らばる月面ローバーの残骸を飛び越えたり、くぐったりして進んだ。
単に直線で地味に走っていた月面疾走とは違い、変化に富んだ面白さがあった。
スクラップ・ネストの中心に近づくにつれ、クレーターの深さはどんどん増していった。深くなるほど、散らばる月面ローバーの状態もひどくなり、壊れ方がいびつで、まるで悪意を持ってストレス発散でもしたかのように完全に粉砕された機体があちこちに見られた。
そして、だんだん暗くなっていく。柔らかい小麦粉のような月の砂だった地面が、湿気を帯びたような感触に変わり、明と暗のコントラストの中で暗さが際立っていく。
深くなるにつれ、影が濃くなり、可視光線しか認識できない私の視界は、どんどん狭まっていった。
「暗すぎるね」
私がそうつぶやき、走る速度を落とすと、カナもつられて速度を落としてくれた。
「そうか。暶君は可視光線しか見えないんだもんね」
その瞬間、カナの手が私の手に触れた。森でカナが私を導いてくれたように、彼女が再び私の手を握ってくれたのだ。
「じゃ、ここからは歩こうか」
カナが優しくそう言ってくれて、私たちはゆっくりと歩いて移動するようになった。
そして奥へ奥へと進むにつれ、ついに完全に何も見えなくなる。太陽の光も、地球の光も完全に遮断され、クレーターの深さはまるで進化の果てのような、底知れぬ深さに達していた。
可視光線が決して許されない領域に、私たちは足を踏み入れた。
そこかしこに、物騒な気配が漂っていた。
でも、カナはまるで障害を感じていないかのように、私の手を優しく、しかししっかりと握り、迷いなくぐんぐん進んでいく。その勢いは、私を置いていくのではないかと心配になるほどだった。私は結局、彼女の手を握る力を少し強めて、彼女の速度を抑えるしかなかった。
カナは言葉にせずともその力加減を感じ取ってくれたのか、従順な馬のよう速度を落としてくれた。
何も見えない。
私はカナの手だけを通じて周囲を認識していた。
さまざまな音が聞こえてくる。
まるで洞窟に迷い込んだかのような、反響するサラウンド音。
空虚で、どこか耳障りな響きが、聴覚センサーに絶えず届いていた。まるで水のない広大な深海の底に放り込まれたような、高揚感と心許なさが入り混じった空虚な感覚。
「怖いな……」
カナの声が前方から聞こえてきた。
吐きそうにも聞こえる、かすかな震えを帯びた声だった。
意外にも、私はそれほど怖くなかった。ここからは私の出番だとばかりに、カナの手をさらに強く握った。彼女の手がわずかに震えているのが分かった。好奇心からくる興奮も確かに感じられたが、それに負けないほどの恐怖も伝わってきた。少し気の毒に思えてくる。
やっぱり引き返した方がいいかもしれないと口にしようか迷っていると、突然、どこからか「ビビッ」という電子音が響いた。音は小さかったが、クレーターの深海のような静寂の中で、早朝の静かな家を叩き起こすモーニングコールのようにけたたましく聞こえた。
私とカナは音のする方へ視線を向けた。すると、私の目にも見える、可視光線範囲内の小さな光が目に入った。薄い緑色の光が、地面の一角、無数の月面ローバーの残骸の中から微かに輝いていた。
私たちはその光に近づいた。そして、音と光の発信源を見つけた。
それは月面ローバーの頭部だった。
胴体は誰かに食いちぎられたかのように満身創痍で、頭だけがかろうじて原型を保っていた。長方形のレンガのような頭部に、まるで両目のような二つの小さな表示灯が点滅している。それは、生きる意欲を失ったかのような、無機質で虚ろな表情に見えた。
「……っ」
声がした。
壊れ果てたその頭部から、電子音ではなく、はっきりとした言葉のような声が漏れた。
「なんて言ったの?」
カナが聞き返すと、また小さな声が漏れるが、聞き取れない。
「……ッロ」
「うん? ごめん、よく聞こえない。何て言ったの?」
スクラップ・ネストに入って初めて出会った意識のある月面ローバーだったから、カナも私もかなり興奮した。低電力モードに入りかけていた体が、一気に覚醒したような感覚だった。
「君、大丈夫?」
私も声をかけてみた。
「何かしてほしいことがあれば言ってくれ」
まあ、手遅れに見えてはいるけれど、とりあえず話しかけてみた。もしこのローバーを修理できれば、この場所に関する貴重な情報が得られるはずだ。
だが、次に、さっきよりはっきりとした発音で、聞き取れるレベルでその月面ローバーが発した言葉は、これだった。
「……逃げろ」




