13.釣り人
13.釣り人
標準模型について軽く雑談しながら、5分ほど全力疾走すると、私たちは釣り人のもとに到着した。
近くで見ると、遠くから測量したときよりもずっと小柄で、全長はせいぜい1メートルほどの小さな体躯に見えた。
座っているから正確な身長はわからなかったが、比率は整っていて、まるで人間をそのまま1メートルに縮小したような印象だ。
どこか妖精のような雰囲気も漂わせている。
特に目を引いたのは、圧倒的に長い深緑色の髪だった。いや、ペールブルーと言ったほうが近いかもしれない。その豊かな髪はあまりにも長く、まるで水が流れるようにクレーターの縁にまで垂れ下がり、スクラップ・ネストの中にまで伸びていた。
まるでその髪自体が、釣りに使う網のようにも見えた。
「何の用?」
冷ややかな声が飛んでくる。
釣り人の声だった。
彼女は私たちに一瞥もくれず、ネオンライトのようなシャボン玉をぷかぷかと吹きながら、釣りに没頭しているようだった。
カナが先に口を開き、自己紹介を始めた。
「初めまして。私はカナ。整理カナ。そしてこちらは電流暶、名前はネオって呼んでね。人間なんだ」
「へえ」
私は内心、驚いた。
人間がいるというのに、彼女は微塵も動じず、まるでつまらない冗談を聞いて一刻も早くその場から離れたいとでも言うような、軽い軽蔑――いや、そこまでいかなくとも、完全に興味を欠いた態度だった。
こんなにも人間に無関心なヒューマノイドロボットがいるなんて、想像もしていなかった。
だが、カナはそんな釣り人の態度に驚く様子もなく、平然と目的を切り出した。
「私たち、訳あって移動手段が必要でね。ここに月面ローバーがたくさん捨てられているって聞いてやってきたの。なんとか動くローバーを手に入れられないかなって思ってるんだけど、釣りは順調?」
「順調だけど……」
釣り人はそのとき初めて私たちに視線を向けた。
その瞳は、髪と同じペールブルーで、神秘的ともいえる鮮やかさを持ちながら、逆にあまりにも平凡すぎてどこか野暮ったくも感じられる、不思議な矛盾を湛えていた。私はその瞳に一瞬見とれ、0.5秒ほど彼女たちの会話を忘れて見入ってしまった。
すぐに我に返り、会話に耳を傾ける。
釣り人が言った。「あんたたち、これに乗る気?」
彼女はついさっき釣り上げたばかりの月面ローバーを指さし、まるで「お前ら、本気か?」と一喝するような口調で尋ねてきた。
「そうだよ」
カナが淡々と答えると、釣り人はそのペールブルーの瞳に似合わない、わざとらしいほど大げさな口調で言った。
「いやいやいやいや……。これ、どう見たって食べ物でしょ? 魚だよ? 魚に乗る気?」
「ふーん……」
カナは釣り人の横に放置された月面ローバーをじっと観察しながら、意見を述べた。
「私の視覚プログラムだと、どう見ても乗り物にしか見えないけど。ね、暶君?」
「ああ」私は当然のように頷いた。「そもそも月面ローバーって、乗り物だし」
「いやいやいやいや……」
釣り人が繰り返す。
「それは固定観念だよ。私たちは人間じゃない、ヒューマノイドロボットだろ? ヒューマノイドロボットにとって、月面ローバーは魚だ。食べ物だよ」
「でも、私は人間だし」
私がきっぱり嘘をつくと、釣り人はようやく驚いたような表情を見せた。
「あ、そうか。君、人間って言ったな。じゃ、仕方ないか。人間とは話が通じないし。まあ、何でもありだな」
「納得してくれてありがとう」
カナが礼を言うと、すぐに本題に戻った。
「それで、もしよかったら、君が釣った月面ローバーの中で動けそうなのがあったら、売ってくれない?」
「絶対嫌だ」
釣り人は頑なに首を振った。
