表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
部屋の角(すみ)に黒いのがいるけど、たぶん無害  作者: MMPP.key-_-bou


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/16

第1話 黒い影は話しかけてくる

 まただ。


 オーロが玄関の靴置き場で迷子になっているのは、これで何度目だろう。もはや日課と化している。朝、出勤前にスイッチを押してわずかな期待と共に放っておくと、夕方帰宅したときには、必ずといっていいほど玄関の隅か、洗面所のドア前で動かなくなっている。


 「ウィーン、ウィーン……」切なげな駆動音を響かせながら、虚しく前後に揺れるオーロの姿は、まるで人生の袋小路に迷い込んだ人間のようだ。


 高性能AIを搭載し、家の地図を覚えているはずなのに、なぜか同じ場所で途方に暮れている。その光景は、自分の部屋の片隅で、毎日をやり過ごすだけの俺自身の姿を見ているようで、ふと虚無感が胸をよぎる。


 いや、オーロはまだ動こうとしているだけマシか。俺はただ、止まっているだけだ。


 慣れた手つきで靴の隙間に鼻先を突っ込み、身動きが取れなくなったオーロをそっと持ち上げる。重さはさほどないが、その沈黙した姿を見ると、やはり虚しさを感じる。


 引っ越して三日目の夜に、「やっと気づいたか、人間」という低い声と共に現れた“何か”のことも思い出す。あれは夢だったと思いたかったが、記憶は妙に鮮明で、現実感を伴って脳裏に焼き付いていた。


 オーロを充電台に戻し、背を向けたその瞬間、視界の端で黒い塊が動いた。


 漆黒の塊は明確な輪郭を持ち、子猫くらいの大きさで、畳の上をすべるように、いや、浮いているかのように静かに移動している。ぞくりと背筋に冷たいものが走った。


「おい、そこの人間。踏むなよ」


 背後から低く落ち着いた男の声。部屋には俺しかいないはずだ。慌てて辺りを見回すが、見えるのは壁、埃をかぶった本棚、そしてオーロだけ。


「え、まさか……」


 恐る恐る黒い影に視線を戻す。目はないのに、じっと見られている感覚がある。埃が集まって形になった口のような歪みを持つ“何か”。


「そうそう、私だ。見えてるんだろ?」


 影がこちらに顔らしきものを向けた。


 普通の人間なら、叫び声をあげるか、スマホを握って警察に電話するだろう。だが、俺の口からは勝手に言葉が出た。外面は冷静だが、内心では心臓が爆音を立てている。


「……おまえ、何者?」


 影は体を揺らした。笑っているのか呆れているのか、判断はつかない。


「名乗るほどの者じゃないが、まあ“クロ”とでも呼んでくれ。黒いしな」


 クロはオーロの上に飛び乗り、特等席のように構える。オーロはいつものぎこちない動きで回転し、黒い影とロボット掃除機の奇妙な二人乗りが完成した。


「あのさ、オーロ、迷子になるのやめてくれない?」


「それはこいつに言え。私は操縦士じゃない。ただの旅人みたいなもんだ」


 クロはオーロの上で微動だにせず、平然とした口調で俺を見下ろす。


「旅人って、どこから来たんだよ」


「‘外’からだ」


 その“外”という言葉に、心臓がひやりとした。外ってこの部屋の外? それとも世界の外……?


 クロは何も言わず、オーロの上で足を組むように見えた。その沈黙は、俺に考える時間を与えた。幻覚か現実か。だが、こうして会話をしている以上、幻覚では片付けられない。


 俺は冷蔵庫から缶ビールを取り出し、プシュッと開けた。冷たい炭酸が喉を刺激し、ようやく心臓の鼓動が落ち着く。


 俺の「ぼっち生活」は引っ越して以来、昼夜逆転気味で、食事は適当、部屋は人に見せられない状態だ。平日は会社でデスクワーク、週末はひたすら引きこもる。窓はほとんど開けず、埃が舞い込み、観葉植物は咳き込みそうだ。人付き合いを避け、会社でも最低限の関係だけで生きている。孤独を受け入れているつもりだが、どこか寂しい。


 本当は少し変わりたい気持ちもある。誰かに気付いてもらいたい、でも干渉されたくない。矛盾した感情が、常に俺の心を支配していた。


 クロは、そんな俺の生活をじっと観察しているかのようだ。オーロの上で微動だにせず、俺の「未熟さ」「孤独」「不安」を見透かしているのかもしれない。


「それにしても、ずいぶんな部屋だな、人間」


「放っておけ。お前には関係ないだろ」


 ぶっきらぼうに答える俺に、クロは目がないはずの顔をゆっくり向けた。


「関係なくない。私はここにいるんだからな」


「は? お前、何の権利があってそんなこと言うんだよ」


「私は助言しているだけだ。お前のような人間は、いつかこの部屋の埃に埋もれて消えるぞ」


 図星すぎて反論できない。


「私の存在を認めたんだ。もう後戻りはできないぞ、人間」


 クロはオーロの上で静止した。その言葉は、宣戦布告にも、俺の人生に介入する意思表示にも聞こえた。


 こうして俺とクロの、奇妙な同居生活が始まった。


 半年後には、この黒い埃の塊が俺の心を揺さぶり、外の世界へ押し出す存在になるとは、この時はまだ知る由もなかった。

新たな物語『部屋のすみに黒いのがいるけど、たぶん無害』(略称:『すみクロ』)を書き始めました。

更新は週1回(目標)、引き続き、お読みいただけたら嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