「君たち、乗るつもりだろ? 誰かにとって食料になるものを乗り物にするなんて、食べ物への冒涜にしか見えない。親から食べ物で遊んでいいなんて教わったか?」
「……」
私とカナは言葉を失い、黙り込むしかなかった。
価値観が合わない以上、取引は成立しない。
それでも、可能性を信じて、私はポケットからハンカチを取り出した。カナの家で彼女の顔を拭いたせいで水銀まみれだが、むしろその水銀が付着したことで、見た目がより魅力的に映るかもしれないと思ったのだ。
「これでどう? 結構高価なものなんだけど」
「なんだ、そのゴミは。鼻でもかんだのか?」
釣り人にきっぱりと吐き捨てられ、私はクォークサイズの小さな傷を負ったが、まあ、クォークサイズだからすぐに癒えた。
「じゃ、仕方ないね」
私はカナを振り返って言った。
「ネストの中に入って、自分たちで何とか調達するしかないな」
「そうだね」カナが明るく応じてくれる。「むしろその方が楽しそう。簡単にローバーを手に入れたら、ちょっと拍子抜けだったかも」
「確かに」
私たちは見つめ合い、微笑みを交わした後、同時に釣り人の方へ向き直った。
「じゃ、私たち、行くね」
「行くって、どこに?」
釣り人が釣竿を月面ローバーの上に置き、私たちを振り返った。そして、月面ローバーの残骸で溢れるクレーターを指さして言った。
「あの中に入る気か?」
「そうだけど」
私が答えると、釣り人はため息をつき、言葉を続けた。
「君たち、別に気に入ったわけじゃないけど、でも人間だっていうから一応忠告しておく。いくら私でも、人間をそんな危ないところに放っておくわけにはいかないからな」
「……どういう意味?」
カナが心配そうに尋ねると、釣り人の声が一層重くなった。
「あの中には、ものすごく怖い化け物がいるんだ。君たち、食われちまうかもしれないよ」
「どんな化け物?」
「詳しくは私も知らない。そいつを見たヒューマノイドロボットは一機も生き残ってない。見たやつはみんな食われたから」
「じゃあ、化け物がいるってどうやって知ったの?」
カナが尋ねると、釣り人が答えた。
「食われる前に、一瞬だけその化け物の動画データを送信してくれたやつがいたんだ。それで、そいつのデータが一つだけ残ってる」
「見せてもらえる?」
私が尋ねると、釣り人はそれまでクレーターを向いていた手を私の方へ向け、正確には私の手に握られたハンカチを指した。
「それくれたら、見せてやる」
「ここで取引成立かよ」私は苦笑した。「でも、いらないかな。月面ローバーなら交換するけど、どう?」
「それ嫌だって言っただろ」
「じゃ、取引決裂だな」
そうして、私たち三人は3秒ほどの長い沈黙を挟み、互いの価値観のズレをじっくり味わった後、会話を再開した。
「でも、危ない化け物がいるって教えてくれて、ありがとう」
カナが優しく言うと、釣り人は釣竿を手に取り、シャボン玉を大量に吹きながら、元の冷ややかなペールブルーの態度に戻った。
「人間、死なせるなよ」
そうぽつりと呟き、ネオンライトのシャボン玉を私たちに向けて放ってくれた。
そのシャボン玉が目の前でパチパチと弾けると、まるで人間に例えるなら、ブドウ糖ではなくケトン体から得られるような、甘くはないが長持ちする上質な脂っこいエネルギーが充電される感覚があった。
確かに、いい味だった。
「ありがとう」
私は礼を言わずにはいられなかった。
「君の忠告、肝に銘じるよ」
だが、彼女からの返事はなかった。釣り人は再び釣りに没頭したようだった。
そうして、私とカナはペールブルーの、どこか妖精めいた釣り人を背に、クレーターの中へと進んでいった。




